安全保障委員会
○和田参考人 北朝鮮の歴史を研究しております者として、意見を述べさせていただきます。 朝鮮半島の平和と安定は、日本の平和と不可分です。このことは歴史の中で何度も確認されてきましたが、今日では、これまでよりもはるかに切実な真実となっています。 五十年前に朝鮮戦争がありました。北朝鮮が武力統一を目指して韓国に攻め込み、米国が国連安保理決議に基づいて韓国の支援に参戦しました。占領下の日本は、米軍の後方基地となりました。米韓軍は、北朝鮮
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発言数 18件
初発言日: 2002-07-11 / 最新発言日: 2002-12-10 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○和田参考人 北朝鮮の歴史を研究しております者として、意見を述べさせていただきます。 朝鮮半島の平和と安定は、日本の平和と不可分です。このことは歴史の中で何度も確認されてきましたが、今日では、これまでよりもはるかに切実な真実となっています。 五十年前に朝鮮戦争がありました。北朝鮮が武力統一を目指して韓国に攻め込み、米国が国連安保理決議に基づいて韓国の支援に参戦しました。占領下の日本は、米軍の後方基地となりました。米韓軍は、北朝鮮
○和田参考人 この点につきましては、私どもの努力が十分なものであったというふうに申せません。 ただ、私は、北朝鮮に参りましたときに、辛光洙問題については証拠があるということを北朝鮮側に申しました。そうしたところが、北朝鮮側では、それは韓国の法廷でそうして出てきた証拠ではないかというように申しました。それ以上は進めませんでした。 そういう状況でございます。
○和田参考人 私は、北朝鮮との間で交渉していくに当たって、拉致問題というものの交渉が非常に難しいことだというふうに見ておりました。 したがいまして、一般的に通常、国家はそういうものについて認めようとしませんから、そこで非常にはっきりとした証拠が挙げられるものを外交上向こうへ提示して交渉していくということが可能でありますが、そういう点で、日本政府の認定しておる人々の中で、辛光洙の行いました原敕晁さんの事件は明瞭にそういうような証拠があ
○和田参考人 私、北朝鮮の前にソ連を研究してまいりまして、国家社会主義国の体制というものはどういうものかはソ連のケースからよく承知しております。それで、北朝鮮においては民主主義というようなものがなく、言論の自由もなく、そして収容所というようなものが先ほどの御指摘のとおりあり、そういうことは皆承知しております。 ただ、問題は、そのようなことを、国交がない国の段階でそういうことを提起して問題にしていくということに実効性があるかという問題
○和田参考人 非常に難しい状態でして、日本の政府としましては、日本の政府の立てている方針というものがあり、政府のメンツもありますので、非常に難しいところだと思いますけれども、やはりこのままいきまして、日本の方では石油が足らないわけでもないし、食糧がないわけでない、我々はいつまでも待てるという姿勢をもって、北朝鮮に対し、北朝鮮はお金が欲しいのだから折れてくるに違いない、こういうふうにだけ言っておるということは、北朝鮮という国家が非常なるメ
○和田参考人 朝鮮戦争の停戦協定は、国連軍の司令官と中国人民志願軍の司令官、そして朝鮮人民軍の司令官、この三者で結んでおります。それで、長い間北朝鮮は韓国というものを話し合いに入れて議論することを拒否しておりましたが、とうとうそれを受け入れまして、四者会談というものが行われておりますが、この四者会談はすなわち朝鮮戦争の平和協定を結ぶための会合であります。しかし、それは非常にうまくいっておりません。それで、それに対しまして、ロシアも日本も
○和田参考人 本年三月に明るみに出ました鈴木宗男議員のスキャンダルは、国会での追及、外務省による調査が行われ、現在は司法当局の手によって捜査が進められております。対ロ支援における正しくないやり方がただされ、国民の理解と監督のもとにこの事業が進められるようになることが望まれます。 しかし、この間の過程により、過去十五年間対ロ政策の中心に立っていた人々が逮捕ないしは追放と、否定的な評価の中に沈んでしまったことは、日ロ関係に少なからぬ混乱
○和田参考人 今、荒井先生が御指摘のような憂慮というものは現実に存在しておると思われます。 ただ、問題は、実は、率直に申しまして大変恐縮でございますけれども、小泉内閣ができまして田中外務大臣が登場なさいましたときから、従来の領土問題の交渉の進め方につきましての引き継ぎにおきまして、少し混乱があったように考えております。 現実といたしましては、先ほど来申し上げましたところでございますが、イルクーツク共同声明は非常な大きな成果であり
