戸波江二 に関する国会発言
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○小泉親司君 日本共産党の小泉親司でございます。 基本的人権に関連して発言をさせていただきたいと思います。 まず指摘をしたいのは、皆さんも御承知のとおり、日本国憲法は人権に関して大変先駆的な内容を持っているというふうに思います。第三章の国民の権利及び義務では、十九条で思想及び良心の自由、二十条での信教の自由、二十一条での集会、結社、表現の自由、二十三条の学問の自由など、国民の市民的権利、政治的権利を明記していると思います。同時に
○参考人(戸波江二君) 歯切れがいい答えできませんけれども、要するに憲法があり、それを具体化する社会保障立法があり、それによって実際にそれを実施する行政があり、それによって国民の生存権、社会権、社会保障が実現していくというプロセスになります。 そこで、そこでの仕分をどうするかの問題が今のお尋ねだったと思うんですけれども、やっぱり法律の役割というのは私は決定的だと思うんですよね。憲法で細かな生活保障、社会保障について一々細かく決めるわ
○参考人(戸波江二君) そのとおりで、中立的なやっぱり国を監視できるような組織として組織化されるべきですが、そのとおりですが、やっぱり人権擁護機関を置くこと自体についての合意が果たしてできているのかどうかちょっと心配なんですよね。憲法学者の中でも、国家からの自由、国家が人権擁護のための機関を作っていろいろやるということになると、侵害しないかという危惧、それから正に法務省の外局に作られることの危惧、それから国の行為についてのコントロールよ
○参考人(戸波江二君) 半分以上賛成で、憲法の改正との関係でいいますと、やっぱり社会変化が物すごく進んでいまして、御指摘の情報革命から、それから家族の変化、それから科学技術のクローンの問題まで、もういろんな分野でもって急速に考えられなかったような進展が、社会の変化が進んでおります。 それから、人権を強化するという考え方も、これも重要でして、今までの例えば表現の自由にせよ社会権にせよ、それをもう少し強化充実するような方向でもって考える
○参考人(戸波江二君) 私は、もうさきに申しましたように、憲法裁判所制度がいいのではないかと考えていまして、ただ、これも面白いことに、日本の議論では改憲論者が憲法裁判所を作れと言っているんですよね。 しかし、憲法裁判所というのは、実は憲法という規範に価値を求めて、その憲法の価値に従って現実の社会だとか政治を規律していく。だから、憲法価値の実現プロセスなんですよね。ですから、本来、憲法価値を信奉している人が憲法裁判所を作ってもっと憲法
○参考人(戸波江二君) これも結論的には困難ということになるかもしれませんけれども、ただ、改憲論のやっぱり九条、九条も非常に重要な論点でこれはもう否定することはできないんですけれども、やはり自由だとか民主主義だとか人権だとかという価値自体がやはり憲法で担われていて、それ自体が戦後の日本の政治、社会を、私はどこかにも書きましたけれども、戦後政治というのは憲法の定着の過程だというふうに見る方で、決して空洞化ではなかったと。憲法によって支えら
○参考人(戸波江二君) 結論から言うと、公的資金の投入、企業に対する投入、銀行に対する投入というのは政策的なものだというふうに考えるべきだと思うんですよね。企業に経済的自由があって、それが危機に瀕しているから投入するというふうにはちょっと考えづらい。ただ、それは、回り回って中小企業だとかあるいは一般の国民の失業から回避するという観点からすると、広い意味では確かに雇用失業との関係の人権と言えますけれども、基本的にはやっぱり経済政策の措置だ
○参考人(戸波江二君) 今、西谷先生おっしゃられたとおり、憲法学説も多数説・判例は二十五条はプログラム規定だと言っておりますけれども、有力な学説、例えば北大の中村睦男先生などは、今、西谷先生おっしゃった学説、つまり憲法二十五条の最低限度の生活については、やはり国民の最低限の生活なんだから、それを確保するための措置が強く要求されるし、それのような法律を作らないと違憲となり得るというところまで中村先生言っているかどうかあれですけれども、そう
○参考人(戸波江二君) これは憲法学の反省でもあるんですが、これもどこかレジュメに書きましたけれども、憲法二十五条の生存権についてはプログラム規定だという判例が確立し、それから経済政策については立法裁量だということでもって、憲法の具体的内容が実際の政策と結び付かないという難問があります。やはり憲法は社会全体の指導法、理想法あるいは目標を定めた法ですから、それに照らしてそれを具体化するという作業が必要で、個々の政策を取りましても、やはり憲
○参考人(戸波江二君) 今日はちょっと、柔らかな護憲論と書いて憲法改正を容認するような発言をちょっと強調したので、その点、是非御留意いただきたいんですけれども。 ただ、環境権につきましては、各国の憲法で、戦後あるいは環境問題が議論されるようになってから憲法改正して導入したというところがかなりありまして、ドイツでは一九九四年に環境条項についての規定を入れております。そのときの規定の仕方としては、社会権に入れるのか人格権に入れるのか、そ
