文教委員会
○参考人(天城勲君) 恐縮なんでございますけれども、OECDの考え方と……御質問の趣旨がちょっとわからないんですけれども、恐縮なんですけれども、もう一ぺん言っていただけませんでしょうか。OECDとどういうことですか。
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初発言日: 1954-07-14 / 最新発言日: 1973-09-11 / 1 ページ目 / 全体 111ページ
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○参考人(天城勲君) 恐縮なんでございますけれども、OECDの考え方と……御質問の趣旨がちょっとわからないんですけれども、恐縮なんですけれども、もう一ぺん言っていただけませんでしょうか。OECDとどういうことですか。
○参考人(天城勲君) OECDの会議には三回ほど出席いたしました。いまお話の翻訳ということでのお話でございますと、これは日本の教育政策に関するOECDの検討会の機会、西田さんと御一緒に出ましたのはその機会でございます。で、それはたたき台という……ちょっと私、鈴木委員のおっしゃる意味がどうもまだつかめないで恐縮なんですけれども、OECDの調査団が日本に参りまして、日本の教育をいろんな角度から調査いたしまして、それをもとにOECDの加盟国で
○参考人(天城勲君) 正確には私、覚えておりません。OECDとなりましたのは六〇年代だと思います。その前はたしか名前が違っておりましたが、大体六〇年の初めごろからではないかと、たいへん恐縮でございますが、記憶があいまいでございます。
○参考人(天城勲君) OECDそのものについてどうも知識が不十分で正確にお答えできませんが、成立してからあとでございますから、何年かあとだと思います。六三、四年のころじゃないかと思いますけれども、これもはっきりいたしません。申しわけございません。
○参考人(天城勲君) これはちょっと私のお答えできない問題でございまして、OECDは御存じのように、経済協力開発機構でございまして、経済開発が主でございますし、開業の当時はもちろん外交問題でございますから、外務省を中心に関係各省で十分御検討になったのだろうと思います。当時教育問題は、発足当時といいますか、日本が加盟いたしましたころは、教育問題について、文部省といたしましては関与をいたしておりません。ことばは何と申し上げてよいかわかりませ
○参考人(天城勲君) 私や西田さんがOECDの会議に出たことは事実でございます。ただ、私ちょっとお聞き違えたのかもしれませんが、加盟当時の状況はというお話だったものですから、加盟当時は、文部省は教育関係は関与しておりませんで、その後OECDで教育問題が大きなテーマになってまいりまして、文部省も関与することになりまして、それ以来私のみならず関係の担当者がいろいろな機会に出席いたしております。私も先ほど申したように、たしか三回ほどちょうどポ
○参考人(天城勲君) 四十六年六月まで文部省に在籍いたしました。ただいま育英会におります。
○参考人(天城勲君) さようでございます。
○参考人(天城勲君) その中でとおっしゃると、いまのコンフォンテーション——日本の教育政策の検討会のことだと思いますが、この場合に、初等教育から高等教育にわたっていろいろな面から議論が行なわれました。宙で申し上げますと不正確な点がございますし、あるいは落とす点が起きるかもしれませんが、強く印象に残っておりますのは、諸外国の人たちが日本の大学制度を見て、たいへん画一的じゃないかということを強く指摘している点は大きな印象点でございます。
○参考人(天城勲君) 論争点という、論争と申しますか、外国の人たちが日本の教育制度を見るわけでございますから、彼ら自身が言っております、十分、教育制度というのはその国の文化的な背景を持っているので、一観察者が十分な批判はできないけれどもという前提で言われておるわけでございますので、日本の教育制度の成り立ちや、それから実情は、われわれの立場から説明いたしましたし、また、現状がすべていいのだという立場で意見を申し上げたわけでは毛頭ございませ
○参考人(天城勲君) OECDのお話が出たわけでございますので、私も、若干お答えの中で、それに触れさしていただきますが、OECDの六〇年代から七〇年にかけてのものの考え方というのは、確かに変わってきております。本来、経済開発機構でございましたのが、教育問題にだんだん力を入れてきたということにも大きな変化がございますが、特に、六〇年代の終わりごろから七〇年代にかけまして、いま御指摘になりましたような認識は、われわれもOECDの加盟国の一つ
○参考人(天城勲君) ちょっと私一言、その前にお答えさせていただきます。 ちょうど西田さんがこの本を持っておられたのでいまお借りしたんですけれども、このOECD調査団報告書の中で、いま私、お話しのところがどこか正確にページ数を追えなかったんですけれども、エドガー、フォールのお話が出ましたが、ここにございますようにイギリスのドーアとそれからフランスのフォール、それからこれはノルウェーでしたかのガルツング、この三人の個人の補論というのが
○政府委員(天城勲君) 四十三年の十月八日の一斉休暇闘争におきますその後の各府県の処分の実態を、というお話でございますが、現在まで私たちが承知しております数字で申しますと、懲戒処分を受けた者が一万七千九百七十二名でございます。もちろん全部の道府県がこの措置をすでに済ませたわけではございませんで、現在までのところ五、六県の状況でございます。
○政府委員(天城勲君) ちょっと過去の数字でございますが、御指摘の四十一年のケースで申しますと、各府県で懲戒処分を受けた者が六万五千四百六十三名でございますし、四十二年の場合には二万八千三百四十二名でございます。したがいまして、いま先生のおっしゃった数字は、そのほかに、もちろん文書訓告とか、頭訓告等の者がありますので、それを含めましても若干数字は違うと思います。懲戒処分を受けた者はいま申し上げた数字でございます。
○政府委員(天城勲君) 私どものほうで報告を受けている状況を報告申し上げます。最初、総計で申し上げますが、停職、減給、戒告、懲戒処分を受けた者が四県一市におきまして一万七千九百七十二名でございます。それから文書訓告及び口頭訓告を受けた者が合計二万五千百二十五名でございます。それからもう一つの御質問の、賃金カットの関係でございますが、これはまだ報告がきておりません。
○政府委員(天城勲君) 教員の職務にふさわしい給与体系をつくるというためには、御指摘のようにかなり多角的な面から調査をしなければならぬわけでございます。本年も当初いろいろな構想を持っていたわけでございますけれども、何ぶんにも悉皆調査ということで、マーク・カードにいたしましても千六百万枚というような大量処理の調査でございますので、本年は基本給の実態について調べたわけでございます。 おくれました理由は、いま申し上げました調査のいろいろな
○政府委員(天城勲君) なお、外国の制度と大臣が申されましたこともわれわれの頭にあることでございまして、これは教員の勤務のしかたと非常に関係がございますものですから、ただ一がいに給与だけを比較できませんけれども、外国におきます事情も可能な限り調べまして比較検討いたしたいと思っております。
○天城説明員 義務教育国庫負担金は御承知のとおり精算負担制でございますので、従来は補正予算で措置してまいったのが通例でございます。四十二年度の精算につきましてはただいま精査をいたしておりますが、現在の総合予算のたてまえからいって、予備費の使用によって措置したい。これは大蔵省と相談するわけでございますけれども、いまのたてまえでいくとさように考えております。
○天城説明員 私のほうは、精算分につきまして大蔵省に精算の必要な金額をお願いしているわけでございますが、いまのたてまえでいくと、予備費から支出されるものと考えております。
○天城説明員 四十二年度分は現在のところ大体十五億台と考えております。