山本悟 に関する国会発言
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○政府参考人(山本悟司君) お答え申し上げます。 令和六年能登半島地震では、電子基準点や人工衛星のデータから、能登半島北部で水平方向に最大約三メートル、高さ方向に最大約四メートルの変動を観測するなど、北陸地方から関東甲信地方にかけての広範囲で地殻変動が確認をされました。このため、地殻変動の大きい地域に存在する電子基準点等の座標値の公表を一旦停止をし、再測量を進めてまいりました。 電子基準点につきましては、地震から約一か月後にほと
○政府参考人(山本悟司君) お答え申し上げます。 基準点の測量や地図作成などで用いられる位置の情報は、ある特定の基準日における緯度、経度や標高で表すこととしております。 一方で、我が国は大陸プレートと海洋プレートの境界付近の上にあり、複雑で激しい地殻変動にさらされ、常に地面が動き続けていることから、測量等を実施する際には、その時点、その測定時点の位置を基準日の位置に補正をする必要がございます。 このため、国土地理院では、電子
○政府参考人(山本悟司君) お答えを申し上げます。 国土地理院におきましては、土地の測量や地図の作成などを通しまして、地理空間情報の利活用の推進を図り、国民の安全、安心の確保や国民生活の向上などに寄与しております。 具体的には、測量や正確な位置の決定に必要となる基準点を離島を含めて全国に整備をしているほか、測位衛星からの信号を連続観測する電子基準点等を利用して、常時、地殻変動を監視をしております。また、我が国の領土を明示するとと
○政府参考人(山本悟司君) お答え申し上げます。 国土地理院におきましては、過去の自然災害の教訓を住民に分かりやすく伝え、教訓を踏まえた的確な防災行動による被害の軽減を目指しまして、先人が災害教訓を伝えようと残した石碑、モニュメントである自然災害伝承碑の情報について、令和元年に新たな地図記号を制定をいたしまして、市区町村の申請を受けてウェブ上の地図等に順次掲載をしてきております。本年三月時点では、六百五十八市区町村の二千三百四十四基
○政府委員(山本悟君) 先般国会で御質問いただきましたときにお答えしました三月云々と申しますのは、たまたまそのころある週刊誌が三月云々ということを書いたものがあって、それをちょうど読んだところでございましたので、さようなことはないと申し上げたわけでございます。 公式にその際にも申し上げたわけでございますが、要するにこの問題につきましてどういう段階かということをお答えするのは事柄からいって遠慮させていただきたい、御容赦いただきたいとい
○政府委員(山本悟君) 皇族の外国御旅行の点でございますが、確かに予算積算上そう多くのものではないというぐあいには存じております。ただ、やはりどうしても国交上、国と国との関係上公的に必要であるというようなときには予備費その他のこともさせていただくと。要するに、予算を組みます際にあらかじめ翌年の分が何件であるということの想定がつかない場合もあるわけでございますが、そういったときは効率的な運用というようなことで対応をさせていただく場合もある
○政府委員(山本悟君) ただいま申し上げたような概要でございますが、現行法制のもとにおきましては、その法制に従うということだけを申し上げておきます。
○政府委員(山本悟君) ただいま御質問の御私有のものの中身が幾らかという点につきましては、御私有でございますからお答えを差し控えさせていただきたいと存じます。 ただ、どんなものがあるかということでございますが、戦後皇室の財産は、御案内のとおりに戦争直後の各種諸税を納め、さらに憲法八十八条の規定によりまして、ごく一定のものを除きましてすべて国有に移ったわけでございます。したがいまして、御案内のとおり、現在、陛下を初め、内廷の皇族は不動
○政府委員(山本悟君) 皇室経済法第七条の規定による「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」、これは先ほど主税局長からお話がございましたように非課税でございますが、これの範囲というものにつきましてはいろいろ言及をいたしておるわけでございますが、この法制定以来からのいろいろな諸論議というものを踏まえて考えますと、三種の神器はもとより、宮中三殿でありますとか、皇室がずっと伝承されてきました御由緒の図書、例えば東山御文庫といったようなものでござい
○政府委員(山本悟君) 昭和六十三年度における皇室費の歳出予算について、その概要を御説明いたします。 皇室費の昭和六十三年度における歳出予算要求額は三十億一千五百九十一万九千円でありまして、これを前年度予算額二十九億三千七百六十二万八千円に比較いたしますと、七千八百二十九万一千円の増加となっております。 皇室費の歳出予算に計上いたしましたものは、内廷に必要な経費、宮廷に必要な経費及び皇族に必要な経費であります。 以下、予定経
