少子高齢社会に関する調査会
○参考人(佐々木誠造君) 高齢者は、これについてはいろんな方法があるんですが、シルバー人材センターが非常に伸びておりまして、利用は非常に利用されておりますし、高齢者にとっても大変これは生きがいになっているという状況も出ております。
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発言数 23件
初発言日: 2006-04-04 / 最新発言日: 2007-04-25 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
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○参考人(佐々木誠造君) 高齢者は、これについてはいろんな方法があるんですが、シルバー人材センターが非常に伸びておりまして、利用は非常に利用されておりますし、高齢者にとっても大変これは生きがいになっているという状況も出ております。
○参考人(佐々木誠造君) 私は、御紹介いただきました青森市長をしております佐々木でございます。 お手元に資料を配付をさせていただいていますが、それに沿ってちょっと御報告をさせていただきます。 青森市は、まず一昨年の四月に市町村合併で新市になりました。そして、昨年十月に中核市に移行させていただいたところでございます。合併によりまして、人口がおよそ三十二万弱、面積が八百二十四平方キロと大変広い市域をいただいておりますが、その七割強が
○参考人(佐々木誠造君) 小林委員からのお尋ねですが、私どもは実は市営バスを所有しております。したがって、正に公営なんですね。これがかなり、今から四十年ぐらい前は年間三千万人ぐらい乗っていただく市民の足としてこれは利益を上げて一般会計に繰り入れしていた時期もあったんですね。ところが、マイカーの普及でどんどんどんどんマイカーに移って、今はその当時の、そうですね、三割ぐらいしか乗っていただけないということになりました。 ところが、マイカ
○参考人(佐々木誠造君) 中原先生にお答えいたします。 空き家率とそれから私ども住替えバンクの関係ということだと思うんですが、実は平成十七年の調査によりますと、空き家率が非常に高いのは、この資料にも書いておいたんですけれども、中心市街地から連檐する外側、近い外側に比較的多いということが分かりました。それからもう一つは、郊外の住宅団地、これは県でやった、住宅供給公社がやった団地ですけど、これは三十年以上たっている団地。ここについてもや
○参考人(佐々木誠造君) では、山崎先生の御質問ですが、助成とか補助とか、こういったようなものについてはどこからのものを期待するべきなのかというふうな趣旨だろうと思いました。 先ほど小林先生にもお話ししたんですが、少子高齢社会を支えるためには、やはり路線バスを始めとする公共交通機関が大変重要な役割を果たすということから、やっぱりこれについては公共交通機関の運営に関する国の支援というものが重要かつ必要であるというふうに考えております。
○参考人(佐々木誠造君) 岡田先生からの、生きがい対策ですね、高齢者の。 先ほど配付させていただいている資料の五ページのところに書いてあるんですけど、それぞれの地域にそれぞれの生涯学習センター的な市民センター、これを大体ブロック別に配置しておりますのと、青森市役所の支所を配置している。大体二キロ圏内でカバーしているという状況でありまして、そこを拠点にして、老若男女、日常的に生涯学習センターとして非常ににぎわっているという状況が一つご
○佐々木参考人 苦労した点といいますか、私どものコンパクトシティーという理念を私が平成元年、市政に持ち込んだという話をしたんですけれども、その前に、実は、一九八四年、私、商工会議所の副会頭でまちづくり担当でございまして、やはり雪運動の先頭に立っていたわけであります。そのときに、実は、こういう町が持続的発展をしていくためには、やはり無秩序な開発に流されたままでは、いつまでたっても快適な、安心な、安全な町はできないというふうに考えて、コンパ
○佐々木参考人 私は、青森市の市長をさせていただいております佐々木でございます。 私は、皆さんのお手元に資料を差し上げてございますが、それに沿いながら説明をさせていただきます。「青森市のまちづくりについて」ということであります。 私どもの町の御紹介をちょっといたしますと、本州の最北の県庁所在都市でありますが、陸奥湾に接しておりまして、そしてまた、背中に国立公園の八甲田連峰、これを背負っておるという町であります。その中心部、海に近
○佐々木参考人 私も、平成元年から十八年ほど市の経営を担当させていただいてきたわけですが、申し上げましたように、私どもの方はすごく広い市域をいただいています。旧青森市だけでも六百九十二平方キロという広い市域でございますので、東京二十三区がすっぽり入るぐらい。その中で、いわゆる都市計画区域というのはおよそ三分の一であります、三五%ぐらい。それ以外はまさに都市計画区域外でございますので、そういう意味では、いわゆるすき間だらけという状況でまい
