池畑浩太朗の発言 (憲法審査会)
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○池畑委員 日本維新の会、池畑浩太朗でございます。
憲法九条に関する自民党の自衛隊明記案と、現在の我が党の案であり、かつ十年前の自民党も掲げていた憲法九条二項削除と国防軍創設案の違いについて、先ほど阿部圭史委員から作用法上の違いを説明させていただきました。私からは、組織法上の違いについて御説明をさせていただきたいと思います。
自衛隊明記案は、自衛隊を憲法上明記するだけですので、組織としては現在と同じであります。自衛隊法、防衛省設置法という防衛二法を基盤とした枠組みも、基本的にはそのまま維持されることが想定されます。戦力ではなく実力組織だと説明されている自衛隊の地位も、特別職国家公務員である自衛官の地位も、今と何ら変わることはないというふうに考えております。
一方、憲法九条二項削除と国防軍創設案は、自衛隊は戦力としての国防軍となり、自衛官は特別職国家公務員ではなく軍人となります。軍の民主的運用を確かなものにするためのツールとして、各国軍の標準装備である軍事裁判所を持つことになります。これにより、軍紀違反や軍事犯罪を専門裁判所で審理できるようになります。軍事法制の三要素である軍政、軍令、軍事司法のうち、我が国においては長年にわたり欠缺状態にありました軍事司法が整備されることとなります。
端的に言えば、自衛隊は、軍事的機能を持つが軍人として制度化されていない組織であり、国防軍は、軍事組織としての地位、軍人の身分、軍律、軍事司法を備えた組織という違いがあります。このように、自衛隊明記案と、憲法九条二項削除と国防軍創設案では、組織法上の位置づけに明確な違いが生まれてまいります。
ここで、文民統制について委員の皆様と一つ共有したいことがあります。あえて歴史を振り返りたいというふうに思います。日本国憲法六十六条二項、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」という文民条項が挿入された経緯であります。
さきの大戦により一九四六年二月から一九五二年四月までワシントンDCに設置された、連合国における日本占領管理の最高政策決定機関であり、米、英、ソ連、中国など十一か国で構成された極東委員会について、GHQは日本の占領を直接執行する現場機関であったのに対して、極東委員会は政策の決定機関でありました。
極東委員会は、当初、九条二項によって日本は軍隊を保持できないのだから文民条項は不要ではないかというふうに考えておりました。しかし、憲法九条の審議過程で、衆議院憲法改正小委員会の委員長でありました芦田均元総理は、九条二項の冒頭に、前項の目的を達成するためとの修正を加えました。いわゆる芦田修正であります。
衆議院での芦田修正によって九条の解釈に一定の余地が生じたことを受けて、極東委員会内では再び問題視をされました。芦田修正が入ったことによって、九条一項が定める侵略戦争の禁止を踏まえ、自衛のためならば戦争と武力による威嚇又は武力の行使が可能となることが明白になり、第二項で、自衛のための戦力、すなわち軍隊を保持し得るという解釈ができるようになりました。極東委員会ではまさにそのように読み取り、シビリアンコントロールを実現するために、現行の六十六条二項、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」という条文が挿入をされました。
その際、中国代表団は、一九四六年九月の二十一日、極東委員会におきまして次の趣旨を述べております。自衛等の解釈によって軍隊を保持する可能性がある、このような軍隊は、九条一項が禁止する侵略戦争目的の軍隊とはみなされないかもしれない、したがって、国務大臣は全て文民でなければならないとの規定を憲法に置く必要があると。
中国代表団の発言は、極東委員会は芦田修正による自衛のための軍隊保持の余地を認識していた証拠とも言えます。中国代表が九条で軍隊は絶対に持てないと考えていたのであれば、そもそも文民条項は不要であります。軍隊が存在しないのであれば、文民ではない人間という主体自体が存在をせず、軍人のように文民でない人間が大臣になる危険もありません。しかし、実際には、軍隊が将来存在するかもしれないという前提で六十六条二項を要求しております。すなわち、中国ですら、我が国の自衛のための軍隊を前提に日本国憲法を認識しているという点は、極めて重要な史実であります。
本憲法審査会の委員の皆様におかれましては、是非ともこの点を共有していただきますようにお願いをいたしまして、私の発言を終わります。