「岡良一」の過去の国会発言

発言数 4,934件

初発言日: 1954-04-22  /  最新発言日: 1966-10-12  /  1 ページ目 / 全体 247ページ

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1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 通産省の方に長くお待たせしてありますので、まずちょっとこちらへお寄りを願いたいと思います。 私はこの機会に、最近とみに増大しておるベトナム特需に関連して、若干お尋ねをいたしたいと思います。 まず、駐留軍調達機関等の特需契約でございますが、昭和四十一年一月から八月までの間に駐留米軍調達機関APAの公用調達による特需契約高は、物資契約が四千五百九十九万二千ドル、役務契約が三千六百五十万一千ドル、合計八千二百四十九万三千ドル

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 私がいただいた資料によりますと、たとえばその内容でございますが、まずサンドバッグ、あるいはジャングルシューズ、あるいはランディングマット、これは滑走路用の鉄板ですが、それからセメント、アスファルト、建築用資材、木材、小型発電機、発電装置、浄水装置、さく岩機、自動車部品、電話電信機、電機製品、これはトランシーバーも含んでおるが、作業服、防水服、こういうものはだれが見てもこれは兵員そのものの装備、備品であり、あるいは陣地建設用、ま

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 金額の増加、しかも本年度における主要な調達物資の内容、その金額の合計というものを見ますと、ベトナム戦争の熾烈化に伴う、しかも軍需用ないしそれに準ずるものの需要が非常にふえておるということがはっきりしておるということなんです。それはお認めになりますね。 その次には役務の調達なんですが、これも大体昭和四十一年度の上半期、ことしの上半期を昨年の上半期に比べますと、それぞれふえておる。特に船舶の修理は五倍にふえておる。航空機の修理

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 それでは、昨年の十二月の二十六日、クリスマスから北爆をやめました。二月から北爆が再開されました。一月における役務、特に航空機に伴う役務と、二月における航空機等の修理等に伴う役務とは、契約高はどれだけありましたか。ことしの一月と二月。

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 私が調査したところでは、やはり北爆がやんでおった一月は、修理台数、機数だけで十八機、それから北爆が再開されてから二百機をこえておる、金額も相当な増額を来たしておるという資料を私はいただいておりますが、七月はそれでは航空機の修理に関しては契約高は幾らです。八月は幾らですか。

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 こういうふうにとにかく北爆がやまれば飛行機の修理台数、航空機の修理等に関する役務契約が金額的に減少する。しかも北爆が激化すれば、八月の九百五十六万ドル云々という数字は、これは昭和四十年度の航空機修理等に関する役務契約の総額に匹敵する、こういうふうに非常に伸びておる。 それでは局長、今度は第三国向け間接特需なんですが、第三国向け間接持需には、在ベトナム米軍等がベトナムの軍費または経済援助用のAIDの資金で第三国、韓国、タイ、

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 私、まだあとこういうことをいろいろお聞きした上で外務大臣に少しお尋ねしたいと思いましたけれども、だいぶお疲れのようでもあるし、御所用もおありのようですから、きょうあと少し国連憲章との関連で条約局長なり国連局長にひとつおとどまり願って、あとまた政務次官におかわり願うことにして、どうぞゆっくりお休みください、敬老の日にちなみまして……。

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 それで外務大臣もお疲れでお帰りになっていただきましたし、あまり政策的なことは、お尋ねをすることは次の機会にいたしたいと思いますが、若干国連憲章、安保条約等の関係において私ども納得のいきかねることがありますので、まず法律的な観点を中心に若干お聞きをさせていただきたいと思います。 通産省の振興局長もどうぞお引き取りください。 問題は、私どもこの特需の流れというもの、動きというものをずっと検討してみますと、やはりこれがだんだ

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 率直に認められました。 そこで私はさらに近代戦というものの性格から見まして、よく参戦国会議などということがいわれておりますけれども、近代戦の性格から見ると、ただ兵隊さんの員数をやるということだけが参戦ではない。やはりそういう高い技術水準をもって戦闘に直接参加しておる船舶あるいは飛行機の修理をやってやる、あるいはそのための基地を提供し、彼らのために、必要とする重要な建設材料をどんどん補給してやる、こういうようなことをやってお

