「上田薫」の過去の国会発言

発言数 10件

初発言日: 1973-09-19  /  最新発言日: 1989-11-29  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

発言データをコピーしてAIに貼り付けると思想・価値観・主義主張などの分析ができます
※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。

📊 統計データを集計中です。しばらくしてからページを再読み込みすると表示されます。
1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 先ほども申し上げましたが、学問の系統性とかある場合には発達段階ということ、これはかつての文部大臣も強調されましたけれども、そういうことで結論づけられて、こういう改変と申しますか、改訂が行われるわけでございますが、しかし、それが多くの人たちの中で論議され、今御質問ありましたようにそれに関する専門家の意見も慎重に聴取するという過程を経れば私は文句がないと思うのですけれども、それができていない。できないにもかかわらず急がれるとい

1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 私は、高等学校の社会科を地理歴史及び公民に分化いたしますこの法案については、反対の立場で申し上げたいと思います。 私、昭和二十一年に文部省に入りましてちょうど五年、この社会科というのができました当時、それに携わりました。それ以後ずっと大学での生活でございますが、社会科教育というのが私の専門分野の一つということになっております。そういうことをお含みいただきましてお聞きいただきたいと思います。 率直に申しまして、今回の

1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 社会科では人文科学的な認識、思考が育たないというふうにおっしゃられているわけなんでありますが、そういう意見、ございます。しかし、社会科というのは、名前は社会科なんですけれども、社会科学的認識だけに閉鎖しているものではございませんので、むしろ問題は、社会科学的な物の考え方と人文科学的な物の見方というものがインテグレートする、融合するということが大事なんであります。それを分離して、こちらでは社会科学、こちらでは人文科学というふ

1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 私は、先ほど申しましたように昭和二十一年から教育の問題にタッチしてまいりまして、社会科ばかりでございませんが、文部省ともいろいろかかわり、あるいはほかの進歩的団体ともかかわってまいりました。しかし、私自身の立場は、先ほど申しましたように、昭和三十年以降は文部省とはほとんど対立的な考え、意見を持っておりまして、そういうことに終始してまいりました。しかし一方、具体的に言えば日教組のような立場とも私は同調はいたしませんで、それは

1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 二つお尋ねがございました。 最初の方の改善すべき点と申しますのは、現在の高等学校の社会科、殊に歴史関係、やはり受験の方に影響されているということでございますけれども、本当に生徒がよく考えて理解を深めていくというふうになっていないのです。これはやはり少しゆとりを与えて、そして広い見地から考える、それから生徒自体が問題意識を持つ、そのためには現代社会というのは非常に大事なんですが、そういうことがもっとできればもっと十分に生

1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 今おっしゃいました高等学校程度になれば分化すべきだというお話かと思います。 既に繰り返しましたけれども、分化するということが生徒に対してどういうプラスを与えるのか、やりようによるということだと思いますけれども、もし現在の高等学校のカリキュラムで歴史地理あるいは公民を本当は生徒が考える、また意味を持つという形でおやりになると、これは私は社会科になると思うのです。そういう意味でこれはごく自然なんです。それでは何か足りない、

1989-11-29 衆議院

文教委員会

○上田参考人 先ほども申しましたが、この高校社会科の解体という問題は、もっと全体的な一連のことだと私は考えております。生活科というのが小学校低学年でできました。その他現代社会、高校一年の必修外しというふうなこともございました。考えてみますと、逐次そういう動きが出てまいりまして、果たしてどこまで行けばとどまるかわからないのですけれども、あえて申しますれば、これはもともと社会という教科の名前がよくなかったのかもしれないのですが、とにかくずっ

1973-09-19 参議院

文教委員会

○参考人(上田薫君) お答えいたします。 最初の人事委員会の問題でありますけれども、これは先ほどもちょっと触れましたが、現在ことに紛争を契機とした場合が多いんですが、人事のあり方は各大学においてそれぞれオープンと申しますか、いままでのような閉鎖性がだんだんとれております。従来、比較的進歩的と見られた大学においても教授の選考については助教授は発言しないと、助教授の選考については助教授も発言するというふうな傾向が見られたわけでありますけ

1973-09-19 参議院

文教委員会

○参考人(上田薫君) それでは申し述べさせていただきます。 私は、いま問題になっておりますこの法案について、現在のまま法律となることに対して反対の立場から意見を申し上げたいと思います。 最初に、私事でございますけれども、私の今日までのことについてちょっと申し上げますと、私は、昭和四十三年の六月に名古屋大学から東京教育大学に転任いたしました。ちょうどいわゆる紛争の始まる直前と申しますか、ほとんど同時であります。それから四十七年、昨

1973-09-19 参議院

文教委員会

○参考人(上田薫君) まあ私の考え方からしますと、やはり筑波新大学は民主化された体制の大学とは言えないと思います。それはその機構、先ほど申しましたような管理運営が上のほうに集中している、権限が集中しているということが端的な理由でありますけれども、それだけではなくて、学生があるいは若い教職員が、学長とかあるいは教授とか、そういう人たちを信頼してやれるようなそういう体制が非常に乏しいということだと思います。これは先ほどちょっと出ました研究と

← トップへ戻る