畑野君枝の発言 (憲法審査会)

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○畑野委員 日本共産党の畑野君枝です。
 緊急事態条項について意見を述べます。
 前回の審査会で自民党の委員から、緊急政令や緊急財政処分の規定が必要だという主張がありました。その内容は、内閣が戦争や大規模災害などを理由に緊急事態だと宣言すれば、法律と同一の効力を有する政令を制定し、予算を執行できるというものです。
 日本国憲法は、国会を唯一の立法機関と定め、財政の処分は国会の議決を経ることを義務づけています。緊急事態条項は、国会の権能を奪って内閣に権力を集中させ、国民の基本的人権の制限を可能にする、まさに憲法停止条項です。こうした規定は歴史の教訓に逆行するものです。
 戦前、大日本帝国憲法は、いわゆる緊急事態条項である緊急勅令、戒厳、非常大権、そして緊急財政処分などを規定し、行政に強大な権限を認めていました。その下で、百本以上の緊急勅令が出され、国民の運動を弾圧し、議会が否決した法律を通すために濫用されました。例えば、治安維持法の最高刑に死刑を導入する法案を議会が廃案にしたにもかかわらず、緊急勅令によって強行したのです。こうして戦争に反対する人々を弾圧し、戦争へと突き進んだのです。この痛苦の反省から、日本国憲法に緊急事態条項を盛り込まなかったのです。
 一九四六年、衆議院の帝国憲法改正案委員会で当時の金森徳次郎国務大臣は、民主政治を徹底させて国民の権利を十分に擁護するためには、政府の一存で行う処置は極力防止しなければならない、非常という道を残せば、国民の権利を制限し破壊する口実を政府に与えてしまう危険があるということを述べています。
 当時の内閣が国民に向けて発行した「新憲法の解説」でも、緊急勅令、緊急財政処分等の制度は濫用されやすく、議会及び国民の意志を無視して国政が行われる危険が多分にあったとして、新憲法はあくまでも民主政治の本義に徹し、国会中心主義の建前から、臨時の必要が起これば必ずその都度国会の臨時会を召集し、又は参議院の緊急集会を求めて、立憲的に万事を措置するの方針を取っていると説明しています。
 日本国憲法は、いついかなる場合でも国民主権に基づく議会制民主主義の徹底を要請し、政府の独裁を排除しているのです。
 衆議院の解散や任期満了時に大規模な災害や感染症の蔓延が起きたらどうするのだという意見も出ていますが、憲法の規定に基づき、参議院の緊急集会で対応すべき問題です。
 そもそも、これまで戦後八十年以上、東日本大震災でもコロナの蔓延でも、緊急事態条項がなければ対応できなかったという事態は起きていません。これまでの審査会の議事録を読みましたが、参考人からも、想定外の上に想定外を重ねて議論すること自体が極めて危険だという指摘が出ています。
 例えば、高橋和之東京大学名誉教授は、極端な事例を出せば出すほど、権限をどこかに大幅に移譲する以外に解決の方法はなくなっていく、極端な事例を出して議論をやると間違う危険が強いと鋭く指摘しています。極めて重要な指摘だと思います。
 それにもかかわらず、なぜ今自民党は緊急事態条項の創設を主張するのでしょうか。それは、これが戦争する国づくりと一体のものだからにほかなりません。これまでの審査会でも、ロシアのウクライナ侵略などを挙げ、戦争を想定して緊急事態条項が必要だという主張がされています。さらに、今、自民党などは憲法九条改憲を声高に主張しています。
 憲法の平和主義を踏みにじり、戦争を遂行する体制づくりの改憲は絶対に認められません。今、国民からは、改憲反対、九条守れの声が大きく上がっています。四月十九日にも、全国百六十か所以上で改憲に反対するアクションが行われました。国会前には三万六千人もの市民が集まり、会を重ねるごとにその数は増えています。この声に向き合うべきです。
 私たち国会議員に求められているのは、改憲のための議論ではなく、憲法を政治に生かすための議論だということを繰り返し主張して、発言を終わります。
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発言情報

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発言者: 畑野君枝

日付: 2026-04-23

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会