田中亮太 に関する国会発言
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○参考人(田中亮太君) もう一つ足させていただきますと、私どもの地域資源というのはやはり地の利というものがあろうかと思います。 先ほど、秋田県やソ連だとか言われますけれども、私どもは東海道の宿場町の時代から、東海道五十三次ありますけれども、そのときに、私どもはそれを自分で私どもの町が利用していたんだろうと思いますけれども、明治になりますと、この東海道五十三次が廃止になりますと、今度、鉄道は岐阜の方を回ると。それから、また新幹線も向こ
○参考人(田中亮太君) 市長に就任してから私どもの市政というものは、住民お一人お一人に顔を向ける市政から向けてもらえる市政に変えていく、そういうふうな形にしたいという中で、自分たちの町をどうつくっていくかということに考えたときに、特に住民の方々は、ふだんは何にも言わない、何か考えられたときに、だれかが先頭に立つとわっと沸き上がる。これだけではいけないんじゃないかと、そういうような思いで住民の方々に、例えば私ども行政改革大綱って作ったんで
○参考人(田中亮太君) 私どもはその反対的なところでありまして、やはり県とか私ども市とか、この二つがきっちりした形を自分たちでつくり上げたところですから、そういうものを充実していくには、国の方は援助という形、この関与が強過ぎるとどうもそこのところが難しいのではないか、そんな考え方をしているところでございます。
○参考人(田中亮太君) 私どもこの企業立地の場合に、前提としてはやはり国関係の施策、やっぱり企業というものは人、物、情報の動きと、これが円滑に行われる、これが保証されなければこれは立地しないだろうというふうに考えるところでございまして、私ども、先ほど申し上げましたけれども、高速道路、高規格道路というものが私どもではずっと集中して三重県内の中心にあるというぐらいの道路の関係がございます。それはやはり国に期待されなきゃならないと思うんですけ
○参考人(田中亮太君) それでは、よろしゅうございますか。 私ども、今回も申し上げましたけれども、ちょうど平成十二年、十三年ごろ、これは私どもの一番景気低迷している、私どもの財政も非常に難しい時期に来ているという、そんな時期であったと思います。これに対して、私ども、ちょうどその当時、北川正恭、三重県知事時代に、正恭って言いましたが、私は仲人をしましたので申し上げますけれども、実はこういうお話ししているときのその熱から、私どももこの知
○参考人(田中亮太君) おはようございます。三重県の亀山市長でございます。 実は、十五日、私どもの地元で地震が発生しました。気象庁の発表では五プラスという形で、私どものところが非常に地震災害が多かったのではないかという御心配をいただいたところでございますけれども、ちょうど震動の時間が本当に短かったものですから、人命とか家屋、全壊、半壊、こういうものもございません。また、道路の方の損壊で通行止めというものがなかったところでございますの
○委員長(伊達忠一君) 経済、産業、貿易及び公正取引等に関する調査のうち、経済成長戦略大綱に関する件を議題といたします。 本日は、本件調査のため、参考人として野村證券株式会社顧問・元株式会社産業再生機構産業再生委員長高木新二郎君、福島学院大学前学長・教授・福島大学名誉教授・元福島大学地域創造支援センター長下平尾勲君及び亀山市長田中亮太君の御出席をいただいております。 この際、参考人の方々に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げ