「中田亮吉」の過去の国会発言

発言数 92件

初発言日: 1954-05-25  /  最新発言日: 1965-04-27  /  1 ページ目 / 全体 5ページ

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1965-04-27 衆議院

決算委員会

○中田説明員 お答え申し上げます。 本件の土地は五百五十九・五八坪でありまして、戦時中逓信省が、物納前の所有者からこれを借地しておったものであります。その上に建物がありまして、建物は鉄筋コンクリート造二階建てで二棟ありまして、建坪が四十六・九八坪というものがありました。これを戦時中に、建物だけは逓信省が工務局長官舎として買収し、土地は、先ほど申しましたように借地しておったわけであります。そこで、終戦後昭和二十三年三月に、本件土地は所

1965-04-27 衆議院

決算委員会

○中田説明員 先ほど申しましたように、昭和二十八の二月二十一日の文書でありますが、電電公社総裁あてに、そのうち一部を他に転用いたしたいので返還されたいという文書が参りました。公社といたしましても、そこに宿舎がありましたし、あとなお余裕がありますので宿舎に使うということで、先ほど申しましたように二棟木造で増築をいたしまして、そこに公社の幹部が住んでおったわけでありますが、昭和二十九年三月九日に関東財務局長あてに、先ほど申しました百四十二・

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 電電公社としましては、そういった補償の内規というものは現在ありません。これは全国いろいろな場所がありますし、また土地も田もあれば畑もあり、あるいはまた大都市のまん中もありますしいろいろなものがあります。その土地々々で非常に違っておりますので、現在のところはそういった内規というものは作っておりません。その個別につきまして、第三者の評価機関その他、銀行とかあるいは税務署その他いろいろなところと相談をいたしまして、その

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 今その個々のものにつきましてどこに評価をとってというようなこまかい資料は、帰りますとありますけれども、現在ここに持ち合わしてございません。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 提出いたしました資料について御説明いたします。 この資料に載っております各局、これは全部われわれ電電公社が三十三年からやっております第二次五カ年計画に載っております局で、われわれの希望からいたしますると、これらは土地買収が三十五年度内にすでに全部終わっていなければならぬものであります。それがいまだに買えないというのが相当あるわけでありまして、その中で人口五十万以上の都市、まず一ページに総括を書いておきましたが

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 電電公社といたしましては、第三者の評価機関、すなわちわれわれのところでは大きな銀行、あるいは信託会社、そういった四、五軒の者に頼みまして評価をしていただく、それの平均をとりまして、その価格としているわけであります。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 内規としまして、はっきりした文章になっているわけではありませんで、そういうことでわれわれの方が習慣上第三者の方の信用の置ける評価機関にかけて評価をとって、それによって地価をきめるということにしておるわけでございます。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) われわれが交渉をいたしますときに、そうした外部の評価の精通者に評価をしてもらいまして、われわれの方の買収価格というものをきめるわけでありますが、この場合はその価格で交渉をしておりますけれども、それで地主の方がその外部の人が出しました評価の金額で、どうしても売ることはできないということをおっしゃっておるわけでございますので、現在土地収用法の第一段階でありますところの事業認定をやりまして、そういった手続をやろうとして

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) こういったものの補償につきましては、その個々の場合におきまして全部違うわけでありますので、現在この下丸子の土地につきまして、どれだけの補償をこちらがいっているか、というようなこまかい資料は現在ここにはありませんが、帰ればいつでも資料がございます。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 事業認定を受けるように申請をいたしまして、現在まで認定を受けましたものが二十三件あります。そのほか、現在認定申請中のものが二件あります。以上でございます。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 池袋は、これは現在の電話局の横の隣地増買でありまして、どうしても持ち主と話し合いがつきませんで、それでは収用法を適用していただこうというので、まず第一の段階といたしまして、事業認定を申請したわけでございます。これは三十五年七月七日に事業認定がおりまして、その後地主がそれでは譲ろうということに話し合いがつきまして、三十五年九月に買収することができたわけでございます。これは坪当たりといたしまして十七万二千円ということ

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) われわれの方といたしましては、今先生のおっしゃいますように、その時の時価で買収するということにいたしております。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) われわれといたしましても、今後、非常にたくさんの電話局の土地を買わなければなりませんので、先日からそういうことの準備を始めております。従って、今後、建設省、その他各省の基準その他を参考にいたしまして公社としての基準を作りたいと考えております。

1961-05-30 参議院

建設委員会

○説明員(中田亮吉君) 電信電話公社関係におきましては、現在非常に困っております一例を申し上げますと、東京におきます兜電話局、御承知のように茅場、兜、あのあたりは非常に混んでおります。これの隣地を買収して電話局を増築しようという計画があります。前年からいろいろ交渉しておりまして、一人の持主だけはわれわれの方と大体協定が成立したわけでありますけれども、あとの方がどうしても譲っていただけませんので、これがすでに一年六カ月ないし二年近くも交渉

1961-05-24 衆議院

決算委員会

○中田説明員 日比谷電電の場合は、工事中は坪当たり二千四百円、建物ができ上がりましてからは、これを値上げいたしまして、坪当たり三千円とっております。

1961-05-24 衆議院

決算委員会

○中田説明員 お答え申し上げます。 三宮の場合は、二十八年度でございましたが、二十八年度当時は、公社といたしまして非常に資金が不足していた時分でございます。そこで先ほどお話が出ましたように、外部の資金を使おうということでありまして、そのときに、公社といたしましてもそういうことを考えなければならないというので、その当時いろいろやっておりました立てかえ工事、どこか業者が資金を立てかえてくれないかということが議に上りまして、私の方から日本

1961-05-24 衆議院

決算委員会

○中田説明員 先ほども申しました通り、その当時におきまして、そういった建設会社へ照会をいたしましたときに、公共建物の会社の方々がそういうことを耳にされまして、電電公社がそういうことを考えておるならば、自分の会社でやろうということで、多分設立前から耳にしておられまして、そういう会社を作ろうという議が持ち上がったのだと思うのです。

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