上田薫 に関する国会発言

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1989-11-29 鳩山邦夫 文教委員会 衆議院

○鳩山委員長 これより会議を開きます。  第百十四回国会、内閣提出、教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。  本日は、本案審査のため、参考人として兵庫教育大学長上寺久雄君、都留文科大学長上田薫君、明星大学人文学部助教授高橋史朗君、神戸大学教育学部助教授土屋基規君、以上四名の方々に御出席をいただき、御意見を承ることにいたしております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、御多用中のところ

1975-12-09 永井道雄 文教委員会 参議院

○国務大臣(永井道雄君) ただいま先生の御批判に同感、賛成でございますと申しましたのは本当にそうなんですが、ただ、少しちょっとそれに弁明させていただいて、それから次の点に移させていただきたいと思います。といいますのは、たとえば法令ないし規則というような場合にも、わが国の場合には教育行政の場合に当然地方教育委員会というものが行政責任主体であると、そういう意味において文部省がたとえば教員に対する任命権者でないというような特殊性を持っておりま

1975-06-03 永井道雄 文教委員会 参議院

○国務大臣(永井道雄君) 拘束性が強いというふうな問題は、それは三月十何日かの四人の先生のうち、お三人が指摘されたのは、先生の御指摘のとおりでございます。これは私は見方として次のような観点も大事だと思います。指導要領というのはいわばかなり基本的な問題を示しておりますから、したがいまして、それを現場で生かしていくという場合に、いわば批判的活用というような角度がやはり出てくることが、私は望ましいと思いますんですけれども、しかしながら他方にお

1975-06-03 永井道雄 文教委員会 参議院

○国務大臣(永井道雄君) 五十一年度以降について考えておりますことは二つの面がございます。  まず一つは、将来予測でございます。ただいま管理局長から申し上げましたのは、本年度の状況でございますが、今後五カ年間にわたりましての資料というものを各都道府県から資料を集めまして、そうして全体の将来予測を行っていくという作業を進めております。  ただ、この場合にも、もう一つの面がございますのは、経済社会五カ年計画当時の経済社会の発展と学生人口

1973-09-19 上田薫 文教委員会 参議院

○参考人(上田薫君) まあ私の考え方からしますと、やはり筑波新大学は民主化された体制の大学とは言えないと思います。それはその機構、先ほど申しましたような管理運営が上のほうに集中している、権限が集中しているということが端的な理由でありますけれども、それだけではなくて、学生があるいは若い教職員が、学長とかあるいは教授とか、そういう人たちを信頼してやれるようなそういう体制が非常に乏しいということだと思います。これは先ほどちょっと出ました研究と

1973-09-19 上田薫 文教委員会 参議院

○参考人(上田薫君) お答えいたします。  最初の人事委員会の問題でありますけれども、これは先ほどもちょっと触れましたが、現在ことに紛争を契機とした場合が多いんですが、人事のあり方は各大学においてそれぞれオープンと申しますか、いままでのような閉鎖性がだんだんとれております。従来、比較的進歩的と見られた大学においても教授の選考については助教授は発言しないと、助教授の選考については助教授も発言するというふうな傾向が見られたわけでありますけ

1973-09-19 上田薫 文教委員会 参議院

○参考人(上田薫君) それでは申し述べさせていただきます。  私は、いま問題になっておりますこの法案について、現在のまま法律となることに対して反対の立場から意見を申し上げたいと思います。  最初に、私事でございますけれども、私の今日までのことについてちょっと申し上げますと、私は、昭和四十三年の六月に名古屋大学から東京教育大学に転任いたしました。ちょうどいわゆる紛争の始まる直前と申しますか、ほとんど同時であります。それから四十七年、昨