1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 御質問が二つあったと思いますが、一つは、日本が一昨年から自主規制を実施してその今日までの二年間の間どうであったか、要するに所期のような推移をしておるかという御質問であろうかと思いますが、結論的に申しますと、二年間時間的余裕を与えたにもかかわらず、その成果が上がっていないということでございます。ただ、これは一概にアメリカのメーカーなり労働組合だけを責めることは酷であろうかと思いますが、この二年間を振り返ってみますと
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) ただいま御紹介をいただきました日本自動車工業会の専務理事をいたしております中村俊夫でございます。 諸先生には、平素から自動車産業に関しまして、高いお立場から格別の御指導と御高配をいただいておりまして、厚く御礼を申し上げます。 本日は、国際経済摩擦問題についてというテーマで、自動車産業の立場から、私どもの考え方を申し述べ、先生方の御理解をいただきたいと存じます。 私どもは、貿易摩擦問題が、今日、国の内外
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 私も先ほど申し上げましたように、オイルショック以後の経済運営、日本が比較的ほかの国に比べて困難が少なかったというのは、まさにそういう外需依存といいますか、輸出による経済の支えといいますか、これが最も寄与したと思います。ですから、実質的なGNPの——国民総生産の五%程度の伸びがあったとしますと、そのうちの三%ぐらいは恐らく輸出による、外からの所得による成長であったかと思います。ただ、先生御指摘のように、自動車の場合
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 恐らく先生の御指摘は、たとえば自動車産業の面で申しますと、海外投資とか、そういった産業協力という面で経済大国としての責任をもう少し果たせと、こういう主張があるということを御指摘いただいているんだろうと思いますが、先ほど申し上げましたように、自動車産業というのは商品が非常に国際商品でございますので、発展してまいりますと、おのずから多国籍化してくるというのが従来の発展の経過でございます。特に発展途上国につきましてはノ
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 先生の御質問、一般的な御質問かもしれませんけれども、自動車という面から考えてみたいと思います。 先ほども申し上げましたように、自動車につきましては全くフリーなマーケットになっております。したがって、これをふやすといいましても、これはもう日本がかつて行ったようなことと同じような努力を、諸外国がしていただかないことにはふえないと思います。したがって、自動車の面で輸入をふやすことによって貿易バランスを改善するという
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 先生御指摘のとおりでございまして、そういう観点から実は私どもも、先ほども申し上げましたようにEC諸国向け、これは先方がかなりえげつないといいますか、差別的に輸入制限をしておりますけれども、にもかかわらず、われわれとしましてはきわめて分別のある輸出を続けておりまして、たとえば英国との間では、私ども自動車工業会で英国の自動車工業会と毎年二回会長同士が意見交換をいたしておりまして、お互いの状況というものをよく理解して、
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 先生のお話の中で、ヨーロッパのメーカーあるいはアメリカのメーカー、努力が足らぬじゃないかということを私が申し上げたことについて、若干誤解があるといけませんので敷衍して申し上げてみたいと思うのですが、私が申し上げましたのは、まさに先生のおっしゃるセールスのことでございまして、日本の市場というのは制度的には開放されているけれども、ノン・タリフ・バリアが一様にたくさんあってなかなか入れないというようなことをよくヨーロッ
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 冒頭にも申し上げましたとおり、われわれはあのローカルコンテント法案というのは大変危険な法案であろうと思います。もともとが先ほども出し上げましたように、アメリカのメーカーがコストを下げるためにメキシコであるとかその他の外国で生産をしたりあるいは外国から部品を購入したりということをいたしておりますので、これに対して労働組合が雇用の機会が失われるということでローカルコンテント法案というのを発想したと思いますけれども、同
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 農産物の自由化あるいは枠の拡大ということが日米の貿易摩擦の解消になるかという御質問ですけれども、私はできることならした方が日米経済摩擦の緩和になるというふうに思います。ただ、アメリカのいままでの、要するに、自動車が出ているから、あるいは国際収支が悪いから、したがって農産物の自由化をしろと、こういうようなことを言っている向きもあるようでございますけれども、国際収支が悪いから農産物を自由化しろと、こう言うんであれば、
