「上條愛一」の過去の国会発言

発言数 691件

初発言日: 1954-04-19  /  最新発言日: 1959-04-08  /  1 ページ目 / 全体 35ページ

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1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 大臣にお伺いしたいのは、この住宅問題は、建設省の主として所管ではありまするけれども、この影響するところは各省にまたがっている。これは私が御説明を申し上げるまでもないことでありますが、たとえば厚生省関係から申しますれば、だんだん結核の数というものは幸いにして日本では減っておりますけれども、やはり一家族六畳の間に四、五人も家族が寝起きするということになれば、そのうちに家族の一人に結核患者があれば、これは蔓延するということは明ら

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 私は、主として住宅政策について御質問したいと思うのですが、今局長のお話では、住宅の払底が百七十七万戸と推定されるというお話なんですが、この法律ができた二十六年以後において、どのような比率で住宅の不足が緩和されてきたかというような御調査がありましょうか。

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 わかりました。ただ今度の戦争で二百四十万戸程度、国民住宅が焼かれてしまったのですね。それで大臣のおっしゃるように、新しく建たる戸数というのは、今承知いたしました。それで失われる戸数のことであります。これはまあ火事で焼けたり、老朽住宅として使えなくなった、それからもう一つ重要なことは、一年の間に人口が約百万内外増加することになっておりますが、これに対して、たとえば百万人ふえるといたしますれば、これらのふえた人口はやはり住宅に

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 それからもう一つ承わりたいのは、今おっしゃるように、三十万戸ずつ住宅払底が緩和されていくとすれば、日本の住宅政策は必ずしもそう悲観したことではないと思うのですが、問題は今百七十七万戸の不足だと局長が言われたその内容は、果してほんとうに住まう者が、家がなくている人か、あるいはどこかに住んでいるけれども、実際は家族も多くて、一つの部屋に、六畳に家族五、六人も住んでいるというような者を入れての百七、十七万戸か、その辺の内容はどう

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 大臣が非常時の決意で今後住宅政策を処理してゆくというお話でありまして、私ども賛成でありますが、ただ、大臣のおっしゃる通り、今回の公営住宅法の改正問題の内容がいいか悪いかということは別問題として、公営住宅を、今おっしゃるように合理的に運営してゆくということについては、これは賛成でありますが、しかし、そのようなことは、日本の住宅政策からいえば実はこれはささいなことであって、このようなこと、重箱のすみをはしでつつくようなことだけ

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 これについては議論をすればいろいろあると思いますが、時間もありませんので最後にもう一つだけ……。きょうも戸山の公営住宅を拝見して、相当老朽になっておりまして、やはりあのままではそう長く住まうことが困難だと思いますので、いずれあれは改築するかどうか、新し建て直すかしなければならぬということが当面の問題になると思いますが、その際に問題になりますのは、現存低廉賃で住まわれておる、今公営住宅に件まっておるあの方々が、もしあれがもう

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 それで、今の問題については二つの難点があると思うのです。もし、あのままではそう長く住まえぬ、それじゃ住まえなくなった場合に、どうあれを処置するかという問題です。それであれを取り払ってしまって公営にするというような意見もあるようですが、取り払う場合に、今住んでいる人々の住宅をどうするかという問題、またあれを改築して、新しく建てて近代的の建築にするということなら、家賃を相当高くしなければ不可能だと思いますが、この二つの問題をど

1959-04-08 参議院

建設委員会

○上條愛一君 もう一つお伺いしておきたい問題は、今公営住宅が約五十六万戸あるわけであります。そのうち明け渡しに相当する収入の増加した世帯が約七万四千世帯ある。それを、まあ特別の家賃の増加をしてみて、年額予定額が四億四千万円という今お話にあったのでありますがそれで合理的に運営するということは、あえて反対いたしませんけれども、このような明け渡し予定の住宅で増収が四億円程度だ、こういうのでこれを断行することによっていろいろまた差しさわりがある

1959-04-07 参議院

建設委員会

○上條愛一君 簡単に二点だけをお伺いしたいと思います。一点は、田中委員からも御発言がありましたが、この住宅の管理運営の問題でありますが、先生は管理者と居住者との人間関係の問題を、もっと積極的に具体的に考うべきであるという御発言でありましたが、なお私どもの考えから申しますれば、繊維関係などの寄宿舎の問題になりますれば、経営者は寄宿舎の問題については干渉してはならない、その生活については居住しておる労働者が自治委員会を組織して、それで一切の

