「佐藤喜一郎」の過去の国会発言

発言数 88件

初発言日: 1947-10-22  /  最新発言日: 1968-08-27  /  1 ページ目 / 全体 5ページ

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1968-08-27 参議院

文教委員会

○参考人(佐藤喜一郎君) 神戸のお話は、別に所感も何もございません。この間、私聞いているところでは、衆議院の大蔵委員会のほうへ私のほうの社長が出まして、いろいろ詳しい御質問があったのに対してお答えしているようであります。 沢本の件につきましては、私は学術財団の理事長をただいましておりますので、実に困ったことであると思っておる、一口にいえばそれだけのことであります。ただし、本人が何ぶん司直の手で逮捕されておりますので、いろいろな事情で

1968-08-27 参議院

文教委員会

○参考人(佐藤喜一郎君) はっきり記憶しておりませんが、一回ぐらい私は会ったのじゃないかと思っております。もちろん、私も、銀行の責任者をしておりましたときに、それぞれの店で大口の預金者というものについてはときどきぜひ私に会ってもらいたいというような要望がある、そのつど会っていることはございます。おそらく山田君もその一人だったろうと思います。

1968-08-27 参議院

文教委員会

○参考人(佐藤喜一郎君) いまお手元にある印刷物ですが、これは実は私は全然知らなかったのですが、二、三カ月、二カ月ぐらい前でしょうか、山田の事件が起こりました前後で、だれかが手に入れて、こんなものが出ているのですというので、私、初めて見たような次第であります。 それから、横浜の、神奈川県のどこかの土地という話は、これは全然私は知らないことでございまして、おそらく地主の人がまず、最後にその話をきめる前には私のところに会いに来ただろうと

1968-08-27 参議院

文教委員会

○参考人(佐藤喜一郎君) いま私としても、またわれわれと一緒にやります理事としても、非常に意外なできごとが続出しまして、理事連中もむろん知らなかった。私自身も、責任は痛感するのですが、善後措置をいろいろと考えている次第でございます。したがって、エスエフボーリングというものの実体をよく調べなければ、鈴木学術財田の財政事情もどういうことにいまなっているのかということもわかりませんし、せっかく非常に有益な仕事であるというのに、続けられるのか続

1966-02-17 衆議院

予算委員会

○佐藤参考人 お呼び出しがございましたので、私から申し上げたいと存じます。 臨時行政調査会の性格でございますが、時の政府、池田内閣のときに任命を受けまして、二年半にわたって鋭意調査をいたして、一昨年の九月末日でございましたか、政府に答申をいたしたのでございます。そして調査会の規定の中にも、臨時調査会のほうで希望すれば、総理大臣は国会に報告しなければならないと書いてございましたが、私どもも、答申にあたりまして内閣に、この答申はぜひ国会

1966-02-17 衆議院

予算委員会

○佐藤参考人 ただいま御質問の、行政と政治の関係でございますが、答申の中にも、行政の欠陥というものは、行政だけの中に存在してなくて、外部からのいろいろな要因によって行政がゆがめられている面があるということも、触れておるのであります。ただ、先ほども申し上げましたように、一応行政自体の、狭い意味の行政にしぼりまして、政策やら政治の問題に触れませんでしたことは、ちょっと例を申し上げますと、この臨時行政調査会が多少モデルにしたと思われるアメリカ

1966-02-17 衆議院

予算委員会

○佐藤参考人 いま御質問の点でございますが、アメリカのフーバー委員会の答申の出ます前後から、アメリカでは市民委員会というものが発足いたしました。発足の当時は、六十人余りのワシントンにおきます有力者が組織したそうでありますが、やがてそれが各州に広がりまして、最盛期には八万人の会員があったといわれております。一部ではまだ続いているというふうに聞いておるのでございますが、各方面の方から、この行政改革答申はせっかくしたのだから、これが実行できる