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) 先生の御質問が、恐らくタイであるとかインドネシアとかそういったASEAN諸国に対する技術援助の御質問かと思いますが、私どもはタイにおきましては、たとえばサイアム・モーターというのがございまして、これが大体日産の協力関係になっておりますが、ここで古くから生産をいたしております。そのほかにもトヨタほかほとんど各社がタイには進出してノックダウンをしておりますが、かなり国産化比率の高い生産をいたしております。ただ、何分に
1983-02-23
参議院
○参考人(中村俊夫君) ただいまの御質問、トヨタという話がかなり出ておりましたが、個別の企業の問題についてはちょっとお答えしかねますので、一般的に。UAWという労働組合がございますが、ことは大変労賃が高うございます。で、今回のアメリカの大型車が売れなくなって小型車に切りかえなきゃならぬというときの最大の問題はやはりコストの中の労務費でございます。一般の製造業の労務費があのころ、二年前でございますが、大体平均時間当たり七ドルから八ドルぐら
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 点数というのは非常にこわいものですから、いつも気をつけてはいますが、ひょっとすると忘れることがある。私もかつて一遍あるのですが、免許証の書きかえを忘れちゃって大騒ぎしたことがありますから、通知していただくことは大変ありがたいことだと思っております。
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 こういう制度ができまして、細かい調査ができればそれからお考えになるということですが、保険のたてまえから言ったらやはり人身事故歴を中心にしてお考えいただくべきであって、駐車違反を何ぼしたからとか、スピード違反を何ぼしたからとか、現にいまの反則金だって、何年かすれば点数を消していただけるわけですから、そういうものを基礎にしてお考えになることは私どもとしては困ると思います。
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 私は日本自動車連盟、JAFの副会長をしております中村でございます。 JAFというのはまだ若い組織なんでありますが、自家用乗用車の使用者の団体でございまして、路上で故障したのを助けてあげるロードサービスを初め、いろいろなサービス業務を提供すると同時に、交通安全など自動車使用環境の改善のためにドライバーの意思を集める、これを世の中に反映させるというような仕事を国際的なスケールでやっておるのでございます。 JAFは創立以
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 先ほども申し上げましたように、いままでは各警察署でいろいろお世話になっているのですが、五十一カ所だけでやられると大変不便になると思って、警察庁の方に聞くと、現場が窓口をやってやるから、いまより便利になるとおっしゃっておられる。それから、いままで警察署ではずいぶん地方ではただでやってくれているところもありますが、今回は何百円か取られるが、それだけ早くなって親切にしてくださるなら、われわれはお金を払ってもその方がいいと考えてお
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 私どもは強制賠償保険と任意保険と両方入っておりますのが多いのですけれども、強制保険の場合は、先ほど御質疑の間にも出ましたように非常に簡単に出ますが、任意保険の場合は保険会社がなかなかやかましいです。これはあたりまえなんであって、株式会社が営利事業としてやっているのですから、そう簡単にお金を払ってくれないというのが、私どもとしては常に大変困った問題を引き起こしているところでございます。 しかし、それよりもっと困ることは、
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 この問題はずいぶん昔から議論されておるのですけれども、いまの自賠責保険のたてまえのままだと、先生御承知のように、車についておりますから、人間のメリット・デメリットというのはなかなか入りにくい。しかし、将来この根本を変えてしまえば、外国にも例がないわけじゃないので、メリット・デメリット制を大きく入れることはできると私は思っておりますが、しかし、それは大変な変革を長期間にわたってやってできることだと思います。 それからもう
1975-03-26
衆議院
○中村参考人 日本の陸上交通をよくすることで、いままで少なくとも十年か二十年の間警察は一番まじめに地についた仕事をしてきていると思っておりますが、ただ、末端の地方に行くと、警察署長さんとか交通部長さんでときどき変なのがいます。 それからもう一つは、私はもう何年か前に警察庁長官にもお話ししたのですけれども、警察官、特に大事な交通警察官が事務的な仕事をずいぶんたくさんやっていると思います。こういう仕事はもったいないことだから、早く事務員
1975-02-20
衆議院
○中村(俊)参考人 お答えいたします。 五十年対策というのは、あれはたしか四十七年ではなかったかと思いますが、恐らく私がまだ関係をしていなかった時期ではないかと思います。ちょっと私も記憶がございません。
1975-02-20
衆議院
○中村(俊)参考人 お答えいたします。 八月二十日の会合につきましては、私もほとんど記憶がございませんで、この間、記者会見で共産党の不破先生から出ましたときに、全くその内容については覚えておりませんでした。また、私の方のただいまの青木参考人も記録を持っておりませんし、私自身も持っておりません。したがいまして、次善の策といたしまして、そのほかの各社の出席者の方にいろいろとお話を伺ってみました。その結果、私が忘れていました部分で思い出し