小西康孝 に関する国会発言

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1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) さようでございます。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 私自身は、昨日の委員会でも申し上げましたが、安中製錬所長当時十分であったかどうかということにつきまして、反省をしております。現在はなお一そうきびしい自己反省を加えながらやっていきたい、こう考えております。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) その点につきまして、先ほど率直に申し上げましたように、認識が足りなかった。しかし、公害問題については真剣に取り組めということは一つの方針としてありましたが、その内容につきまして認識が十分でなかった。  なお、私につきまして、だいぶ川ざらいをほうきでやったとかいろんなお話でございますけれども、これは重ねて申し上げますが、公共用水をいじくったりなんかは、私のときはいたしておりません。柳瀬川に通ずる溝を清掃した。それ

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 四十三年には、そういうことをやったということは聞いておりません。  それからちょっと補充しますけれども、隠蔽工作と申しますのは、先ほど申し上げたように溝を清掃したということでございまして、極端に、すりかえたとかごまかしたとか、そういうことじゃございませんので御理解いただきたいと思います。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) ちょっと、四十何年でございますか。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 私がいま申し上げましたように、神出所長、それから当時の関係役員、それから事業所等、宮崎が現地で調査いたしましたので、その結果、現在独断でやったというふうに考えられます。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) それでは申し上げます。  保安企画室長は久松忠、それから技師は今井新造でございます。   〔理事矢山有作君退席、委員長着席〕

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 役職名だけ言わせていただきます。環境管理室長——当時は保安企画室といっておりましたが、保安企画室長。それからこれははっきり本人が言っておりますので、その当時の技師でございます。これは対州鉱山の保安企画室長でございます。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 本人の人権といいますか……。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 当時の環境管理室長の——これ、名前を言わないといけませんか。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) ございません。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) そのとおりでございます。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 当時技術部がございまして、技術部が担当しておりまして、鉱山関係は技術部の鉱山課が担当いたしておりました。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) はい。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 総務部長、人事部長でございました。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 実は当時の関係役員その他、所長等は全部退任しておりますので、一応私は念のためにこういう事件についてどうだったのかということを一通り聞きました。いや実は新聞で驚いたのだ、そんなことまでやっているとは思わなかった、こういうことでございましたので、また一方、神出所長の意見も、遠慮のないことを言ってくれ、ほんとうのことを言ってくれと聞きましたところが、私は信頼にこたえていい結果を出そうという一心と、それからそのときの爆発

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) まず、会社が公害問題に対して認識が足りなかったという点でございますが、特にこのカドミ公害ということにつきまして認識が不十分であった。これは、その当時の会社の状況がそういう状況にあったということが一つございます。それからもう一つは、やはり環境優先、住民優先というところまで、公害問題についてそこまで進んだ考え方があったかといいますと、その点に足りなかった点があった。そういう雰囲気の中で神出所長が、これは非常に当時の社

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 私が申し上げたのも、いま宮崎が言いましたいろんな情報から、この人ではなかろうかということでございまして、間違ったらたいへんなことになりますので、重ねて申し上げておきます。

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) まず第一点の、告発した元幹部従業員の方でございますが、私どもは真相をやはり会社の手ではっきりして、できるならば明確にして、それぞれ報告すべきことは報告すべきであるという考え方で、実は本人をさがしておるわけでございます。まず、できましたら本人にお会いして真相を聞きない。と申しますのは、先ほど宮崎から話がございましたように、公害問題についてきわめて重要な職責にあったといま推定される、そして上も知らない、下も知らない、

1974-03-13 小西康孝 公害対策及び環境保全特別委員会 参議院

○参考人(小西康孝君) 私が赴任する前の事情は十分承知しておりませんが、赴任後やりましたことにつきましては、当時所長しておりましたが、いまの排水構の清掃をした。これは弁解じゃございませんが、私は、まず工場内の発生源対策を徹底的にられということを言っておりました。たまたまその時期が、検査の前の時期に排水溝を掃除をした。これはもう外部から見て非常に疑われる、非常に残念なことであるということでございます。率直にその点は認めます。しかし、検査を