「小川栄一」の過去の国会発言

発言数 15件

初発言日: 1966-03-31  /  最新発言日: 1973-07-17  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1973-07-17 参議院

建設委員会

○参考人(小川栄一君) 私が埋め立てに対して非常な関心を持ちましたのが——戦争に負けて帰ってきた兵隊さんの若い人はふるさとへ帰ろうとしない。また賠償金は払わなきゃならぬ。援助してくれるほうの勝利国は日本を工業国として育てて賠償金を返してもらおう。そういうような中で日本が今日ある程度経済大国といわれるようになったのは臨海工業地帯が生まれたからだと私は信じています。ですから、この臨海工業地帯が生まれる前はどうであったかと申しますと、戦後の、

1973-07-17 参議院

建設委員会

○参考人(小川栄一君) 私の意見といたしましては、非常に土地の不足しているその間におきましては、埋め立て法の改正はもっと研究すべき余地が十分あるのであって、現状のままでとにかくスピーディーに土地の利用を実行していただきたいと思っておるんであります。 その理由といたしましては、第一に土地と物価の関係でございますが、いずれも今日の政治社会において、政治経済において重要なことでありまして、土地の暴騰があらゆる物価の原因になっておるように思

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 特殊な場所については、それぞれ事情が違いますけれども、私は、三井不動産あるいは三菱地所の例を申しますと、終戦後において、大体平均二倍半ないし三倍になっておると聞いております。それから、国鉄自身とのそういう一方的な問題についても、平均すれば二倍半から三倍というふうに聞いております。そこで私どもは、いわゆる地代の借地としてのものを準則した場合、収益を準則した場合、やはり商慣習というものを一度鑑定していただきたいと思うのでありま

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 お呼び出しを受けました小川栄一でございます。ちょっと経過を申し上げます。 国際観光会館の設立は、昭和二十六年三月でございます。資本金は一億円。当時の観光立国という日本の要請に応じまして、かつて次官でありし平山孝氏が中心となりまして、国鉄の委員を兼ねていた佐藤喜一郎さんなどの協力を得て、開銀融資を受け得るということで、立案されたものであります。開銀融資はわずか一億五千万円でございます。ところが、当時の八重洲口方面に対する

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 さようなわけで、私は第一審の判決に破れましたが、この判決に対してはまだ尽くしていないものがある。要するに構内営業料金としての地代の値上げは、われわれはその基準としては、やはり不動産の、いわゆる商慣習に従うべきものである。また収益に帰存をすべきものである。一方的にやってきた場合に、もしも物価が下がったら下げてくれるか。このごろのように高い土地が下がったら下げてくれるか。そういうようなことをもう一度御審理願えませんか。いまでも

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 私は、この値上げの一方的通告に対する契約には判を押してあります。が、一方的通告にあたっての規則の利用方法、算定方法に対しては、やはり借地法に基づいて、借地法を基準にした商慣習の方式にしていただきたい。不当に下げていただく必要もなければ、世間にいまだかつて例のない上げ方に、私は今後不安に思って、これでは大衆にサービスするビルディングになりませんぞというわけであります。ですから、過去の問題はともかくとして、将来に対する運営方法

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 この構内営業規則をつくられたことに対して、私は不平を申し上げておるのではありません。この運営方法に対して、商慣習を加味していただきたい、こういうことでございます。

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 いま争っておる構内営業規則に対して、私は、一方的通告で上げることについては、お役所が十分に研究されて、もう一つ商慣習を加味していただきたいということをお願しておるのでありまして、これを否定しておるわけではありません。運用方法について、お願いをしておるのであります。しかし、ここで明け渡しまでせよということになりますと、構内営業規則そのものは、そのような力を持っておるものではありません、という段階に入らざるを得ないと思っておる

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 ちょっとややこしいから、もう一度申し上げます。 私がこの土地に建物を建てることを引き受けたその瞬間におきましては、土地の賃貸借であるということであったのであります。そして、その後建物が建ってから、構内営業規則に準じて、この支払いを求めるということになったのであります。そこで私は、この構内営業規則といえども、借地権の上に立っておるという前提を忘れることはできない、ということを深く信じております。信じている、その上の料金の

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 私は、この建物を建てるときには、構内営業規則をかいもく存じておりません。全然存じておりません。土地賃借権の上に建物が建って、その賃借権の上に建った建物につき、料金の算定について、構内営業規則というものは順守されるものである、こういうふうに信じております。

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 私どもは、この構内営業規則を守るべく、一生懸命努力をしてまいりましたが、経済情勢、つまり先ほども何回も申し上げましたように、構内営業規則の算定ならば、構内営業の収入に準じてやるべきではないだろうか、その点と、それから、構内営業なるがゆえに、非常に使用権を制限されております。その使用権を制限されているという二つの問題がネグレクトされて、ここに一方的に通告できるという問題だけを裁判官が取り上げる、ということに対する不満を持って

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 そのことは存じておりますが、たとえ一方的にする場合でも、つまり借地人、私たち建物を建てた者との関係においては、十分な常識的な話し合いの場というものがあって、その規則というものは実行されるものじゃないだろうかという、私は世間通俗の取引というふうに初めから解釈しております。もし、このようなことを最初から押しつけられたら、建物を建てることを引き受けるわけはありません。一億円も穴のあいているものを頼まれて、やるはずはありません。で

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 これは私が、要するに、使用目的を制限されておる、そうして一方的値上げをされるということであったら、この会社は将来何も希望はないぞ、そこで国際観光会館であるから、国際観光のたてまえから、日本で一番大切なものはどこかと申しますと、シーズンオフが非常に多いので、だれも建物を建てないのでありますが、京都に国際ホテルを建てる、そのかわりに東京の使用目的を収益の上がることにして——ホテルというものは五年間はなかなかうまくいきません。最

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 それはつまり、賃料値上げを一回か二回しかしないのでありまして、その問に十数回の地代の値上げを受けておりますから、その事情を話して、借家人の方々には、それに応じていただいたわけであります。ですから、私たちは、つまり百貨店のようなものであるならば、毎年一〇%、二〇%ずつ収益が上がってまいります。しかし建物を貸した場合の大家としては、借家人に対して、地代が毎年上がったから、三年目に上がったからといって、これを転嫁するわけにはまい

1966-03-31 衆議院

決算委員会

○小川参考人 この、問題となっておる国際観光会館の問題は、経営者としての小川栄一が個人保証もし、銀行の保証もしておるわけですから、絶対に私は株主に対して責任をのがれることはできない。したがって、この国際観光会館を独立させて、藤田観光の子会社にしておいて、自余の京都その他は藤田観光に合併してしまう、そうして東京の、この問題になっておるところだけは独立会社にして残しておいて、この根本問題を、でき得るならば訴訟によらずして、つまりは将来に禍根

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