「中野光」の過去の国会発言

発言数 9件

初発言日: 1998-05-27  /  最新発言日: 1998-05-27  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 日本の学校の歴史の中で名校長というのを尋ねられるとすれば、私には何人かの固有名詞が浮かんでまいります。どういう特徴があったのか。やはり校長というのは、教師の指導者だ、リードティーチャーだという、若い教師が自由に、思い切って、失敗を恐れずに子供たちのためなら創造的な実践をする、それを温かく見守って適切な助言をする、そして自分の若い時代の経験をそこで役立ててというような、教師と校長との関係が日本の学校の中でもっと再生、発展を遂

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 中央大学の中野と申します。 私の教員歴は、昭和でいいますと昭和二十九年度、一九五四年度からでございます。当時は、でもしか教師という言葉がはやっておりました。教師にでもなろうか、あるいは教師にしかなれなかったという人たちをでもしか教師というふうに呼んでおりましたが、私もでもしか教師の一人だったと思っております。早いもので、それから四十年を超えてしまいました。私は、小中高の教員生活を経験した後で、国立大学の教育学部と三つの

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 例えば、登校拒否の子供が、教室には行かないけれども保健室の養護の先生のところには行くというのは一体なぜか。それは授業をなさらないからです。そして、点数をつけないからです。ですから、担任の先生や授業をなさる先生と違った関係が結べるということを私は前から思っておりました。同じことは、図書館の司書教諭の先生との関係についても言えるのではないでしょうか。その意味で、保坂議員のお考えに私は同感でございます。ですから、今回の教免法の中

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 必ずしも今の御質問のようになるのではないかという見通しを私は持っておりません。もう少し事態は複雑で、いろいろな要因が絡み合うと思いますけれども。 確かに、私立大学で教職課程を履修する学生はふえることはないだろう、減っていくだろう、そして採用される人数も非常に厳しくなるだろうというような予感は個人的にはいたします。しかし、その文書をそういうふうに読んでいただくと、ちょっと待ってくださいというふうに言わざるを得ません。

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 二週間が四週間になったら困るなというのが私の実感です。 それは振り分ければいいんじゃないかと、例えば、二年生のときに観察実習一週間、三年次で一週間、それから四年次で二週間というふうに振り分けるのも一つの方法だろうというふうに思うんですが、私は、今までいろいろなことをやってまいりまして、二週間を四週間にしなくても四週間分の効果、あるいはそれ以上の効果は期待できる方法があるというふうに考えております。 それは、現行の例

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 私は昨年、アメリカ合衆国とそれからヨーロッパの四カ国における教師教育改革動向に関心を持って、研究旅行をいたしてまいりました。ちょうどテュービンゲン大学のクラウス・プランゲ教授、この方は日本の教育学会でも大変著名な方ですが、今日本で教員養成のカリキュラムが改革されようとしている、教養審からの提案は専門教養か教職教養かということで、中学校に関しては、専門教科についての単位数を減らして教職科目をふやす、しかし全体の単位数は五十九

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 私の先ほどの報告でも、各大学の自主的改革が一とんざするのではないかということを申しました。全私教協という団体が私の大学に事務所を置かせていただいております、ことしから法政大学の方へかわるのですが。ですから、各大学での自主的な改革動向については、比較的情報が得やすい立場に私どもは置かれておりました。私立大学にもいろいろな悩みがあるのですが、次のようなことが共通に努力されているというふうに思います。 一つは、多人数教育を少

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 既に申し上げたことですが、私は、でもしか教師の一人でしたから、今回の答申のように、使命感を持っていないといけないというふうに言われたら、私はやめただろうというふうに思います。 仕方がないから教師にでもなろうかというふうにして教職についたのですが、二つのきっかけがありました。一つは、大学で教育学を学んで、そしてたまたま小学校の教師になる機会が与えられて、私の教育学の恩師に相談をしました。君は教育学を学んだんだろう、教育学

1998-05-27 衆議院

文教委員会

○中野参考人 いろいろな学生がおりますね。ですから、お目にとまる学生は、彼らは学んでいるのか遊んでいるのか、あるいは働いているのかよくわからない。私もそう思わざるを得ないような学生をたくさん知っております。 しかし、教職課程を履修している学生はそういう学生のイメージとは違いますね。特に最近は、教員採用が厳しいですから、中央大学ですと大体四百五十人から五百人が免許状を取って卒業します、全学で。その中で実際に教師に採用してもらえる人たち

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