「宮本惇」の過去の国会発言

発言数 590件

初発言日: 1955-06-14  /  最新発言日: 1982-08-19  /  1 ページ目 / 全体 30ページ

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1982-08-19 衆議院

交通安全対策特別委員会自転車駐車場整備等に関する小委員会

○宮本参考人 ただいま御紹介がございました日本自転車普及協会会長の宮本でございます。 まず、お話し申し上げます前に、この席をおかりいたしまして、昨年五月に施行されました自転車の安全利用の促進及び自転率駐車場の整備に関する法律により、自転車に関します諸問題の対策が一段とその進展を見るに至りましたことにつきまして、諸先生方並びに関係各位に深い敬意を表する次第でございます。 私どもの普及協会は、省資源、無公害、健康的などの特性を持つ自

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 ピードモントはアメリカの会社でございます。ピードモントはアメリカのエアラインでございます。そこへ二十一機売ったわけでございます。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 いまから考えますと、要するにシャーロット社というのはいわばブローカーでございまして、実際にソールエージェントとしてのやる能力、資本、そういった点が欠除しておったということを深く反省しております。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 帳簿価格に一応三%程度の利益をかけたわけでございます。ただ、マーチンのほうは下取りの差損の問題がございまして、これはむしろ低く評価いたしまして、それを別途下取り損という形で計上したわけでございます。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 具体的に積み上げたものではございません。ただ、現実にマーチン一機を、これは日航製で売ったわけでございます。そのときは二万五千ドルで現実に売れたわけでございます。そういう意味でマーチンを四万ドルに評価をして引き取ってもらった、こういう経過でございます。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 具体的にはピードモントエアラインに対する販売を主たる目的とした会社でございます。したがいまして、実際問題としては、そういうところへ売るために、そういうエアクラフトカンパニーを通して売るという契約にピードモントとの間でなっておるわけで、実際の仕事はいたしておりません。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 先ほど申し上げましたのは、私の言い方が悪かったら訂正いたしますが、私の気持ちは、二百二十三万ドルの価格査定は、一応先ほど申し上げました当時の相場に基づいてやったのでございますということを申し上げたわけでございます。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 日航製にそういう中古機の査定をし得るという技術屋は、残念ながらおりません。当時といたしましては、日本における唯一の経験者とすれば、日本航空の中にそういうエキスパートがおられまして、その方等の御意見も承ったと聞いております。したがいまして、残念ながら現在うちの会社でそういう鑑定人的な者はおりません。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 先日も申し上げましたように、前渡金の積算根拠はいかにという御質問でございますが、われわれといたしましては、当時シャーロット社のいろいろなデモフライトあるいはその他の問題に対する協力の度合いということと、初めの契約におきまして一機が売れれば手数料を払う、その事態におきまして相当商談が成立しかかっておりましたので、その範囲内という意味で十五万ドルを支払ったわけでございまして、具体的な精算根拠というものはございません。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 先日も申し上げましたように、四十一年当時YS11の販売状況が非常にお先まっ暗であったということでございますが、そのときにアメリカのローカルエアラインの後継機としてYS11が適当であると、先方からやってきたわけでございます。当時日本は、われわれがかりにアメリカへ持っていっても相手にされなかったということで、向こうから参りましたのに飛びついたわけでございます。シャーロットという会社は、アメリカの、この間申し上げましたように中古

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 私は先ほどは帳簿価格の三%引きと申し上げたわけではございません。と申しますのは、マーチンのほうは下取り差損を別に特別損失として計上いたしておりますので、そのほかのほうはそのままにしてございます。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 シャーロットが参りまして、こういう話があるということで、もちろん通産省にも御連絡をし、また現実にデモフライトその他のときは係官の方にも行っていただいたわけでございます。したがいまして、確かに、当時の状況としてはまあ売れる見込みがない、われわれといたしましては、せっかく日本の技術をもって開発した飛行機がこのままで三十機ないし四十機でおしまいになってしまうということは非常に残念でございますし、最大の販売努力をいたしたつもりでご

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 お答え申し上げます。 新しい飛行機を売る場合に下取り機を引き取ってくる、その下取り機を実際売ります場合には高く売れないということで、今回の場合はシャーロットに対して手数料として払った分がございますが、その差額がいわば下取り差損という形で別途損失として計上してございます。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 私といたしましては、三百八十三万一千ドルで評価されたものは高過ぎる、実際売るとなる場合に高過ぎるということじゃないかと思います。それと、当時でございますが、向こうの手数料のトータルがたしか三百三十何万ドルで、もし請求どおり払うとすれば三百三十何万ドルでございましたので、そういう意味で、実際の市場価格を勘案いたしまして、実際それを売る場合にはそれは売れないという意味で、当然そこで減価をした。具体的な商談のときはそれを二百二十

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 お答えいたします。 価格が、二月十日の場合に三百八十三万ドル、それから四月二十五日が二百二十三万ドルと二段になっております。これは実は、二月十日にいよいよ縁を切るときには、五十万ドルの現金と、この値段につきまして時間的に余裕がなかったということで、先方の了解をとった上で、後日できるだけ正確な値段にしようということで、二月の分はいわばかりの値段でございました。 しからば、四月になって二百二十三万ドルをどういう根拠でや

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 御指摘のように、YS11の販売は全部延べ払いでございますから、現実に全部決算が終わりますのは昭和五十二年ごろになります。そのときの損益予想がどうなるかということでございますが、先般もお答え申し上げましたように、実質で百億以上になるのではないかという見通しに現在なっております。

1970-12-17 衆議院

決算委員会

○宮本参考人 これは厳重な契約を結びまして、大体平均三%くらいの率で、実際やってもらったことに応じて払っておるわけでございます。

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