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山本政弘」の「年金」テーマに関する発言 158件

期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 8ページ

1985-04-18 衆議院

山本政弘

内閣委員会

○山本(政)委員 私はこういうものをもらっているのですが、大変苦労したことを書いてありますけれども、あなた方が、御苦労だったということで慰労給付金で、さっきの御報告によれば例えば十八年以上の人、旧日赤で三名しかおらぬ、陸海軍の看護婦さんについて言えばゼロ、しかもその人たちが当初三十万円。そのころは六年未満の兵の最低保障額は三十二万三千五百円、六年たった今日、六年未満の兵の最低保障額は四十一万七千五百円になっているのです。ところが、旧日赤

1985-04-18 衆議院

山本政弘

内閣委員会

○山本(政)委員 他の年金との比較においてというのを、それじゃ具体的に説明してください。他の年金、例えば厚生年金とか国民年金とかいうものがありますね、それとの比較においてどういうふうになっているのか、ちょっと説明してください。

1985-04-18 衆議院

山本政弘

内閣委員会

○山本(政)委員 それじゃ、ちょっと観点を変えましょう。 慰労給付金の資格の要件ですが、一つは対象期間がある、資格の年限がある。それから受給の要件がある。それから支給期日がある。もう一つは他の公的年金との調整がありますね。それで、旧日赤の看護婦及び旧陸海軍の従軍看護婦としての期間が退職年金等の金額計算の基礎在職年に算入されているときは、この期間を慰労給付金の勤務期間から除く。つまりその理由というのは、重複給付を避けるためだということ

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 援護というものの概念といいますか、そういうものを少し広く解釈できませんかね。あなた方は、センターをつくって風俗習慣をなれさせるということだけが援護だというふうにおとりにならないで、特別な条件のもとに三十数年間捨てておかれた人たちに対して何かするという気はありませんか。そうしなければ、その人たちの年金は死ぬまで格差のついたまま終わってしまうということになるわけでしょう。僕は、そういうことが中曽根総理の言う戦後の政治の見

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 要するに社会保険の原則というものがある、だからそれを中国残留孤児の問題に適用すると全般的に制度全体が難しくなる、こう言いたいわけでしょう。 では、ひとつ大臣に申し上げたいのですけれども、どうですか、別に切り離して基金か何かつくって、援護年金とかなんとかという名称でもいいのですよ、そして救済をするという方法はできませんか。例えば、センターなどでもそうだったのでしょうけれども、国が半分出す、民間も半分出す、そして帰国

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 実は大変偶然だったのですけれども、けさ電話をもらったのです。極めて短い時間だったから詳しいことはよくわからなかったのですが、中国から帰ってきた人なんです。名前を申し上げてもいいのですが、カケガワさんという人です。昭和三十三年に帰国をして、三十五年から三十九年に勤めたわけですね。厚生年金をもらっているのです。そして五十年に肉親に再会をして、五十一年の三月二十五日に国籍を取得された。詳しくはわかりませんが、僕も聞く時間が

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 私は、国交回復の翌年から実は帰国の問題に取り組んできたのです。そのときから言い続けてきたのは、一つは言葉の問題、一つは職業の問題、一つは住宅の問題、それから要するに日本の習慣に早くなれさせるというようなことで、これは当然その当時予想されたことなんですね。それからもう十年たって、今ようやく所沢にセンターができた。第一次の帰国者が来るということになったときからそういう十分な対応というものが考えられていい、私はこう思うので

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 一九八六年に年金の一元化をやると、そのときに基礎年金は五万円だ、こうなりますね。そうですね。そうすると、今私が金額を四十歳、五十歳、六十歳と申し上げましたけれども、その間には格差がある、その格差に対してどういうふうな対応をなされるのか。先ほどちょっと気にかかったのですけれども、センターをおつくりになったとか日本語を教えるということは別の次元の問題なのです。私が今お伺いしているのは年金の問題ですから、年金の問題について

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 大多数の人が四十歳代だとして、いずれにしてもその人たちが保険料を掛ける、そして六十歳から六十五歳まで五年間延長されるということで、これは厚生省からの資料としていただいたわけでありますけれども、帰国者の年金額でありますけれども、帰国時の年齢が、昭和六十一年四月とした場合に四十歳である場合に年金額の月額が幾らになるか、五十九年度の価格で六十五歳までに任意加入した場合に四十歳の人たちは三万一千二百五十円です。五十歳の人で二

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 つまり私が申し上げたのは、残留孤児の年金ということについて特殊な事情がある、つまり戦争犠牲者であるとか人数が限られておるとか生活が不安定であるとかということを申し上げたのですけれども、中国の帰国者の問題に限ってそのことをやるということは制度的に大きな問題というものを残すから、別途にお考えになるというお気持ちがあるのかどうか、それが第一点。 第二点は、六十歳から六十五歳までの要するに掛金を掛ける期間、これを延長なさ

