世耕弘成 に関する国会発言
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○塩川委員 私は、日本共産党を代表して、意見表明を行います。 自民党派閥のパーティー裏金問題を発端とした自民党政治の底知れない腐敗構造に、国民、有権者は、今年の参院選においても厳しい審判を下しました。 これに対し、自民党は無反省と言わざるを得ません。政務三役には裏金で問題となった七人を起用し、佐藤啓氏の官房副長官登用で、参議院の議運理事会出席や本会議陪席が認められず、国会運営に混乱を招く事態ともなっています。幹事長代行となった萩
○下村参考人 八月五日の会合におきましては、塩谷会長代理、そして私と、そして当時事務総長をされていた西村康稔先生、そして参議院の清風会の世耕弘成先生、そして事務局の松本さんが同席をされておられました。その中で、既に政倫審等で私自身もお答えをしておりますし、これは西村さんも世耕さんも全く同じ認識であったというふうに政倫審で私はお聞きしておりますが、八月五日の会合で、還付再開については何も決まっていない。 そして、その四月に、安倍会長が
○参考人(世耕弘成君) これも、収支報告に適当なことを書くわけにはいきません。この年に清和政策研究会から四百七十六万円、これが元々不記載になっていた分ですけれども、四百七十六万円の還付があったということで収入の方に立てていますが、何年何月に来たという明確な記録がないもんですから、この年内に来たのは事実なんですけれども、何月何日に来たという明確な証拠が残っていない、何しろ現金でやり取りをされていますから振り込みの記録も残っていないわけであ
○参考人(世耕弘成君) これは、収支報告訂正に当たって、できるだけ正確を期さなければいけないということになりました。今回、東京地検の捜査対象になったのは、これ時効の関係で、二〇一八、一九、二〇、二一、二二の五年間であります。その収支報告で、収支報告の訂正の対象になったのは、二〇一九、あっ、二〇二〇、二一、二二の三年間ということになります。これ、不明がたくさん出てきますが、一番原点の不明は、実は一か所なんです。 これは、平成三十年の前
○参考人(世耕弘成君) 済みません、何度も同じ答えになってしまうんですが、現金での還付は逆に駄目だということがこの八月五日の会合のコンセンサスだったと思っています。その代わりに、だけど何らかの資金対応が必要で、それは各議員のパーティー券購入がいいのではないか。でないかというところで終わってしまったことに関して反省しています。事務局長もその辺が混乱してしまったんだと思います。このとき明確にこれが結論だねという確認、あるいは議員に対する連絡
○参考人(世耕弘成君) 私も記憶の限り思い出してお話をしていますが、現金還付は逆に駄目だというのがこのときのコンセンサスだったと思っています。現金還付をこれをやり切ろうという、主張した方はいなかったと思います。 ただ、先ほど山下議員はまた現金還付と還付を分けられていますが、還付ではなくて、パーティー券を購入する形で各議員の資金的サポート、対応をするということも逆にコンセンサスはできた、現金還付は駄目だけど何らかの資金的手当ては必要だ
○参考人(世耕弘成君) 私は、現金による還付は駄目だということは、これ、はっきり申し上げた記憶があります。で、それに対して何らかの資金的対応は要るじゃないかという意見が出てきて、じゃ、でも、だけど、現金による還付はもう安倍会長がやめろと御生前おっしゃっていたんだから、それは絶対駄目だよねという議論が行われたことは明確に私は申し上げられるというふうに思っております。
○参考人(世耕弘成君) 私は、この八月五日のミーティングというのは、ともかく現金による還付は駄目だという認識が共有され、だけど何らかの資金的対応は各議員の政治活動のためにも必要だということになり、そしてパーティー券を、それぞれの議員が開催するパーティー券を派閥が購入するというのが一番適切ではないかという意見が出て、その方向で終わった。 で、これは、ここを私は大変後悔しているのは、このとききちっとこれが結論ですねというのを四人あるいは
○参考人(世耕弘成君) これは言葉の定義論になりますけれども、いわゆるそれぞれの議員のパーティー券を政治団体としての派閥が購入するというのは、これは別に私は還付ということには当たらないと思います。先ほども付け替えというような言葉も出ていましたけれども、これはあくまでも政治団体間の資金のやり取り、特にパーティーという事業に対する派閥という政治団体がチケットを購入するという行為、それに尽きるというふうに思っていまして、これは還付には、還付と
