予算委員会公聴会
○公述人(上寺久雄君) ただいま御紹介いただきました上寺でございます。 こういう場所へ出させていただきまして教育の問題について話をさせていただくこと、非常に光栄に思っておるのでございます。ひとつよろしくお願いしたい、こう思います。 いろいろ文教関係の予算につきましても、皆様方、厳しい財政状況の中で、施策の優先順位を十分に配慮していただきながら、これまでの教育改革の着実な前進、推進をお図りいただいておる、あるいは基礎科学研究の充実
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発言数 32件
初発言日: 1988-10-28 / 最新発言日: 1997-03-17 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
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○公述人(上寺久雄君) ただいま御紹介いただきました上寺でございます。 こういう場所へ出させていただきまして教育の問題について話をさせていただくこと、非常に光栄に思っておるのでございます。ひとつよろしくお願いしたい、こう思います。 いろいろ文教関係の予算につきましても、皆様方、厳しい財政状況の中で、施策の優先順位を十分に配慮していただきながら、これまでの教育改革の着実な前進、推進をお図りいただいておる、あるいは基礎科学研究の充実
○公述人(上寺久雄君) いろいろ大きな問題でございますけれども、現在の教育については、平和なときの改革ということについては全体がもう一丸になって改革をしなければならないと、こういう点も考えておるわけでございますけれども、文部省を初めといたしまして、そうして末端の我々のところとかあるいは現場の学校とか、そういうところで推進をしていく必要があるのでございます。 先ほどもお話がございましたけれども、今何を、どういうところに核を置いてと、こ
○公述人(上寺久雄君) 今お話がございましたけれども、個性を生かす、こういう点でも私はこう思います。 先ほどもちょっと触れましたけれども、ある程度基本的なレベルが高まらないと個性教育は成り立たない。一般の、基本的なものは、教育課程で言いますと基礎、基本を尊重して、重視して、その上に個性教育を成り立たせると、こういう意味で、右左と分離しないで学校においてそれを統一していかなきゃならない。ただし、成長発達段階に伴って統一の仕方は変わって
○公述人(上寺久雄君) 私、先ほど申し上げましたけれども、グローバルに考えてそうしてローカルに生き抜いていく、広く考えて、その一つ一つに集約して点で生きていくと、グローバルに考えてローカルに生きるというのはそういうことを言っておるわけでございますが、私たちの生き方はすべてやはりそうあるべきだろう。 だから、教師としては教育を見通しながら自分で教育道を歩み続けていく、その中で教師としての力も充実するし、子供と一緒に成長発展をするという
○公述人(上寺久雄君) これは特に教員養成の段階に話を集中してみますと、やはり学問の方が先行しまして人間形成という面が留守になってまいります。これはもう大学全体が持っておる一つの問題点ではございますけれども、特に教師養成の場合に、先生一人一人の人間形成がまず基本になければならない。 ただし、私は大学改革のときに、従来の大学のように一年次ではこれをやって、二年次ではこれをやって、三年次ではこれをやるというふうな積み重ね方式の教員養成は
○公述人(上寺久雄君) 今から先、私たちは情報の中で生きていかなければなりません。もう朝、目を覚ますときから、いや、寝ておる間も情報に動かされている時代でございますので、やはり情報というものを抜きにした教育は成り立たなくなると思います、今から。そういう意味では、情報を踏まえながら、これは逆に機器による、機械による情報教育ということ以前に、もう我々人間関係の中で情報の伝え合いから始まっていかなければならない。そういう意味で、教育全体を情報
○公述人(上寺久雄君) 環境教育は、これはもう当然のことでございますが、ただ殊さら環境教育と取り上げなくても従来からやっておったはずなんですけれども、どうもその辺が、先はどのように、大学教育で言えば学問に、小学校で言えば教科の方へ重点が行きまして、生活環境というものについて目が行かなかった。ですから、生活環境を踏まえていわゆる学校環境というものが成り立つわけでございますので、そういう意味で生活環境というものを常に堀り下げながら現在の置か
○公述人(上寺久雄君) 最初の入試のことにつきましては、これはもう先ほどお話が出ました高等学校の推進会議のときにも、入試が非常に問題だ、それを改めるためには大学入試から改めていけと、こういうようなことも問題にもなりました。 しかし、だんだん各大学も考えておられまして、いわゆる選抜方法の多様化と選抜尺度の多元化、こういうことをそれぞれ考えておられます。したがって、入試も多様な入試がある。学科試験に焦点を置いたような場面もあるし、個人の
○公述人(上寺久雄君) 国際性の前に、やはり教師自身も教育界だけでなくて企業体もわかってほしいと、そういうことで今工夫もされておりまして、会社に何カ月かおらせるとか、こういうこともあっていい、同じようなことが国際的にあっていいんじゃないだろうかと、こういうふうにも実は考えております。 私たちの大学でも、学生を向こうに派遣すると同時に、先生も一緒に行ってもらいたい、そういうようなことはだんだん拡大をしていくだろうと思いますし、今おっし