○和田参考人 私はビザなし交流でその地を訪問したこともございませんし、そういう御経験を踏まれておる藤原市長、小泉さん、おられますし、議員の先生方もそういうこともよく御存じの方が多いところで私の意見を申し上げるのは恐縮でございますけれども、今先生御指摘の点は非常に重要な点ではなかろうかと思われます。 すなわち、この問題を解決するには、モスクワの方とだけ交渉してもこれはどうにもなりませんので、サハリン州との交渉、そして島部、四島の島民、
○和田参考人 大変難しい御質問であるように思いますが、お述べになられました、プーチンを相手に交渉を進めるのにはよい時期だという点は、私も全く同じ意見でございます。 というのは、先般、ゴルバチョフ、そしてエリツィンとの交渉は、日本が非常に強い切り札、これだけは獲得したいということを出して交渉しましたが、いずれもほとんど政権の末期であって、ゴルバチョフは日本から帰るとすぐその年のうちに政権が崩壊してしまいましたし、エリツィンも、先ほど申
○和田参考人 交渉の原点というふうなものをどういうふうに考えるかということでございますけれども、日本とロシアの間には、基本的に、国交を樹立した際の基本的な文書であります五六年の宣言というものが存在いたします。ロシア側はこれを嫌って、これを否定しておりました。日本側でも、この文書はややもすると二島返還を裏づけるのみであるということで、これに対する反発というものが、かつてもありましたし、現在も存在しているように見えます。 しかしながら、
○和田参考人 今先生が私が述べておる議論を御紹介してくださいましたが、大筋においてそのとおりでございますけれども、もうちょっと述べさせていただきます。 私、「北方領土問題」という本を九九年に書きまして、非常に領土交渉が行き詰まっておるときでございましたので、そこで巻末に私の提案を述べさせていただきました。 その中で私が述べましたことは、まず五六年の共同宣言の約束を再確認してもらって、そして二島を将来、平和条約を結んだら返すという
○和田参考人 おっしゃられた点はとても大事な点ではないかと思われます。 それで、イルクーツク共同声明によって開かれているのは、二島は返すという約束が確認されるということでありますと、その二島につきましては、こういうふうな将来ビジョンを日本側は考えておるということを提示できることになるわけではないかと思われます。四島全体に対してこういう案を我々は持っているんだと言ったら、ロシア側は聞かないわけでございまして、今まで引かなかったんでござ
○和田参考人 日本側といたしますと、二十世紀の戦争の時代における後始末の問題、平和条約の問題でございますから、これを新しい世紀に持ち越さず二十世紀のうちに解決したいというふうに思ったところは、もう普遍的なもので、みんながそういうふうに思っておりましたし、総理もそういうふうにお考えになっただろうと思われます。 問題は、ロシアの側が、エリツィンがそのように答えたということでして、これは非常に予想を超えた展開であったと考えられます。なぜ、
○和田参考人 当時、森政権から小泉政権に変わったわけでございまして、森前首相と小泉首相とは同じ派閥でおられましたところでいえば、森政権が達成したところを小泉政権としては受け継いで進まれるというのは当然のことだと思われます。 ところがその点で、四島返還ということは日本の基本的な方針でございますから、これを追求するのは何ら変わりがないわけでございますが、しかし、四島一括返還という言葉の使い方が、当時、さながらイルクーツクでの達成というも
○和田参考人 当初は確かにそのような印象を与えたわけでございますが、その後、小泉総理は、プーチン大統領と何回かお会いになられまして、そしていろいろお話をされた結果、現在のところ、日本の政府の方針としては、森政権が達成したイルクーツク共同声明というものを基礎にして、それをさらに進めるという方向で交渉しようというふうにはっきりとした軌道をお持ちになられたと私は思っております。
○和田参考人 先生の御主張はよくわかっております。 国際的な法の大義に基づいて交渉をするということは、大西洋憲章における領土不拡大の原則というようなものをお指しになっておられると思いますけれども、そういうことをもってロシアに交渉した場合に、ロシアがそれに対して聞くかどうかという問題につきましては、これは今までの経験からしますと、それだけでは効果を上げていないことは明らかであるように私は思います。 ですから、それを言い続けるという
○和田参考人 支援委員会につきましては、今御指摘のことも含めましていろいろと問題点が指摘されております。 私は、そのような実態につきましては情報を得ることも少なく、今まで承知しておりませんでしたが、ただ、私、この間の政策の出方を見ておりまして感じておりましたことは、外務省には極めて特徴的な秘密主義というものがあったということは明らかであろうと思います。 国民の支持を得てこのようなロシアとの新しい関係をつくっていくということは必要