「岡田勢一」の過去の国会発言

発言数 266件

初発言日: 1947-07-01  /  最新発言日: 1954-12-16  /  1 ページ目 / 全体 14ページ

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1954-12-16 衆議院

外務委員会

○岡田(勢)委員 関連して、中川局長にお尋ねいたします。村田全権団の解消されましたことはおつしやる通りでありまして、その後、吉田内閣辞職以前の、これは私の一種の情報でありますが、今説明されましたように、マニラ政府の空気がよほどかわつて参りまして、再び日本の全権団が任命されて交渉を早く開きたいという情勢になつて参つたようでありましたが、吉田内閣の交代いたします少し前に、吉田政府においては村田全権団に参加しておられましたある一人の関係の深い

1954-09-28 衆議院

運輸委員会

○岡田(勢)委員 関連して……。今回の海難事故は日本といたしたましても、海運を始めてから以来の実に未層有の大惨事でありまして、まことに千数百の犠牲者に対してお気の毒な次第であり、断腸の思いにたえないところでございますし、一面またわが日本が海運をもつて国を立てるという建前から申しましても、世界に対しまして一のつ恥辱と考えなければならぬのではないか。その意味からいたしまして、今回の事件を微頭徹尾科学的にまた技術的に、また人為的にも欠陥はなか

1954-09-28 衆議院

運輸委員会

○岡田(勢)委員 総裁はいろいろ詳しくお述べになりましたが、まだ私は疑いを抱きます。今総裁はたまたま鉄道の付随の仕事、あるいは鉄道輸送に対する陸橋の役目を勤める仕事のようにということをいみじくお漏らしになりましたが、そういう考え方を根本的に直されないと、海運――しいて私は海運と申したいのでございますが、かような特殊性のある海運の仕事の任務というものは勤まらぬと思われるのであります。鉄道の方におきましては、あるいはまた鉄道以外の陸運におき

1954-09-28 衆議院

運輸委員会

○岡田(勢)委員 何とかそういうふうな趣旨のもとに、私は国鉄部内における船舶の運営の基本的な考え方を確立していただきたいということを希望いたします。 次に、今度の大惨事につきまして、むずかしい法理論あるいは技術論はさておきまして、まず今お気の毒な数千の犠牲者の方々、この痛恨事、悲惨事に対して国民全体が考えておりますことは、なぜ台風が来つつあるという予報もされておるのに、岸壁を離して出港したか――これはまことに通俗的のことでございます

1954-09-28 衆議院

運輸委員会

○岡田(勢)委員 ごもつともでございます。それでその問題はその程度にいたしまして、最後に私は海上保安庁長官にちよつとお尋ねいたしたい。今回の海難は先ほど有田君からも質問なさつて、あなたが御答弁になつた通りで、狭域の港湾内における突発的の海難事故、しかも先ほど質問いたしました港外退避であつたか、青森航行の決心であつたかどちらか知りませんが、一応防波堤外にアンカーをいたしまして、船長はその船体並びに人命の安全をはかろうとして努力されたであろ

1954-09-28 衆議院

運輸委員会

○岡田(勢)委員 今お聞きしますと、二十二時過ぎにSOSが発せられた。新聞の報道などによりますと、船の転覆いたしましたのはそれから一時間前後のことではないかと想像されます。船長がSOSを発せられました二十二時三十九分ころには情勢が急変しまして、いわゆる伝えられております瞬間風速五十三メートルというような大きなことになつて来て、いわゆる造船規程による船体の風圧面積に対する係数から計算されたいかり、チエーンそれによつては持ち切れない状態が来

1947-12-09 衆議院

本会議

○岡田勢一君 ただいま議題となりました請願に関し、通信委員会における審査の経過並びに採択の理由については、速記録及び報告書に讓りたいと存じます。 一、日程第七五七ないし第七九一、以上三十五件は、これを採択して内閣に送付すべきものと決議いたしました。 二、日程第七九二および第七九三、以上二件は不採択とすることに議決いたしました。 三、請願文書表番号第四八五号、三尾郵便局で外國からの小包特殊取扱の請願は、議院の会議に付するを要し

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 では日程第二より第七に至る請願六件は採擇の上、内閣へ送付するに決しました。 —————————————

1947-12-08 衆議院

国土計画委員会

○岡田勢一君 本請願の要旨を申し上げます。徳島縣那賀川はまれに見る洪水量を有し、古来屡々破堤して惨害を及ぼすことが豫想される。つきましては本工事未完成箇所に對し相當工事費を増額して、昭和二十三年度中に完成願いたいと思ひます。何とぞよろしくお願いいたします。