○参考人(世耕弘成君) 私はその点については何ら認識は変わっていません。 現金による還付は駄目だ、これは八月五日の幹部会でコンセンサスができ上がったというふうに思っております。ただし、オーバーして売ってしまっている議員が活動資金としてこれをもう既に年間の活動計画の中に織り込んでいる点もあるので、何らかの資金的対応が必要だろうと。現金による還付は駄目だけれども、例えば、各議員が個別に開催をする政治資金パーティーの券を派閥が購入する等の
○参考人(世耕弘成君) 残念ながら、四月七日の打合せ、八月五日の安倍会長が亡くなった後の打合せも含めて、私は違法性の認識はその当時全く持っていませんでした。そのとき問題意識があれば気付くことができたと思っています。そこで見逃してしまったことを深く反省しています。 私が、対応不要、受け取らないと言ったのは、四月七日に安倍さんがもうノルマどおり売れと言っている以上は、それをしっかり守るのが私は筋だ、特に直接聞いた幹部としてもらうわけには
○参考人(世耕弘成君) まさに、私がその一円単位でチェックをしているというのは、私がまだ多忙な役職に就く前でありました。全部コンピューターシステム組んでおります。今も使っていますけれども、その時期でありました。 残念ながら、二〇一二年以降、官房副長官、経産大臣、参議院幹事長となっていく中で、事務所の帳簿のチェックが甘くなった。その分、外部のかなり安くはない弁護士事務所に収支のチェックをお願いをしていたわけでありますけれども、やはり簿
○参考人(世耕弘成君) これは、一番下の清掃代というのを除きまして、これは私が和歌山県田辺市に新しい事務所を設置をいたしました。その設置に係る費用として、これがまさに還付金から支出をされていたということが分かって、領収書も全部出てきましたので、収支報告の訂正の際に訂正をさせていただいたということでございます。
○参考人(世耕弘成君) 残念ながら、それは知らなかったと。はっきり言って、自分のところの帳簿のチェックが甘かったというふうに思っています。
○参考人(世耕弘成君) ないとも言い切れない。ただ、当時、そういう習慣は制度的に、これ、もちろん合法的という意味でですよ、政策活動費が特定の幹部議員に渡されて、その幹部議員がそれを配るというメカニズムは当時当たり前であったわけでありますから、その一環で受け取ったことがあるかもしれませんが、今、私自身、幾ら、どこで受け取ったかというのは、残念ながら記憶にありません。
○参考人(世耕弘成君) いわゆる収支報告に載らない形でいただいたということはないんじゃないかと思いますが、そこもちょっと、済みません。 ただ、当時、自民党の中には餅代、氷代という習慣はありました。これはいわゆる政策活動費と言われているものでありまして、ある議員に渡し切りで、その後その議員がどう使おうともいいという話でありますから、もしかすると、派閥の会長に対して党から政策活動資金、資金が提供されて、それを若手議員に配ったということは
○参考人(世耕弘成君) これは正確なお話をしなければいけなくて、私もいつ知ったかは、これは残念ながら明確に何年に知ったかというのはちょっと分からないです。ただ、若手の頃にそういう話は聞いたことがある、オーバーすればその分は返ってくるらしいよという話は聞いたことがある、ああ、このノルマをオーバーできる人がいるんだ、すごいなと思った記憶もあります。だけど、当事務所に関しては、ともかく当時、ノルマ販売で精いっぱいだったというのが現実でございま
○参考人(世耕弘成君) 初年度は知らなかったと思います。多分、ええ、こんな義務が発生するんだ、これは、だってサラリーマンから当選したばっかりの議員ですから、どこへ売っていいかも分からないという状況の中で、何とか秘書と一緒にノルマを達成したというのが初年度とか翌年だったというふうに思っております。
○参考人(世耕弘成君) まず、私が初当選したときはちょうど派閥の移行期で、いわゆる清和会というのが解散をした状況でありました。その後、私は十一月の頭、初当選ですけれども、十二月に清和政策研究会というのが発足をして、私はそこに加入をさせていただきました。その後、恐らくパーティーがその次の春開かれていると思いますが、ノルマは恐らくあっただろうと思っております。ただ、新人議員ですから、ある程度配慮された低いラインのノルマだったんではないかとい
○参考人(世耕弘成君) まず、起訴になった方と不起訴になった者の線引きというのは、これはあくまでも検察、捜査当局の判断でありますので、国会議員である私が論評することは控えたいというふうに思います。 ただ、私は、もう本当に、今も毎日、ここにもいらっしゃる多くの議員の皆さんに、私自身が幹部としての自覚が不足していて、きちっとこの派閥の運営、資金の問題についてきちっとチェックをしていなかったがゆえに大きな迷惑を掛けたということについては大