1966-02-17 衆議院

予算委員会

○佐藤参考人 いまお話しのような希望というものを私が持っておることは、吉田委員に劣らないと思うのでございますが、ただ、どうやってこれをやるかという手段では、私としてきめ手というものをまだ持っておりません。ただ、これは一つの手でやれるものじゃないので、機会あるごとに、いかなる団体にでも、ほかの問題は別といたしまして、この行政の問題でもあれば、必ずいつでも私は出かけて話をする。国民も漸次行政改革の必要性というものは悟ってきたのじゃなかろうか

1966-02-17 衆議院

予算委員会

○佐藤参考人 フーバー委員会におきましても、十九ほどの項目について勧告が出ておるのでありますが、それぞれにつきまして、アメリカでは勧告のある部分につきましては何億ドルの節約になるというようなことがよく出ておりまして、私どもも、これが一番わかりやすい、また国民に訴えやすいので、何かこの点につきましてそういう数字でもってこれをあらわすことができないだろうかということは考えたのでございますが、何ぶんにも、それは先ほども申しましたが、ほとんど時

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 そういう意味ではございませんので、委員の全員がぜひこれは全会一致にしたいと言えばそうなりますし、またその場合の委員の考えが、せっかく七人のうち六人までが賛成で一人が御反対で、その一人も少数意見として出すことは差しつかえないと言ったならば、そういう結果に出ることもあります。

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 御指摘のとおり、委員の大部分の意向は、私はそうだろうと思います。何と申しますか、意見がきまりまして、総理に報告すると同時に、これは国会にぜひ報告してもらいたいという要望をつけるだろうと私は信じております。

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 いま御指摘の点でありますが、会長としてというよりも、臨調の意見は、私、実は七分の一だけしか持っておりません。しかし、委員会でいままで出た話をいろいろ総括して申し上げますと、いま御指摘のような、われわれが作業しているような問題に関連ありと思うことが出た場合には、あるものについては、不満を表明される委員もあるし、あるものについては、毎日の行政をやっている政府のことだから、そうやめろと言うわけにもいかぬだろうというような意見を述

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 いま御指摘のとおり、仮定のようでありますが、もし政府のほうからこの問題はどう考えるかというふうに御照会があれば、もちろん委員会においてこれを慎重に審議するということは、当然だろうと思います。

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 委員会発足のときに——ちょうどこれで三年と先ほどおっしゃいましたが、二年になるわけであります。二年前の発足のときに、われわれの間で運営の申し合わせをいろいろいたしまして、国会におきます附帯決議というものは尊重するというような申し合わせをしております。また、これは私だけの意見でありますが、人員整理ということはほとんど念頭にないものでありますから、どうしてそれがやっかいな問題であろうかというふうに、私はむしろ軽く考えたくらいで

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 全会一致ということに委員会の運営は原則としてやることになっておりますので、重要な問題について全会一致を必要とすることを、まずお考えおき願いたいと思います。 それからまた、いま首切りというようなお話でございますが、一応は配置転換程度のことは必要が起こるのじゃなかろうかということを、委員の間で非公式に話が出たことはある。それ以上のことは、どの委員もあまりお考えになっていないと私は思います。

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 私にも御質問があったと存じますので、お答え申し上げますが、委員会のほうで部会のほうにこの審議会、調査会等につきまして実態調査をやらせまして、いま御指摘があったように、兼任しておる人が非常に多いじゃないかということや、一向に開かれないものがあるじゃないかというような、いろいろな問題についての実態調査をずっとやっております。はたして今後必要欠くべからざるものだけにどうしたら限定できるか、要らなくなった場合にどうしたら手っとり早

1964-03-31 衆議院

内閣委員会

○佐藤説明員 私が、昨年の暮れに行管のほうに、これはどうも間に合いそうもないということを申し上げました中には、かりに意見がまとまっておりましても、印刷物、それから字句の修正、そうして最後に総理大臣のところに行って意見を申し上げるときに、委員でないと困る、調査会が存在しないと困るというふうに考えまして、まず一番先に言い出したことなんでございます。したがいまして、それまでに意見がまとまるとかなんとかいうほかに、私どもは、印刷に付し、字句を修

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