○公述人(上寺久雄君) 現在もだんだんそれを拡大しておりまして、企業体の方へ派遣して、そして帰ってこさせる。あるいは将来、大学院を私のところも予定しておりますけれども、今度は逆に社会人を受け入れると、こういう両方の交流が必要であろう、これは前向きに進めていかなければならないと思います。
○公述人(上寺久雄君) おっしゃるとおり、中高の連携をいかに保たせるか、こういう点には非常にいろいろな問題が含まれてまいります。特に、片方は義務教育である、片方はそうでないという、そういう障害もないことはございませんけれども、今やもう高等学校へほとんど行くわけでございますので一貫教育を考えていいんじゃないだろうか、こういうふうにも思っておるわけでございますけれども、その一貫教育も画一化しなくていいんじゃないか。 私たちのこの地域では
○公述人(上寺久雄君) おっしゃるとおりで、昭和五十一年ごろから、五十三年から発足したんですけれども、そのころから検討してまいりましたのが兵庫教育大学のような先生を現職教育によっていかに先生たらしめるか、こういうことが今お話しになったことと関連してくるんです。ただ、学部を卒業しただけでもう一人前の教師でいいのかどうか。教師は教師として成長し続けるところに教師の本来の意味がある、そのためには現職のままでも勉強できるような大学院をつくれ、こ
○公述人(上寺久雄君) 二つ問題があると思うんですが、最初の、総合学科をつくりましたのは、従来は中学校を卒業する十五歳で自分の将来を決定するというか外から決められてしまう、進学するか就職するか。そうじゃなくて、自分でじっくりと自分の将来を視野に入れていく、それを総合学科として三年間みっちりやって、そのためには基礎的学科、先ほどおっしゃった三つの教科をやって、その上にあと選択を大幅にしようと。系列をたくさんつくっておきまして、選択を自由に
○公述人(上寺久雄君) 今お説のとおり、御心配になっておるような面で、人間性の面でやはりまだ不満足というか充実していない、こういう点はたくさんあります。 しかし、人間でございますから、出発のときから完成人間はいないわけで、より完成しようと努力するのは一生涯でございますけれども、やはり教師養成において、少なくとも教育に取り組む人間的姿勢とそれから知識、技能、こういう両面は教育をしていかなければならない。そういう点では従来の教員養成のい
○公述人(上寺久雄君) おっしゃるとおりで、そういう点が不足しておることは事実だろうと思いますけれども、教員養成の期間ということがございますので、いっいかなるところでどうするか、こういう点では非常に工夫を要する必要があると思います。 そこで、今最初にお話がございました入試のときに既にボランティアをやっておるとかあるいは特殊技能があるとか、そういうようなものは見て、しかもそれを入試の一つの重要な資料にしていく、こういう工夫は一方で進め
○公述人(上寺久雄君) それは難しい問題でございますけれども、一つは、やはり入試というものもその中に関連してくると思うんですね。あそこでいかなる選抜をするかというようなことが、どうもそれによって高等学校の格差がそれぞれできておりまして、それを選択するためにまた苦労して入試用の勉強をするということだと思うんですけれども、私はその点は、入試はなくする方向で各学校が考えていくべきだろう、こう思っております。 ただし、うちの学校の特色はここ
○上寺参考人 上寺でございます。 私の立場は、免許法改正が予定どおり進展しますことを期待いたしまして御意見を申し上げたいと思っております。 御意見を申し上げる前に、私と社会科の関係についてお話を申し上げて、その立場から、高等学校の二つの教科に発展的分立をする、そういう立場のことについてお話を申し上げてみたい、こう思っておるのでございます。 私自身は、小学校教師から始めまして、昭和二十二年に学習指導要領一般編の試案が出ましたこ
○上寺参考人 先ほどから話がございますように分離あるいは独立、こういう論につきましては、社会科が編成をされたときから四十年の歴史を持っておるわけでございます。これは教育課程審議会とかいろいろなところで論議もされる、それのもっと地盤にそういうものがある、こういうことも私たちは理解をしてきておるわけでございます。特に直前においても慎重な論議をされて、回数こそ少ないけれども、密度の高い論議をされたことも私自身は体験をしておるわけでございます。
○上寺参考人 私への御質問は高等学校の教師、現場に帰って教育をする、あるいは現場において教育するにおいて心配はないのか、こういうお話でございます。 私の大学は御承知のとおり幼稚園から高等学校までの現職の先生が毎年二百名ずつ入ってまいります。その中にはいろいろな立場の人も入ります。創価学会でいろいろ教師の研究をしておる人も入っております。そういうところで研究をして、二年間研修をして帰ってまいりますけれども、まず一番心配なのは、授業がで
○上寺参考人 教育はあくまで中立でなければならない、これが基本的な原則でございます。しかし、果たしてそれがどういうふうに介在をされたかということについては私たちもよくわかりませんけれども、先ほど高橋参考人から話が出ました十一月四日のこの会議には私も登場しておるわけでございます。これは新聞報道、いろいろなことで言われておりますけれども、そこで総決算をやる、こういうことで、それぞれの分野の専門、主任の方々が出ておられたのでございます。そこで