山本政弘
法務委員会
○山本(政)委員 これは孤児名簿なんです、中国残留孤児。 岳宝麟さんという人がおる。肉親と別れたところはハルビン市なんです。今の住所は甘粛省の蘭州市なんですよ。ハルビンから甘粛省の蘭州市まで行っているわけです。もう一人、杜永湘という人がおりますが、肉親と別れたところは長春市です。今おるところが陳西省の西安市。これも随分離れていると思うのです。劉国忠、肉親と別れたところはハルビン市、行ったところが雲南省の弥勒県ですよ。この人たちがどう
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「山本政弘」の「中国」テーマに関する発言 30件
期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
法務委員会
○山本(政)委員 これは孤児名簿なんです、中国残留孤児。 岳宝麟さんという人がおる。肉親と別れたところはハルビン市なんです。今の住所は甘粛省の蘭州市なんですよ。ハルビンから甘粛省の蘭州市まで行っているわけです。もう一人、杜永湘という人がおりますが、肉親と別れたところは長春市です。今おるところが陳西省の西安市。これも随分離れていると思うのです。劉国忠、肉親と別れたところはハルビン市、行ったところが雲南省の弥勒県ですよ。この人たちがどう
法務委員会
○山本(政)委員 それではもう一つだけ聞いて後、私の考えもひとつ聞いていただきたいと思うのですけれども、帰ってくる孤児の人たちですが、あるいはすぐに帰れなくても日本国籍だけは確認しておきたい、日本に戸籍をはっきりさせておきたいという孤児の人たちがいらっしゃるだろうと思うのです。例えば養父母の反対がある、自分たちが年をとっているからまだ行ってもらいたくない。孤児の人たちにとっては育ててもらった養父母を捨てて日本に帰れないというようなことも
法務委員会
○山本(政)委員 私もここに家庭裁判所の申し立て、そして審判の中身について見ているのですが、なかなか家庭裁判所でも大変な努力をしてくだすっていると思うのですね。前向きに非常に努力をなすってくだすっていると思う。ただ、それだけでは非常に日にちがかかるということは事実なんですね。しかも、訪日調査に参加しながら身元が未判明である、こういうことについて、先ほども申し上げたように、中国側が訪日調査を希望する孤児を事前に徹底調査をしている、そして日
法務委員会
○山本(政)委員 なぜそんなことをお伺いしたかといいますと、こういうケースがあるのです。中国名で馬文林、この人は、申し立てから審判までに一年八カ月かかっているのです。つまり、申し立てた日にちが五十九年六月十八日、審判の年月日が六十一年二月十七日。もう一人、梁玉芳さん、この人は、五十九年十一月八日に申し立てをして、審判の年月日が六十一年一月二十八日。百五十日をとっくに超えているわけですね。これは最近の事例なんです。ここに一覧表がありますけ
法務委員会
○山本(政)委員 採用証明書というのは弾力的にというお話でありますが、私はなぜ必要なのかちょっと疑問なんですよ。つまり採用証明書といったって、大体そういう中国におって顔もわからぬ、言葉もわからぬで、会ったこともないというような人を一体、企業がたやすく採用しますか、今。僕はそういう意味で、それは極めて常識を外れていると思うのです。少なくともこういうものは要らないだろうと思うのです。これは常識的範囲だと思うのですね。だって、企業だって採用す
法務委員会
○山本(政)委員 お話を聞きますと、原則としては一応入国の管理手続について外国人として取り扱うのだということですね。 そうすると、こういうことは一体どういうふうになるのですか。中国政府は日本人と認めて、そして出国をさせる、つまり日本へ帰国させるわけですね。これを認めているわけです。そうすると、厚生省の方は、今度は日本人として認めて帰国旅費を支給しているわけです。そして家裁は就籍の申し立てに対して、中国籍を有する者に対しても日本国籍を
法務委員会
○山本(政)委員 きょうは残留孤児の問題について、特に入国要件、それから手続、就籍の問題等についてお伺いしたいと思うのです。 残留孤児あるいは終戦時十三歳以上であって中国に敗戦時の混乱から結婚して残らざるを得なかった婦人たちが帰国をする場合の入国手続ですが、一般に残留孤児とかあるいは残留婦人と呼ばれている人々の中に二つあるだろうと思うのです。一つは、日本に戸籍の確認のできた人、あるいは就籍手続によって国籍を確認されて戸籍が新たにでき
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 要するに社会保険の原則というものがある、だからそれを中国残留孤児の問題に適用すると全般的に制度全体が難しくなる、こう言いたいわけでしょう。 では、ひとつ大臣に申し上げたいのですけれども、どうですか、別に切り離して基金か何かつくって、援護年金とかなんとかという名称でもいいのですよ、そして救済をするという方法はできませんか。例えば、センターなどでもそうだったのでしょうけれども、国が半分出す、民間も半分出す、そして帰国
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 実は大変偶然だったのですけれども、けさ電話をもらったのです。極めて短い時間だったから詳しいことはよくわからなかったのですが、中国から帰ってきた人なんです。名前を申し上げてもいいのですが、カケガワさんという人です。昭和三十三年に帰国をして、三十五年から三十九年に勤めたわけですね。厚生年金をもらっているのです。そして五十年に肉親に再会をして、五十一年の三月二十五日に国籍を取得された。詳しくはわかりませんが、僕も聞く時間が