1947-12-08 衆議院

国土計画委員会

○岡田勢一君 本請願の要旨は、四國地方は岳地帶が多く地勢が急である上、屈指の多雨地であるため、水源地は荒廢し、土砂の流下多く、天井川を形成している。ことに戰時中の濫伐と松根の過堀で降雨ごとに堤防の損壊等ははなはだしく危險な状態にある。ついては、四國四縣の河川改修工事を施行されたいというのであります。何とぞよろしくお願いいたします。

1947-12-08 衆議院

国土計画委員会

○岡田勢一君 本請願の要旨は、進駐軍關係道路及國營バス關係道路以外の各府縣道の維持修繕費に對して國庫補助をしてもらいたいというのであります。何とぞよろしくお願いいたします。

1947-12-08 衆議院

国土計画委員会

○岡田勢一君 本請願の要旨は、災害復舊工事は民主の安定、經濟産業の復活或は國土復興上からも速やかに施行をはからなければならないが、これが復舊費の國庫補助額は數年にわたるため、早急復舊の完遂ができず累次の災害に復舊費は膨張し、被害關係區域民の不安は大で、諸生産上及び必需物資輸送上多大の支障を來している。ついては四國地方の災害復舊費の國庫補助年度割額を二箇年程度に繰上げ増額されたいというのであります。何とぞよろしくお願いいたします。

1947-12-08 衆議院

国土計画委員会

○岡田勢一君 本請願の要旨は、四國地方、殊に愛媛縣海岸は、最近約三十ミリないし一メートルに及ぶ潮位の高昇があつて、海岸工作物の危險に臨んでいるものが多く、一度これが決壊すれば大なる損害を受けることは必然であるが、これが補強費は多額を要して、とうてい地方財政では支辯できない。ついてはこれが被害防除工事費を國庫補助されたいというのであります。

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 會議を開きます。 これより去る五日本委員會に付託になりました請願七件につき審査いたします。紹介議員の都合により私より代つて紹介説明をいたしたいと思います。 まず日程第一、小野新町驛前に郵便局設置の請願を議題といたします。本請願の要旨は、福島縣田村郡小野新町は同郡の東南に位し、戸數千五百餘戸、人口七千八百餘あり、磐越東線の開通以來物資の集散地である。ついては同大字谷津作字平館に郵便局を設置されたいというのであります。

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 では採決をいたします。日程第一、小野新町驛前に郵便局設置の請願は保留し、他の日程第二乃至第七の六件は採擇の上、内閣へ送付するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 次に日程第二、南金澤郵便局に電話事務開始の請願。日程第三、新潟市沼垂に電話分局設置の請願を一括議題といたします。 日程第二の請願の要旨は青森縣西津輕郡赤石村は、交通及び通信機關に惠まれず、他村に比し文化施設に乏しく、住民は二里、三里の道を歩行して電信電話の用を辨じている。ついては本村内南金澤郵便局に電話事務を開始されたいというのであります。 日程第三の請願の要旨は新潟市は裏日本における交通及び通信網の中心地であるが

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 次に日程四、大高根郵便局に集配事務開始の請願。日程第五、與島村を坂出郵便局集配區域に變更その他に關する請願を一括議題といたします。 日程第四の請願の要旨は、山形縣北村山郡大高根村の郵便物は、白鳥局を經由するため多くの時日を要し、平常でも案内状あるいは官廳の指達等は期間に間に合わず、新聞は一日二日遅れる。殊に冬季積雪の際はまつたく停止する状態で、住民の不便は大である。ついては大高根郵便局に集配事務を開始されたいというので

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 次に日程第六、大野郵便局改築の請願。日程第七、岩内郵便局新築の請願を一括議題といたします。 日程第六の請願の要旨は、福員縣大野郡大野町にある大野郵便局は古い建築で、七十坪の狭小な建物であるのみでなく、腐蝕箇所多く、積雪丈餘に及ぶ當地方ではいつ倒壊するかも知れない、また天井も低く、採光通風不良で非衞生的な廳舎である。ついては本局を速やかに改築されたいというのであります。 日程第七の請願の要旨は、北海道岩内郵便局の廳舎

1947-12-08 衆議院

通信委員会

○岡田委員長 次に日程を追加いたしまして陳情書一件すなわち無集配特定郵便局設置に關する陳情書を審査いたします。私よりその趣旨を申し上げますと、山梨縣北巨摩郡朝神村は、縣北部茅ヶ岳山麓に點在する七部落よりなり、五百八十餘世帯、約三千の人口を有しながら、郵便局未設のため、通信は本村中心地より約一里半を隔てた若神子局に、金融關係は約一里離れた隣村穂足局まで行き、用辨しつつあるが、いずれも道路悪く、その間鹽川洪水の際のごときは遠く迂囘路によらざ

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