近藤和也の発言 (災害対策特別委員会)
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○近藤(和)委員 本当は、具体的にどのような課題が今まだあるのかといったこともおっしゃっていただきたかったんですが。
総理も石川県能登に来ていただきました。ちなみに、このゴールデンウィーク期間中、私もずっと地元を回っていたんですが、首と肩を痛めたんです。なぜかといいますと、道路は結構きれいになったんですよね、ある程度のところは。それこそ隆起したところに道路まで造っていただいて、本当に日本の技術というのはすばらしいな、そう感じながらも、軽の自動車でずっと回っていたんですが、普通自動車だったら道のがたがたは感じないんですよ、それくらいかなりきれいになりましたが、軽自動車で回るとやはりがたがたが響くんですね。これは、作業をされているトラックの運転手さんも同じようなことをおっしゃっていただいています。目に見えることだけではなくて、体に感じるこういった課題もまだまだあるんだということは、是非ともこれからも意識をしていただきたいと思います。
そして、今回の防災庁設置に当たっては、元々、内閣府防災から発展的ということだと思いますが、そもそもが、人材の知識と経験、そして人脈の蓄積が図りにくいということも含めて、防災庁設置の一つの大きな要因になったと思います。大体二年で出向されるということですね。
ちなみになんですが、内閣府防災だけではなくて、災害に関しての様々な省庁の方もやはり定期的に替わるわけですよね。私も、先日、ある省庁の方がお世話になりましたということで挨拶しに来ていただきました。私の方こそお世話になったので、本当に涙が出るぐらいの思いだったんですが、やはり災害と関係のない部署に行かれております。
今回、プロパーの職員を増やしていこうということで防災庁の考えがあると思いますが、当然ながら、百十人、二百二十人、三百五十数人ということで、ここでとどまることではないと思いますし、全部が全部プロパー職員というわけではなくて、むしろ各省庁から来ていただく人事交流も含めて、より重要になっていくのではないかなということ、そして、防災庁で経験していただいた方が各省庁にお戻りになられたときも、いざというときにはしっかりと災害時には応援していただく体制を、先日ちょっと内部で聞きますと、今、防災予備役という考え方もあるようですが、どこまで実効性があるのかといったことはあると思います。
そうなので、各省庁に戻っていただいた方も、ユニフォームは各省庁、例えば国交省であったり文科省であったとしても、シャツは防災庁のシャツを着ているというくらいの、いざというときの体制づくりということは大変重要なのかな、防災庁をつくるだけではなくて、各省庁にも、内部的な、いつでも動けるような防災の体制を取っておくべきだというふうに考えます。
そして、更に申し上げれば、防災庁が例えば一万人規模になっても、防災庁で全部救えるわけじゃないですよね。警察や消防、自衛隊の方々の応援が当然必要です。TEC―FORCEですとかDMATの方ですとか、様々な応援が必要なんです。
今回の能登の地震で、例えば珠洲市であれば、恐らく一月三日か四日ぐらいだったと思いますが、珠洲市だけでも非常に大きい地域ですが、三つのエリアに分けて、自衛隊、消防、警察で人命救助などに当たっていただいています。実際そうせざるを得なかったのかなというふうに思いますが、例えば警察の方であれば、装備がしっかりしたものをなかなか持ってこられなくて、助けられる命が助けられなかった、こういう悲しい告白というものもあるんですね。一方で、ある自治体を私が二月に回っているときに、自衛隊のトラックが雪でスリップして動けなくなっていました。それを助けていたのは警察なんですね。
そういったことも含めて、ありとあらゆる横での連携も含めて、例えば南海トラフが起きたときに、じゃ、自衛隊、消防、警察、そして各自治体の方がどういうふうに組み合わせて動いていくかといったところまで想定しないと命は救えないんじゃないかなというふうに思います。
防災庁をつくるに当たって、本当に命を救うという観点から、人材配置、組織の在り方、連携、そして平時、有事の在り方について、総理のお考えを伺います。