決算委員会
○上塚参考人 お尋ねのドミニカ共和国が、成立以来非常にたびたびの政変をやりましたことはお示しの通りでございます。しかし、トルヒーヨ元帥が一九三〇年に政権を握りまして以来、ドミニカの政情は一変いたしまして、非常なる安定を続けて参ったのであります。彼は極力国内の産業発展に努めまして、そうして、かつて彼が政権を握る前は、海外に非常な借金をいたしておりました。また、貿易も逆調を続けておったのでありますが、彼が政権をとって以来、極力産業の発展と海
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発言数 382件
初発言日: 1954-04-20 / 最新発言日: 1962-02-14 / 1 ページ目 / 全体 20ページ
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○上塚参考人 お尋ねのドミニカ共和国が、成立以来非常にたびたびの政変をやりましたことはお示しの通りでございます。しかし、トルヒーヨ元帥が一九三〇年に政権を握りまして以来、ドミニカの政情は一変いたしまして、非常なる安定を続けて参ったのであります。彼は極力国内の産業発展に努めまして、そうして、かつて彼が政権を握る前は、海外に非常な借金をいたしておりました。また、貿易も逆調を続けておったのでありますが、彼が政権をとって以来、極力産業の発展と海
○上塚参考人 今、高橋委員の御質問の点につきましては、私も高木移住局長と大体所見を同じゅうするものでございます。しかし、私は一番根本の問題は、今度の移住者の精神的問題ではないかと思います。私は、今回のごとく大挙して集団的に移住者が帰国したということは、日本の移住史においても初めてである。また世界においても珍しいことであろうと思います。この点について私は非常に遺憾に感じております。 元来、移住というものは、一国の国民が家族をあげて他の
○上塚参考人 ただいままでもっぱらネイバの土地の問題について御質問がありましたが、これに関連いたしまして、前会の質問の中に、マソサニリョの漁業移民のことについて質問がありました。それに対しまして、川畑君が答弁いたしまして、マンサニリョ湾にほとんど魚がいなくなったということを申しておりました。この点につきましては、私、第二回目にドミニカに参りましたときに、第一番にマンサニリョ漁場を見に参りました。これは非常にりっぱなところで、ほとんど山紫
○上塚参考人 東光丸が調査に行ったことは聞いております。しかし、詳細にわたっては聞いておりません。しかし、私の見た森山君の手紙は、彼が実際に実行した結果を報告したものであり、また私が向こうに参りましたときにも、相当に漁獲があって、最初の一カ月ぐらいはほとんど毎日とって、これをサンチャゴなりその他の地方、遠方まで売りに行ったことを承知いたしておりますから、魚がいなかったということは、どんなことがあっても私は信じないのであります。
○上塚参考人 その手紙の写しは、いずれ別に写しまして差し出すことにいたします。たしか私にあててではございませんが、ちゃんと保存しております。
○上塚参考人 私が現地に参りましたのは、昭和二十九年の十月、これは最初のときで、まだ日本人はいないときです。それから三十三年三月です。森山君たちに会いましたのはそのときでございます。
○上塚参考人 それは移住会社の書類のつづりに残っております。
○上塚参考人 多分昭和三十五年の十月ごろと考えます。
○上塚参考人 それはよく知りません、そのときに日付が下の方の横に書いてあるのを見たのですから。そのことは写しによってはっきりしたところはわかると思います。
○上塚参考人 私は、過去三十五年、アマゾンの開発に心を傾けておりました。その経験からいたしまして、開拓の当初にあたっては、先ほど申しましたように、いろいろの精神的、肉体的の困難に遭遇いたします。そのたびごとに悲鳴を上げてよそへ行き、あるいはやすきにつくというようなことで、当面の苦労をみずから避けていくというようなことをした者は、三十数年たった後において非常な差ができてきておるのです。その場所にがんばって、そして努力を続けてきた者は、必ず
○上塚参考人 ブラジルの移民全体について申し上げますと、移民の大多数というのは、従来サンパウロ及びパラナ州におった移民でございます。これは先ほど申しました通り、日本からあまり大きな資金を携えずに参りまして、そして現地に参りますと、すでにでき上っている農園に雇用移民として入り込んでいく。そして賃金をもらって仕事をして、その賃金によって生活をしていく。それをだんだんためて参りまして、ためた金で新しく土地を買い、そこにコーヒーを植えあるいは綿
○上塚参考人 今日は海外移住振興株式会社の件に関連いたしまして、参考人としてお呼び出しをいただきましたことはまことに光栄といたしまして、深く感謝いたします。 ブラジルに対しまする移植民ばかりでなく、私はここに概括的な移植民に対する私の考えを一言述べさせていただきたいと思います。 戦争前と戦争後との対南米への、そのうちでも特に日本から多く行っておりまするブラジルヘの移民のやり方は、非常に変ってきておるのでございます。御案内のごとく
○上塚参考人 隘路は、私の考えではやはり資本であります。これは実行するだけの資本が十分にあればできます。ドミニカでもブラジルの移植民でもどの方面に向ってもできます。
○上塚参考人 御説の通りまことにごもっともでございます。私賛成であります。
○上塚参考人 ただいまの御質問にお答え申し上げます。アマゾンの事情に関しましては、最近だんだんと旅行者が多くなりますにつれていろいろの批評が伝えられまして、その非難の声はとかく非常なボリュームとなって日本国内に伝わって、非常な誤解を引き起していることは私のはなはだ遺憾とするところでございます。たとえばアマゾンに三代おればサルになる、あるいはアマゾンは緑の獄であるとかいうような言葉は、その地にまだ行っていない人で、一万七千マイルの地球の裏
○上塚参考人 お説まことにごもっともでございまして、私もその点については非常に頭をひねっておる次第であります。その方法等につきまして一々ここに詳しく申し上げるということになると非常な時間を要することになりますから……。ただし連邦植民地等につきましては、すみやかに一つの農法を確立する必要がある、というのは物は何でもできるのであります。たとえばラミーを作ってもあるいは柑橘類を作っても、ゴムを作ってもみなできるのでありますが、それをすみやかに
○上塚参考人 移民協定については非常な細心の注意が必要ではないかと思うのでございます。と申しますのは、ブラジル国民全体が日本人を全面的に歓迎しておるというわけのものではないのでございます。ブラジル人の中には反対者もあるのであります。そういう人のある中に、表面立っていろいろの協定を日本から申し出て、それが議会の問題となったような場合に、果して議会を円滑に通過し得る見込みがあるかというと、そういうものは場合によるとやぶへびになるようなことも
○上塚参考人 海外協会連合会と今度設立さるべき会社とはその事業の内容、それから性格がおのずから違っております。従って海外協会連合会に貸し付けてもらってる費用、あるいは補助してもらっておる費用をもってこの会社との関係を批判されるということは、非常な筋違いじゃないかと考えております。それで私はただ御質問によりまして申し上げますが、海外協会連合会は日本における移民の募集、選考、そかれら訓練はこの役所でやっておりますけれども、そういう問題と選出
○上塚参考人 一厘もございません。
○上塚参考人 ドミニカ共和国に対しましてはまだ一人の日本人も行っておりません。これからの問題であります。それをやるために私は昨年向うへ行って、大統領及び大元帥に会って話をきめてきたような次第でございます。