「古野伊之助」の過去の国会発言

発言数 6件

初発言日: 1960-03-17  /  最新発言日: 1960-03-17  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1960-03-17 参議院

逓信委員会

○参考人(古野伊之助君) えらい御丁寧なごあいさつ恐縮しましたが、あまり経営委員会というものは、ちょっと由来因縁を申し上げるのは非常に簡単なんですが、電電公社の仕事を、まあ公社として発足するという当時に、佐藤榮作さんがたしか郵政大臣だった、突然こられて、そして今度は公社という制度で日本の電信電話の仕事をやることになった、それで君にも一つぜひ仲間に入って経営委員をやってもらいたいということで、私は、一体どういうわけでそんなものを私のところ

1960-03-17 参議院

逓信委員会

○参考人(古野伊之助君) 僕がつべこべ言っておるよりは、大橋さんに話してもらう方がいいと思うのです。私は今お話のように公社という格好の仕事を日本でやってみて、経験がなかったのでそれから起こってきたいろいろな制約にとらわれて、最初企図したような民間の創意工夫でもりもり仕事を動かしていく、というような仕組みもなかなか容易にいかぬで、いろいろの制約を受けて思う通りの運営ができなかったということはお話の通り。今のお話を聞くと施政演説を聞いている

1960-03-17 参議院

逓信委員会

○参考人(古野伊之助君) そうですね。八年もの間経営委員会をやっていて、今ごろ何をぐずぐずしているのだというような話と同じことですが、なかなか十八万という人数が一緒に仕事に動いていこうというのだから、なかなか頭の切りかえは簡単にいかないし、私もさっき冒頭に申し上げたような意気込みで、早いところまあ一千万や二千万の電話を早く作ってしまおう。そして電話の積滞するというようなことをがやがや言っておるのはこっけいだ。技術も資金も工夫もすればでき

1960-03-17 参議院

逓信委員会

○参考人(古野伊之助君) 遠慮することも要らないのですけれどもね。今までの日本の経営委員会というのは、実務を担当する各局長の諸君とひざを交えてどんどん遠慮のない話をし合って、そうしてこうやっていくのがいいじゃないかというようなことをきめていくような仕組みにはなっていない。みんな忙しい人で一カ月に二度ぐらい呼び出して、そうして幹部会という現業の局長諸君が話し合って作った作文に一応目を通して、その説明を聞いて、そうしてまあ判をついていくとい

1960-03-17 参議院

逓信委員会

○参考人(古野伊之助君) 私は昔の事業経営者で、今のようなハイカラな労働運動といういうなことはわからんですが、あれは敗戦ぼけだと思っているのですよ。日本の政治家も、日本の政治の動きぶり、労働運動の動きぶりも徹底した敗戦ぼけだと思う。私は終戦直後にもっと早く日本が立ち直ると思ったのですが、存外長い年月がかかって、このごろの政界の実情なんか見ていても、何とも政界の名士ばっかりたくさんおられるけれども、何ともしょうがない体たらくだと思ってあき

1960-03-17 参議院

逓信委員会

○参考人(古野伊之助君) お話の通りで、今監事制度のことが中心で、私は今の監事の二人の諸君も、なかなか経営委員会と同じように、現業を担当している諸君とちょっと遊離したような格好になって、二人や三人の監事が幾らぐるぐる年中回り歩いたって公社の全体の仕事に対する目が届くわけじゃない。そうしてまただしぬけに行って質問をしてみたところで、それに触れた話が出てくるわけじゃないので、これはもう少し事業の実態と密着した仕組みに変えていくことが、所期の

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