「三宅和助」の過去の国会発言

発言数 505件

初発言日: 1970-06-10  /  最新発言日: 1992-05-29  /  1 ページ目 / 全体 26ページ

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1992-05-29 参議院

国際平和協力等に関する特別委員会

○公述人(三宅和助君) 現在のPKO法案のとりあえず想定をされているのはカンボジアの平和活動にいかに協力するかということでございますので、なるべく現実的な問題として私の方から御説明いたしたいと思います。 私自身、インドシナ問題に二十数年間関与いたしまして、ベトナム、カンボジアを十数回訪問しております。一昨年で一回、それから昨年は二回訪問しておりますし、またことしの三月にも訪問しております。そこで、シアヌーク殿下、フンセンその他各大臣

1992-05-29 参議院

国際平和協力等に関する特別委員会

○公述人(三宅和助君) まず、PKOの本質の問題は今先生御指摘になったとおりで、停戦すなわち平和の維持、これが非常にポイントなんであって、紛争を解決するのでもなけりゃ、達成するのでもないということ。ただ、シアヌーク殿下が言っておられましたが、やはり長い間戦争をしていた四派の間に大変な不信感がある。不信感というものはどうしても細かい問題については出てくる。ということで、大枠につきましては、四派のいわば大ボスと申しますか、例えば中国、ソ連、

1992-05-29 参議院

国際平和協力等に関する特別委員会

○公述人(三宅和助君) ここではっきりしておきたいのは、私自身も実は今度和平ができる過程におきまして現地でフン・セン首相にも会い、シアヌーク殿下にも会って、そのときは確実に両方の意見が分かれていたんですね。そこで、その接点を求める唯一は、お互いに不信感があるものですから、武装解除にしてもそれから停戦監視にしても、お互いの四派の間だけでどうもこうもならなくなって、国連というものに、UNTACに委託して、SNCという、国民評議会という一応形

1992-05-29 参議院

国際平和協力等に関する特別委員会

○公述人(三宅和助君) 私、三回ほど最近行ったのですが、現実問題として非常に治安が今でも悪いんです。プノンペン周辺はまあまあですが、やはりちょっと離れますと、今言った軍隊、昔の軍隊の人、警察に給料を今払えない。それはそれとして、我々協力してやらなくちゃいかぬと思いますが、にもかかわらず現実は厳しいわけです。ですから、いわゆる二、三人の暴徒あるいは盗賊みたいのが来るということで、やはりそれはそれで、その程度には対応しなくちゃいけない。

1992-05-29 参議院

国際平和協力等に関する特別委員会

○公述人(三宅和助君) 先生御指摘のように、平和維持そのものは実は目的ではないんで、平和維持をやって選挙をやって新しい政体をつくる、そのためにはまず前提として平和維持がないと選挙もできない。だからこそ、まず平和維持をやって選挙をやる。 確かに、選挙には膨大な、七百人に一人の選挙ポストをつくるということが言われているんです。すると、四千カ所と私は聞きましたけれども、膨大な監視要員が要るということになります。しかし、今のカンボジア政府の

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 イランといたしましては、日本が武器を輸出しない国であるということは十分承知しておりますので、武器関連についての発言は一切ありませんでした。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 日本は通報を受けておりませんでしたが、推測しますのにそれ以外のサミット諸国も本件武器取引については同時に通報されていなかったのであろうと思われます。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 人質解放につきましては、アメリカは外交関係がございませんものですから、日本がイランとの外交関係を持っておりまして、必要な範囲内におきまして日本が独自で行ったものにつきまして米側に通報してございます。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 米側から本件が出たような形での人質解放についての米側の工作につきましては、一切通報を受けておりません。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 米側との関係では、特に国務省との関係におきましては、例えば中東に関する協議がございまして、かなり集中的に意見交換を中東につきましてもやっておりますが、この武器取引の問題については、既に当委員会で申し上げましたように一切通報は受けておりません。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 まずイラン側が、ラフサンジャニ議長が四日、現地で発表しまして、それに対応してアメリカが発表して、その時点でニュースを通じて知ったということでございます。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 交渉の中身につきましては、イラン、相手国の事情もあることでございますので、内容につきましてはここで発言することを差し控えさせていただきたいと思います。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 まず、御指摘の、アメリカ側が、レーガン大統領でございますが、人質と武器を変換したというぐあいにとられておりますが、レーガン大統領の演説、十一月十三日の中に言っておりますのは、米国はレバノンでの米人質の解放と引きかえにイランに武器を輸出したのではないということを明確に言っておりまして、むしろイランの穏健派グループとの将来の接触のために行ったというぐあいに言っております。 片やイラン側の発表でございますが、イラン側も人質

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 先生御指摘の国際テロリズムに関する声明でございますが、「テロリズムを主唱若しくは支援する国に対する武器の輸出の拒否。」この項目でございますが、その前段につきましては「いかなる国家、特にリビア」というものが先回東京ではメンションされておりまして、それ以外の国については特定の明記はございません。 これにつきましては、各国がそれぞれ自主的に判断するということになっておりまして、日本側といたしましては、今イランが直ちにこれに

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 お答えします。 アメリカのイランとの武器取引につきましては、実は発表されるまで全く私たち承知してないわけでございまして、したがいまして東京サミットのときには全く本件事実は承知してなかったというわけでございます。

1986-12-19 衆議院

外務委員会

○三宅政府委員 ちょっと事実関係だけ申し上げたいと思います。 実は電話が中曽根総理に直接かかってきて英語でしゃべられた、それが七月の末か八月の初めだということを聞いておりまして、その際に中曽根総理に対してレーガン大統領の方は、日米貿易摩擦対策などにつき話し合い、その際、総理が大統領に対して最近の調子はどうかと尋ねた際、先方より頭の痛いのはレバノンにおける人質問題であるとの発言があったというぐあいに、実際に受けられた総理がそういうぐあ

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