○佐々木参考人 実は、私の経験では、当然それが起きるであろうと思っていたわけでありますけれども、それが起きなかった。 つまり、それは、やはり私どもの方は雪が非常に多いことと、そして、そういうときには、やはり冬の生活を持続的に快適に維持するためには無駄なコストはかけられない、そういういわゆる基本的な合意があって、したがって、散漫な都市の形成は決してよくないということが、私ども、コンパクトシティーは雪ということが原点にありましたので、そ
○佐々木参考人 パサージュ・マネジメント・オフィスというのは、まちづくり会社でございます。 これは、市の中心部にありました空き地といいますか、ビルがあったんですが、それが空きビルになりました。それを買い取って、ひとつ活性化のモデル事業をやろうということで、チャレンジしました。そして、それを市が買い取って、基本的にその装置は市が担いますと。そこに実験店舗ということで、パサージュというのは、つまり、表通りと裏通りを行ったり来たりして、そ
○佐々木参考人 私どもの方では、一つだけ事例を紹介しますと、中心市街地の中にアウガというのをつくったと申し上げました、複合ビルでありますが。そこの五階に、実は、男女共同参画プラザと、三百人ホールと、それから、ゆっくり外を見ながらくつろげるいわゆるインドアの公園風の場所がございます。そこは、一つは時間帯によって、高齢者が集う時間帯と、それからまた主婦層が集う時間帯、それから午後になって夕方近くなると学生が集う。うまいぐあいに時間で使う方々
○佐々木参考人 私どもで、実は中心市街地で、商人隊とか、若い人がもちろん中心でありますけれども、そういうネットワークで、中心部にある例えば七つの商店街がネットワークをして、そして情報をまとめて発信する、こういったようなこととか、いろいろな媒体を使ってそういう情報発信をしているという実態がございます。 それからもう一つは、高齢者の方が来られたりハンディキャップの方が来られたときにはそのサポートをするというボランティアですね、そういう体
○佐々木参考人 一言でずばり言うのはなかなか難しい問いかけですけれども、私は、さっき申し上げたように、中心市街地の再活性化計画の柱は、今あるいわゆるストック、すべてのストックをすべて活用し切ろうということですけれども、その中で目標とするところは、人が交流できる町中、それから楽しく集えるにぎわいの、いわゆる魅力のある町中、それから町暮らしが楽しめるという町中、これがやはりそのベースではないかというふうに実は考えております。 そして、な
○佐々木参考人 どういうことがポイントになるかということでございますが、私どもの方は、行政だけでやったのでは多分今のような形にはでき得なかったろうというふうにはっきり思っております。 つまり、先ほど申し上げましたけれども、昭和五十九年、一九八四年に、やはり去年、ことしのように大豪雪、十メーターぐらい雪が降った時期がございましたときに、商工会議所が、このままでは商店街も寂れてしまうし大変だということで、雪対策研究委員会というのをつくっ
○佐々木参考人 TMOはかなり早いころできました。これは事務局は青森商工会議所の中にございます。これがあるから、それがすべて、企画から実現までTMOができるかというと、それは決してできないと私は思います。 むしろ、それは行政と民間との間にあって、いろいろな運動を盛り上げたり、巻き込んだりしていく。それから、深い理解を求めるというときに、行政もそれなりの計画を持ち込んで、そして相談をかける、そうするとその人たちもまた意見を出し合う。つ
○佐々木参考人 一般論ということでございますけれども、余り広く、ほかのところをよく知りませんのですけれども、私どもの方の立場から体験上申し上げられることは、一九七〇年から二〇〇〇年ぐらい、三十年間に町の中に住んでいた人口がどんどん減りまして、大体五〇%、五五%ぐらい減ってしまった、住む人がいなくなった、こういうことがございました。そういう中で、当然、人がいなくなればお店もはやらなくなる、こういうことになりました。その中に郊外店が幾つかで
○佐々木参考人 私どもの方は、市勢としては、さっき申し上げましたように、本州—北海道のいわゆる玄関口として青函連絡船が発着した場所が青森市の発祥の地でございます。それはもうトンネルができたと同時になくなったんでございますけれども、港は残っております。そこで、港に近接した、もう一つはJRの駅がございます。それから同時に、そこにすぐくっついた中心市街地がございます。ですから、そういう意味では、私どもの方は、港から出て、そこに青函連絡船の拠点
○佐々木参考人 これは、実は、商業近代化計画で全国一斉に駅前再開発がいろいろ言われた時期に、やはり同じように青森市も商業近代化計画の中で民間主導の駅前再開発ということで、第一と第二地区が提案されました。 ところが、それが合意形成できないまま二十数年経過をし、そして、いわゆるキーテナントを目指したテナントが全部出店できないという客観情勢が起きてしまったんですね。ところが皮肉なことに、合意形成できなかったはずのものが、それがキーテナント
○佐々木参考人 今のお話、アセスメント、町を預かる立場の私どもとしては、やはりそれは大変大事なことだと思います。 つまり、どういう方向で町を経営していこうか、持っていこうかとしているときに、出店できるからといって、今までのように、広い市域を持っている私どものようなところにどんどんどんどんと出てしまう、こうなりますと、町の経営者としては非常に困るわけでございます。ですから、そこには一定の歯どめが必要でございます。 今回の新しい法律