小川平四郎 に関する国会発言

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1973-03-08 渋谷邦彦 外務委員会 参議院

○渋谷邦彦君 この問題については、もう一つだけ確認をして次に移りたいと思うのですが、先ほどちょっと触れましたが、周総理のことばをかりて申し上げるならば、今回大使交換にあたってそれぞれ直接北京なり羽田なり乗り入れをすることが自然ではないか、そうでなければたいへん不自然な姿だということを強調されたやに伝えられておりますけれども、どうでしょうか、大使交換がいつになるかわかりませんけれども、まあ今月の末になるのか、あるいは来月にまたがるのか、お

1968-04-25 小川平四郎 外務委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ただいま大臣からお答えになりましたように、文化革命の間、ほとんど全部の在外公館から大使その他上級者は引き揚げておったようでございます。最近ぼつぼつ帰りだして、そういう意味で顔合わせの機会というものがふえてきたという程度でございます。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ただいま御指摘の、二名とおっしゃいましたが、南ベトナムでございますか、南ベトナムにおきましては、青年協力隊ではございませんで、これは北川産業という会社に雇われておりました若い人が二人ベトコン地区に入りまして、長い間行くえ不明でありました。これは、帰ってまいりましてからの話によりますと、単なる興味によって写真機を持って入ったということで、最近無事に帰ってきております。ただいま奉仕団とおっしゃいましたのは、ラオス

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 私はその声明は聞き落としておりますけれども、ただ、アメリカの基本的な方針といたしましては、先ほど御指摘の十四項目の中にも、今回のジョンソンの声明の中にも、ベトナムの再統一の問題は、ベトナム人自身の自由な意思によってベトナム人が決定すべきものであるということをはっきり言っておりますので、ベトナムをあくまで自分の好きなようなとりでにするというようなことは公式声明には言っておりません。ラスクの声明等の御指摘の点も、

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ただいま具体的にあげられました点は、新関局長の正式発言の中ではなくて、あるいは個人的な、あるいは観測のあれであったと思われます。  近藤審議官の派遣につきましては、以前からきめておりましたことでございます。これは実現すると思います。  監視委員会その他の問題は、まだこれはだいぶ先のことでございますので、ただいまからどうこうということを言及する段階ではないと考えております。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 新関局長はただいまおりませんけれども、そのときに局長が申しました意味は、今回の話し合いを契機として、これから和平の話が進んでいくと思われるので、その際に、日本においてもしできることがあれば、できるだけの援助をしたいという意味であったと思います。先ほど大臣が申されましたとおり、ただいまは、アメリカと北越とが軍事問題についての接触を始めようとしている段階でございますので、ただいまの段階で日本が直ちに何か援助をする

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 勝間田委員長の件につきましては、私ども一切承知しておりません。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 具体的にどういうことをどういうふうに言うというふうなお話まで進んでいたとは承知しておりません。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) その問題につきましては、和平の機運を促進するために日本にやり得る役割りがあるならば特使を派遣するということも考えられるのではないか、そのためには適当な時期を選んで特使を派遣することも考慮できるというお話があったようでございます。したがって、その時期につきましては、いますぐにというような話ではなかったようでございます。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ただいまの御質問は、政府の予備費を日赤に委託いたしまして、それを南北両方へ分けるという御質問でございますれば、現在の段階といたしましては、日本といたしましては南ベトナム政府を正当なベトナム政府と認めまして、これと外交関係を結んでおるわけでございまして、北ベトナムとは外交関係がないので、現段階といたしまして、政府の資金として、たとえば日赤を通じまして北ベトナムまで援助するという段階ではないと考えております。将来

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 公平立中の観点からでございますので、両方同時にやるということであれば、また日赤も別の考えがあると思います。現に日赤自身といたしましては、南北ベトナムの赤十字委員会を通じて救恤を行なっておると称しております。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 細部につきましては、先般御質問がございましたのでお答えしたとおりでございまして、ベトナム協会というものは、決して援助を予定してできたものではございませんで、先般御説明いたしましたように、友好団体でございますので、ベトナムとの親善、あるいはベトナムの認識を深めるという趣旨でできた協会でございまして、たまたまその後に援助の問題が起こりましたので、これに依頼いたしまして実施したわけでございます。政府が直接やるという

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 書簡は外務省を通じて防衛庁長官に送られましたが、防衛庁長官からはまだ返書が出ておらないと承知しております。

1968-04-10 小川平四郎 予算委員会第二分科会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) これは当時同文の書簡を相当広い各国に出したようでございまして、日本の防衛庁長官あてにきております。この内容は、新聞に出ておりますよりも実は、もっと韓国の情勢、北鮮の情勢、そういうようなものの説明が大部分でございまして、そういうような状況であるので韓国としても油断はできない そこで、各国の好意的な援助を期待するというふうに結んでございまして、特に武力的な援助、そういうような要請ではございません。

1968-04-09 小川平四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ただいま正確な数字を持っておりませんが、概略を申し上げますと、大体在留外国人は六十五万人ぐらいでございます。そのうち、韓国人及び朝鮮人が五十七、八万、次に中国人が五万、あと残りが各国からの在留人だと、大体こういうふうに記憶しております。

1968-04-04 小川平四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 二十四万三千七百五十四円でございますが、これはこの計画の樹立、物資の調達、梱包その他の監督をいたしまして、実際に物を買ってから送り出すまでの事務経費を実費で計上したものでございます。

1968-04-04 小川平四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) 先ほど申しましたように、専門薬は病院その他で使われるわけでございますので、その後の先ほど申しました病院援助その他には携行資材として専門薬が行っております。今回この会において家庭薬が選ばれましたのは、先ほど申し上げましたような理由でございまして、御指摘のようなことは私ども承知しておりません。

1968-04-04 小川平四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ベトナム側と打ち合わせてきめたわけでございます。今回家庭薬が主となっておりますのは、その前年の医療援助におきまして専門薬が相当行っておりました。これが専門の病院その他に配付されたわけでございますが、ベトナムの末端に参りますと病院の設備もございませんので、すぐ使えるような薬というような趣旨から、今回は各部落の救急所とか、そういうところですぐ使えるようなという趣旨から、家庭薬を主として選んだわけでございます。

1968-04-04 小川平四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) ベルベリン製剤、キノホルム製剤、阿仙製剤、マーキュロ製剤、メンタム製剤、抗菌製剤、目薬製剤。

1968-04-04 小川平四郎 予算委員会 参議院

○政府委員(小川平四郎君) これは主として家庭薬でございまして、品目はたくさんございますが、一々申し上げますか。