○説明員(山本悟君) この問題につきましては先生からたびたび御指摘をいただいていることをよく存じている次第でございまして、やはり外国からの陛下あてということでの贈答品ということでございますので、そのたびごとにこういうものが来たということを公表いたしていることは御承知のとおりでございます。そうして、やはりそれぞれのお立場なり陛下ということを頭に置いての贈答品が来ているわけでございますので、それを身近にお置きになる、あるいはごらんになってお
○説明員(山本悟君) 精密検査の記事が出たことをお読みになって云々と、これが正確にどうであったのかということはもちろん私ども存じ上げていないことでございますが、御自身のお体に関しましてのいろいろな新聞記事が出る、しかもそれがお身にちゃんと御説明を申し上げてないものが出るというようなことについては非常に意外に思われたのじゃなかろうか、それでいろいろと御下問になったというようなことではなかろうかと存じます。したがって、それをお怒りになったと
○説明員(山本悟君) 明治天皇あるいは大正天皇という時代であればいろいろなことがあったかとも存じますが、やはり現在の陛下、御高齢ではあるというようなことで、もちろん手術というものを考えます場合には、非常にいろいろ専門の方々頭をひねられ、考えられたことであろうと思います。しかしながら、やはり第一は、何といっても現在の医学のもとにおいてどうして差し上げるのが一番いいのか、お体のことであろうと存じます。その意味では、やはり手術が御必要であると
○説明員(山本悟君) 今回の御手術に至るまでの経緯をちょっと申し上げてみたいと思うわけでございます。 ただいま御指摘がございましたように、本年の四月二十九日、天皇誕生日の祝賀の宴会の儀の席上におきまして食べ物をお戻しになって御退席になりました。別室におきまして直ちに侍医長と当直侍医とが拝診をいたしたわけでございますが、御体調にそのときも脈拍その他の特別の御異常が認められないで、お疲れぎみによる一過性のものという判断を侍医としてはいた
○説明員(山本悟君) ただいま先生から御心配を賜りましたことでございますが、九月の二十二日に陛下御手術をなさいまして、その後いろいろ多少ずつの経過はあったわけでございますが、次第に御回復になられてまいりましたこと、新聞報道等で御承知のとおりでございます。まさにずっと御回復の状況というのがそのままの格好で現在まで続いてまいっておるわけでございまして、側近におります音あるいは侍医団といったような者も十分そういった状況を判断をいたしまして、今
○政府委員(山本悟君) 宮家の私的な経済に関することでございますので詳しいことは承知をいたしておりませんが、現在私どもで承知している範囲で申し上げますと、まあ高松富家ではなお港区の高輪に一部土地をお持ちである、今回の議案になっております部分を除きましてもなお一部残っているということと、それとたしか神奈川県の葉山に別邸を持っていらっしゃいますが、これは私有のものであろうと存じます。 それから天皇家並びに各宮家の関係でございますが、いず
○政府委員(山本悟君) 固定資産税の問題は自治省のことでございまして、私どもでは担当をいたしておりませんので御容赦を賜りたいと存じます。
○政府委員(山本悟君) 今回受贈する土地は、かつて御料地であったところでございまして、当時からあそこは高輪御料地と言われたところでございまして、今の高松宮邸の約五、六倍の広さがあったところでございますが、それが戦後、財産税その他によって国庫の方に、国の方に帰属になったというような経緯のあるところでございます。今、高松宮邸になっておりますところで御私有地になっておりますところは、当時からの庭園の一部でございまして、高松宮殿邸の敷地の一部と
○政府委員(山本悟君) 先ほど内容を言うときに申し上げたわけでございますが、土地で申しましても約その半分以上は那須の御用邸、要するに山林でございます、ずっと昔からのものがそのまま引き継がれてきている。金額で申し上げますと六千六百余と申し上げましたが、そのうち皇居だけで三千七百余というような金額になるわけでございまして、そういったような非常に公的にお使いになっている、いわゆる国家として、皇室用財産として皇室の御使用に供しているという重要な
○政府委員(山本悟君) 現在、皇室用財産は、昭和六十一年の三月三十一日現在でございますが、台帳価格なり台帳面積でございますが、土地は二千四百六十五万平方メートル余、金額にいたしまして六千二百九十五億、建物は延べ十八万二千平方メートル、二百四十二億円、さらに工作物その他百二十三億円、こういうような数字に台帳上なっております。 そのうち主なものを申し上げてみますと、土地で申し上げますと皇居が百十五万平方メートル、赤坂御料地が五十一万平方