○参考人(戸波江二君) 判例は余り説明いたしませんでしたけれども、経済的自由について一応、積極目的、消極目的二分論、レジュメの真ん中に書きました考え方を取っております。 これは、経済活動を自由放任に任せると、国民の健康だとか生活に危害が、害悪が生ずる、そのための規制を消極目的規制というふうに呼びまして、それから政策的な観点から経済をコントロールするというのを積極目的の規制と言いまして、その政策的観点からの規制を行う法律については、な
○参考人(戸波江二君) 学説には、現在、憲法改正手続法がないのが憲法違反だという強い意見もありますが、他方、手続法が作られるということが憲法改正の露払いになるという形で、法的にじゃないですけれども、政治的に反対するという憲法学説も有力であります。 私の判断を迫られますと困りますけれども、憲法改正手続法というのは、やっぱり必要といえば必要ではありますね。確かに、憲法改正をするときにはどういう手続をするか定まっていないと、今のままでは、
○参考人(戸波江二君) 一つ前提問題なんですけれども、経済的自由という場合の主体なんですよね。だれの経済的自由か。これ国民一般であり、企業であり、いろんな主体があるんです。しかも、経済的自由の中身も、企業の大きな、大規模な投資だとか経済活動から、学生の職業選択の自由から、そういう細かな個人的な権利までいろいろあるんですよね。 実は、経済的自由というのは、そこら辺のところを分けて考えなくちゃいけませんで、有名な判例が、三、四年前に出た
○参考人(戸波江二君) 御指摘、そのとおりで、誠に賛成なんですけれども、二十七条の勤労の権利というのは、勤労の場所の提供を直接に要求できないにしても、国はやはりその勤労の場所を用意すべき義務を課しているということですから、二十七条との関係で、やはり雇用についての配慮義務というのは憲法から国が出てくるというふうに考えるのが一つと。 それから、十四条も、今、西谷先生がおっしゃったように、特に男女平等の規定をいかに社会の中で実現していくの
○参考人(戸波江二君) 一九八〇年代までの経済政策というのはやはり保護政策でして、いろんな形でもって業者を保護する立法というのができてきています。しかし、反面、業者保護立法というのは他方で消費者の視点が抜け落ちてしまうということだとか、それから八〇年代の後半からアメリカの方から規制緩和論が出てきて、日本の流通がおかしい、おかしいじゃない、行政が口出しし過ぎているんじゃないかというような議論があって、その規制を撤廃しております。例えば、百
○参考人(戸波江二君) 余り、説明しづらい問題といいますか、資本主義、社会主義の対立というのは一九五〇年代、六〇年代ありましたから、憲法学説としてはその辺余り深く立ち入らなかったというのが実情ですが、ただ、正統憲法解釈、伝統的な、通説的な憲法解釈は、憲法二十九条三項の財産権の補償のところで、個人の持っている財産権の保障というほかに、私有財産制をやっぱり制度として保障しているんだと、だから資本主義、私有財産制という言葉でしか書いていないで
○参考人(戸波江二君) これはちょっと難しいといいますか、憲法学説はやはり憲法裁判所の創設に反対で、今、愛知議員が御意見をおっしゃったように、やっぱり具体的な事件との関連で違憲審査権を行使した方がよいと、これは有力な意見ですし、それから個人の権利義務とかかわらないような訴えになると政治的な問題が裁判所にどんどんくるから、それを避ける意味もあるから付随的審査制がいいという意見が非常に有力なんですが、ただ私は、どっちかというとドイツ派という
○参考人(戸波江二君) ちょっと難しいですけれども、簡単にお話しさせていただきます。 二重の基準論と申しますのは、これは基本的にはアメリカの憲法判例で展開してきた議論で、修正一条の権利、つまり表現の自由だとか、集会の自由だとか、信教の自由だとかという精神活動にかかわる人権を保障した修正一条というアメリカの人権規定を重視するという考え方で、したがってそれを制限するような法律については厳格な違憲審査基準を適用して違憲とするという論理が二
○参考人(戸波江二君) 結論的には必要ないだろうと。これは、経済政策が掛かりますから、細かな条文で憲法で決めてそのとおりやるという問題ではありませんから、やはり経済の流れだとか景気だとか国際関係だとかといういろいろな要素を判断しながら議論すべきで、憲法をやっぱり基本価値があってそれを守れというのであって、経済政策については少ない条文で十分であると考えます。
○参考人(戸波江二君) 学説、判例の通説はプログラム規定というふうに解釈して、これは国に対して政治的、道義的な義務を課した規定であって、国民が、たとえ貧困な国民がいても、その二十五条に基づいて直接給付、生活費をよこせというような給付はできないとするのが通説、判例であります。それは、社会福祉の政策いろいろあり、それから財源の問題もあり、それから資本主義という体制の下では、自分の生活は自分で面倒を見るというのが原則であるということから、そう