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 じゃお伺いしたいのですが、空期間を認める、それだけで事が済まされるのだろうかどうだろうかという気が私は実はするわけです。つまり過去にとられたさまざまな年金権の保障措置、これは間違っておれば教えていただきたいのですけれども、十年年金とか五年年金とか、それから特例措置がございました。そういう人たちに比べて、今空期間というものを設けてそして救済をすると言うけれども、それだけで一体年金額というものは十分かどうかといえば、私は

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 今大臣のお話の中にも、戦争の犠牲者対策の推進をやる、こういうお話がありました。同時に、年金についても給付と負担の公平化について努力をしたいというお話もあったと思うのですね。私はきょうお伺いしたいのは、今基礎年金の導入を目的として、各種年金と言ったらいいんでしょうか、国民年金法、厚生年金保険法、それから船員保険法の改正作業が進められておる、そしてそれに伴って、懸案であった制度的な無年金者といいますか、今申し上げました中

1984-03-10 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 昨年もこの分科会で、実は中国の残留孤児と中国からの引揚帰国者の年金について質問いたしたわけでありますけれども、質問をする前にもう一遍厚生大臣に確認をしたいわけであります。 残留孤児あるいは中国からの引揚帰国者、この人たちは戦争の犠牲者であります。私はそう思うのですが、いかがでしょう。

1983-03-04 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 僕はこう思うのですよね。確かに厚生省の方で何回か、年金の未加入者について、受給権があるのにまだ加入をしていない人たちについてチャンスを与えてきた、しかしそれは何回か与えてきたけれども一定の限度があるだろうということで、そろそろそういうことについての締めくくりというものをやった方がいいというお考えはあるかもわかりません。ですからいまお話があったように、たとえばその男子の四十歳、女性の三十五歳の十五年ですか、この特例措置

1983-03-04 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 大変ありがとうございました。 それじゃ、もう一つは、今度は厚生年金でありますけれども、厚生年金の場合はやはり、これは私が申し上げる必要ないと思いますけれども、国民年金よりも多額で支給開始年齢も早いという事実がある。だからそれにこしたことはないわけでして、先ほど申し上げたようにパートの人たちも一般の従業員の勤務時間の四分の三以上ですか、たとえば一日六時間以上働いておるならば月二十日の就業で加入ができるという事実があ

1983-03-04 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 高齢者は短い加入で国民年金をもらえますね、期間短縮の特例というものがある。それは、昭和五年四月一日までに生まれた人は期間短縮がある。あるいは大正五年四月一日までに生まれた人は四年から七年の短縮がある。それから十年年金、五年年金なんていうのもありますね。したがって、私は、やはり中国からお帰りになった人たちは、これは要するに特別な条件があるということを考慮に入れたならば、そういう期間短縮の特例というものを法的に考慮する余

1983-03-04 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 大臣のお言葉で実はもう答弁が出たようで、これ以上質問する必要はないかもわからぬですね。要するに、改正のときに十分に前向きに考えますというお答えが出たから、これ以上質問する必要がないかもわからぬわけですけれども、たとえば、すでにパートに出ている人もおるのですよ。臨時雇いに入っている人もおる。それからアルバイトをやっている人もおるのですね。そういう人たちは厚生年金に加入できるわけなんです。ところが、そういうことについて彼

1983-03-04 衆議院

山本政弘

予算委員会第四分科会

○山本(政)分科員 ここへ来る途中、ちょうどテレビを見ておりました。きのうまでに九人、中国から帰った人が肉親が見つかって、ちょうどいま一人見つかって、十人目が見つかったそうであります。 それで、私はこれでここ数年間、中国の帰国者のお手伝いをしてきましたけれども、まあ見ていますと大変喜んでおりました。しかしその反面に、悲しんでおる人もおる。だれか、中国の人は戦後が終わってないという話もありましたけれども、その話を聞きながら、さてなとい

1981-02-28 衆議院

山本政弘

予算委員会第三分科会

○山本(政)分科員 ぼくの言いたいことは、一カ月戻ったという意味が大変大切だということですよ。あなた方が年金事業団におって一カ月戻したという意味はどこにあるのかということ、ぼくは調べているのですよ、勤務年限から何から。そして一カ月たったら、退職したけれどもまた自分のところへ、事業団へ戻していく。これもまた大変手厚い保護じゃないかとぼくは思うのです。これはいずれぼくは決算で一遍お伺いしたいと思うのですけれどもね。 大臣、ちょっと考えて

1981-02-28 衆議院

山本政弘

予算委員会第三分科会

○山本(政)分科員 最後に、ぼくは、年金事業団に行った人が保険庁に一カ月間戻って、総務課長ですよ、一カ月しかたたぬときに要するに事業団にまた戻ったという経過というものはよく知りませんが、なぜそういうふうになったのですか。一カ月間だけ戻って、またどうして戻ったのですか。この理由をひとつ聞かせてください。