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 私は事実について、たとえば韓国のジャングルシューズですね、これは大量な注文が米軍からあった。ところが韓国ではゴムもつくれない。二重底のジャングルシューズの中に入れる薄鉄板もつくれない。ゴムもない。そうすれば、日本がゴムをやる、薄鉄板をやる。台湾からセメントをくれといったって台湾のセメントプラントはまだ十分じゃない。だから日本からプラントを買っていって台湾でセメントをつくって、これがそれぞれの南ベトナムの戦争遂行のために必要な飛

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 大臣がおられないから省略しますが、しかし次官の答弁というものは私は理屈は何も通らないと思う。条約局長はたしかおられたと思うのですが、ことしの六月一日に国会で大臣が答弁をしておられて、その一節にこういうことがあるのですね。日本が安全保障条約に基づいてアメリカ軍に施設、区域を提供しておることは、一般論として北ベトナムから敵視され攻撃をされ得る危険もあり得る、こう言っておる。このことははっきり政府自体、外務大臣自身が現在の日本のこの

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 それで、これも一つ教えてもらいたいのですが、この安保条約というやつを見ますと――いずれまた結論は大臣が来られたときに聞くとして、きょうは予行演習で、前提の知恵をお借りしたいと思うのだが、この安保条約の前文でも、これは私から一々読みません。あるいは第一条においても、「国際連合憲章に定めるところに従い、」あるいは「国際連合憲章の目的及び原則に対する信念」というふうに、国連憲章というものを絶えず優先させておりますね。そうすると、そう

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 何も法理論的に交戦国の立場にあるかないかということを私はお聞きしているわけじゃないのですよ。ただ大臣自身が、これは私、速記録を調べたことなんだから、速記録でそう言っておるわけですね。日本の現状というものは北ベトナムから敵視され、また一般論としてですが、攻撃をされ得るのだ、危険もあり得る、こう言っておるわけなんですね。そういうことになれば、それは局長は宣戦布告のない戦争だから戦争じゃないと言うが、しかし、このごろの戦争なんという

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 政策問答はやめまして、私どもも法律にはしろうとだが、しかしこれもこの前、いつか聞いたときには、この施設、区域等の提供は、安保条約の第六条に基づく地位協定に基づく日本の義務であるということを言っておられたのですね。国と国との条約に基づく義務として、これらのものが調達され、送られて、それが戦争のための資材として、施設として役立っているわけですね。そうすれば、事実問題とすれば、これはやはり戦争に対する協力行為ということに結果としてな

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 それでいいんだ。だから問題は、国と国との、アメリカと日本との安保条約があり、第六条に基づく地位協定というものが従前からあり、したがって、地域、施設等の提供に対しては、向こう側の自由なる選択にまかさなければならない義務を負っておるわけですね。したがって、その義務を遂行することが、ベトナム戦争の実態においては、事実上アメリカのベトナムにおける軍事行動に協力しておるという結果を来たしておる。これはやはり国がそういう条約を結んでおるか

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 これは九月八日の日に内外情勢調査会でマクスウェル・D・テーラー、これは南ベトナムの大使をしておられた人だ、この人がこういうことを言っているのですよ。内外情勢調査会の講演ですね。「ちょっとお断わりしておきますが、私の見解は個人的なものでありまして、決してアメリカ国民や政府職員の正式のスポークスマンとして意見を述べるものではありません。しかし、私も現在のアメリカの政策決定に参画した一人ですから、現在の私の見解が政府の政策から大幅に

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 しかしこれが武力の行使の以前には、武力を置かなければならないでしょう。それが顧問団という形式におけるいわば戦いの指揮その他についてのアドバイサーとして置かれてきたというわけでしょう。それが事実上の武力の行使というところまで兵力が拡大されてきた。だからその端を発しておるのは、すでにそうしたことも含めての援助というものを決意し、それを与えることを行動に移したという、それが十二年前のジュネーブ協定のときであるということ、そのことが私

1966-10-12 衆議院

外務委員会

○岡委員 この憲章違反がたくさんあるので、一々条約局長とやっても、まるでカエルの顔に水をかけているようなかっこうで、こっちもくたびれますからこれでやめます。今度一ぺんまた早い機会にぜひ開いていただいて……。

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