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 つまり私が申し上げたのは、残留孤児の年金ということについて特殊な事情がある、つまり戦争犠牲者であるとか人数が限られておるとか生活が不安定であるとかということを申し上げたのですけれども、中国の帰国者の問題に限ってそのことをやるということは制度的に大きな問題というものを残すから、別途にお考えになるというお気持ちがあるのかどうか、それが第一点。 第二点は、六十歳から六十五歳までの要するに掛金を掛ける期間、これを延長なさ
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 じゃお伺いしたいのですが、空期間を認める、それだけで事が済まされるのだろうかどうだろうかという気が私は実はするわけです。つまり過去にとられたさまざまな年金権の保障措置、これは間違っておれば教えていただきたいのですけれども、十年年金とか五年年金とか、それから特例措置がございました。そういう人たちに比べて、今空期間というものを設けてそして救済をすると言うけれども、それだけで一体年金額というものは十分かどうかといえば、私は
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 今大臣のお話の中にも、戦争の犠牲者対策の推進をやる、こういうお話がありました。同時に、年金についても給付と負担の公平化について努力をしたいというお話もあったと思うのですね。私はきょうお伺いしたいのは、今基礎年金の導入を目的として、各種年金と言ったらいいんでしょうか、国民年金法、厚生年金保険法、それから船員保険法の改正作業が進められておる、そしてそれに伴って、懸案であった制度的な無年金者といいますか、今申し上げました中
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 昨年もこの分科会で、実は中国の残留孤児と中国からの引揚帰国者の年金について質問いたしたわけでありますけれども、質問をする前にもう一遍厚生大臣に確認をしたいわけであります。 残留孤児あるいは中国からの引揚帰国者、この人たちは戦争の犠牲者であります。私はそう思うのですが、いかがでしょう。
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 僕はこう思うのですよね。確かに厚生省の方で何回か、年金の未加入者について、受給権があるのにまだ加入をしていない人たちについてチャンスを与えてきた、しかしそれは何回か与えてきたけれども一定の限度があるだろうということで、そろそろそういうことについての締めくくりというものをやった方がいいというお考えはあるかもわかりません。ですからいまお話があったように、たとえばその男子の四十歳、女性の三十五歳の十五年ですか、この特例措置
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 高齢者は短い加入で国民年金をもらえますね、期間短縮の特例というものがある。それは、昭和五年四月一日までに生まれた人は期間短縮がある。あるいは大正五年四月一日までに生まれた人は四年から七年の短縮がある。それから十年年金、五年年金なんていうのもありますね。したがって、私は、やはり中国からお帰りになった人たちは、これは要するに特別な条件があるということを考慮に入れたならば、そういう期間短縮の特例というものを法的に考慮する余
予算委員会第四分科会
○山本(政)分科員 ここへ来る途中、ちょうどテレビを見ておりました。きのうまでに九人、中国から帰った人が肉親が見つかって、ちょうどいま一人見つかって、十人目が見つかったそうであります。 それで、私はこれでここ数年間、中国の帰国者のお手伝いをしてきましたけれども、まあ見ていますと大変喜んでおりました。しかしその反面に、悲しんでおる人もおる。だれか、中国の人は戦後が終わってないという話もありましたけれども、その話を聞きながら、さてなとい
予算委員会第二分科会
○山本(政)分科員 いまお話がありましたように、文部省がおやりになっていることは教材が主だろうと僕は思うのです。あるいは教師の養成。ただ、これも大臣ごらんになっただろうと思うけれども、中国の帰国者に日本語教育というものをやっている。これは江東区でやっております。これは引き揚げ者がずいぶん多い。そのほかに最近では全国社会福祉協議会、東京のYWCAの砂土原センター、つい最近では拓殖大学、それからその他には宗教団体、民間の語学の学校とか、数え
予算委員会第二分科会
○山本(政)分科員 大臣、僕にはまことに的確な御答弁だというふうに承るのですけれども、ひとつ実情を聞いていただきたいと思うのです。私も、遼寧省から引き揚げた三人の方々とお会いいたしました。その他の、これまでに引き揚げた方々についてもお会いをいたしました。と申しますのは、私は、これで五、六年ですか、残留孤児の問題についていささかのお手伝いをさせていただいた関係上、そういう機会があったわけでありますが、こういうことがあるのです。 これは
予算委員会第二分科会
○山本(政)分科員 きょうは、中国の残留孤児の日本語教育の問題についてお伺いしたいと思います。 きょう、黒竜江省の人たちが成田を出発してお帰りになりましたけれども、遼寧省の人たち、黒竜江省の人たちの、こちらに来られてからのいろいろな話が出ております。マスコミにもずいぶんのりました。僕はそういうことを見まして、そこにドラマがあるかもしれない、しかし悲劇もあるだろう、結果的には戦争の傷痕が四十年近くまだ残っている、同時に、しかしそれは今
予算委員会第一分科会
○山本(政)分科員 いまおっしゃったことを逆用するように聞こえるかもわかりませんけれどもね、たとえばTさんのケースを見ますと、開拓団として渡満をした、そのときにできたお子さんがおる。これは要するに両方とも日本人ですから、生まれたお子さんも日本人ですね。しかし、その人は要するに中国の女性と結婚して、当時の事情の中で大変遅い時期でありますけれども中国籍を取得した。その中国籍を取得するについてはいろいろな事情があったということなんですよ。私は