1959-04-07 参議院

建設委員会

○上條愛一君 ちょっともう一点だけ。今のお話で、自治委員会というものがほとんど設置されておって、意見が運営に反映せられておるというようなお話でありましたけれども、実際問題として実際にそういう自治委員会というものが重用されて、その意見というものが運営の面に反映されておるとすれば、現在住宅に住まわれておる人人のお話の、なかなか修繕も設備もやっていただけない、というようなことはないはずでありますが、そういう不平不満が相当濃厚ではないかと考えま

1956-05-26 参議院

商工委員会

○上條愛一君 私は本法案に対する修正案を提出いたしたいと存じます。 その要旨を次に読み上げます。 繊維工業設備臨時措置法案の一部を次のように修正する。 第二十五条第二項を次のように改める。 2 前条第三項の共同行為の内容は、次の各号に適合するものでなければならない。 一 一般消費者及び関連事業者の利益を不当に害するおそれがないこと。 二 不当に差別的なものでないこと。 三 当該共同行為の指示を受けた

1956-05-25 参議院

商工委員会

○上條愛一君 簡単に二、三の点で御質問しておきたいと思いますが、第二条において、ただし書きで、高能率設備に関しては除外を設けられておる。現在当局として除外しようというような機械はどのような機械が存在しておるか、その量はどのくらいあるか、それから除外するという理由はどこにあるか、承わりたいと思います。

1956-05-25 参議院

商工委員会

○上條愛一君 もう一つ、今度の、本法は五カ年の臨時立法でありまして、昭和三十五年度を予定しての需給関係の調節でありまするが、御承知の通り現在天然繊維が過剰設備に陥っておるのは、きわめて小資本をもって精紡機、織機等を設備することができるのでありまするから、急激に発展をしてきたと思いまするが、日本の繊維産業全体から見れば、御承知の通り天然繊維から化学繊維、合成繊維に移るという傾向を持っております。紡績大資本家側においてはこれを見通して、資本

1956-05-25 参議院

商工委員会

○上條愛一君 もう一つお伺いしたいのは、過剰生産を制限する方法として、今回は設備の制限をおやりになったのですが、そのほかに生産量で制限するという方法もあると思いますが、これは各繊維産業の生産者に生産量を割り当てるというようなことはなかなか困難だと思いますが、しかし原綿、羊毛というような原料を外貨で輸入して政府がおりまするが、この方面において生産制限をすることは比較的容易であると考えられるのでありまするが、これは何か非常に困難だという事情

1956-05-25 参議院

商工委員会

○上條愛一君 一方この設備制限法を提出しておる反面に、私事情はよくわかりませんが、原綿並びに羊毛の原料の輸入が増加しているという話、うわさがありまするが、そういう事情がおありですか。

1956-05-25 参議院

商工委員会

○上條愛一君 原綿、羊毛の原料をふやして、それを生産させるということになれば、機械を押えてみても、御承知の通り休みを輪番制にしたり、休日を輪番制にして、言いかえれば労働強化によって増産が行われるという危険性は十分にあると思いますが、政府として、一方において生産過剰の結果として本法を出して、機械の設備を制限しようとお考えになっている反面において、原料を多く輸入してきて、これをこなすということになれば、これは現在残されたる機械をフルに運転す

1956-05-24 参議院

商工委員会

○上條愛一君 昨年の八月に作りました繊維産業総合対策審議会は、これは繊維産業の総合安定策を樹立するために設置せられた機関だと思いますが、これが結局審議の結果、総合対策は立てずして、単に結論としては本法案の設備を制限するということだけにとどまったようでありまするが、何ゆえこの総合対策審議会では総合安定対策が立てられなかったかという点についてお知らせを願いたい。

1956-05-24 参議院

商工委員会

○上條愛一君 そうすると、総合対策審議会においてはこの設備制限のほかに、総合安定対策というものの答申が明確にあったということですか。あったが、しかしそれらは行政措置その他でおやりになって立法化さなかったと、そういう意味でございますか。

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