西園勝秀の発言 (災害対策特別委員会)
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○西園委員 ありがとうございます。
是非、復興政策十年史、その教訓を生かしていただければというふうに存じます。
私は、復興政策十年史の編さんに当たり、被災地を回り、現地の皆様から様々な御意見を伺いました。その中で、今でも深く教訓として心に残っていることがございます。東日本大震災の津波により、当時の町長と職員計二十八名が犠牲となった岩手県大槌町の旧役場庁舎の解体をめぐる議論でございます。
本来であれば組織の意思決定を行うはずの首長を始めとする幹部の方々がお亡くなりになり、司令塔不在のまま、残された町民が復興に当たらなければならない状況でした。震災の遺構として将来への教訓のために庁舎を残すべきだという意見がある一方、多くの方々が亡くなられたこの場所を目にするのはつらい、こういう声も多く、町を二分する大きな議論となりました。津波という未曽有の災害で筆舌に尽くし難い苦しみを経験された被災者の皆様が、更に一重、つらい選択を迫られる状況となってしまったのです。
大槌町役場の解体が行われたのは二〇一九年三月、東日本大震災から八年後のことでございます。これは、時間のことだけではございません。町を二分する議論によって、どれだけ多くの方々が悩み苦しんできたのか。もし、被災後の復興の在り方について事前に一定の方針が定められていたならば、これだけの時間と労力を費やす必要はなかったのではないでしょうか。
東日本大震災では、大槌町のような事例が至る所で生じ、復興計画を策定するまでに相当の時間を要しました。住民の合意形成、土地利用の再編、移転先の確保など、多くの課題が一度に押し寄せ、結果として、復興のスピードが大きく左右されました。
もし、あらかじめ復興後の町の姿を描いた事前復興まちづくり計画が準備されていれば、被災直後から復興の方向性を皆で共有し、より迅速かつスムーズに、お互いが励まし合って復興を進めることが可能であったと思います。そのため、国土交通省は、全国千七百八十八の自治体に事前復興まちづくり計画の策定を求めております。しかし、現在策定が完了したのは三十二自治体で、日本全国で僅か二%でございます。
そこでお伺いしたいのですが、事前復興まちづくり計画の策定が思うように進んでいないのはどのような理由があるのでしょうか。政府としてその要因を分析されているようでしたら、お聞かせ願います。