「岡部邦生」の過去の国会発言

発言数 70件

初発言日: 1947-08-06  /  最新発言日: 1961-06-06  /  1 ページ目 / 全体 4ページ

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1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) 電源開発株式会社の岡部理事でございます。資料につきまして御説明いたします。田中委員の御質問は只見川でありますこと、並びに反対者が五、六名ということでございましたので、おそらく田子倉地点の補償のことだと思いますので、その補償状況につきましで御説明いたします。 第一に、土地買収交渉の概要でございますが、これはミスプリントでございまして、昭和二十七年十月というのは二十八年九月に御訂正願いたいと思います。その二十八年

1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) 今の田中委員のお話は、たぶん二十九年四月の福島県知事が調停に入りました金額のお話ではなかろうかと存ずるのでございますが。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) 大体お話の通りでございますが、ただ収用委員会で収用いたした分もございます。 それから先ほどのお話でございますが、お話のように収用申請価格と基準とが違いますことにつきましては、土地建物その他につきましては同一の価格をとっております。ただいわゆる早期対策協力費とかいうものにつきましては、協力を願わない関係がございますので、その点を減らしてあるわけでございまして、いわゆる物件の価格等につきましては差異はございません

1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) 裁決はまだ下っておりませんのでございます。その間に任意和解したわけでございます。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) この(ロ)に書きました反対者所有のうち着工に必要な土地につきましては、収用委員会で裁決いたしまして収用いたしたわけでございます。その残りの着工に必要でない水没地帯の土地につきまして、あとで収用裁決いたしまして申請いたしまして、それが和解をいたしたわけでございます。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) 私ども存じておりますところでは、収用委員会は収用委員会独自の立場で御判断されたと思います。

1961-06-06 参議院

建設委員会

○参考人(岡部邦生君) 先ほど申しました説明で言葉が足りなかったことをおわび申し上げますが、もちろん補償料を算定いたしますときには、借地権あるいは耕作権というものの補償、それから建物価格、建物移転の補償、それから営業補償、上毛補償、樹木伐採補償、その他こういったものにつきまして、補償というものはこまかくこれは別に、こういう場合はどれだけであるというような基準について内規は作ってありませんが、一々そのことにつきまして外部の第三者の方に相談

1956-12-05 衆議院

決算委員会

○岡部証人 四回と言うておられますが、これは建石さんの間違いで五回だと思います。一回は東京で二十九年ごろに、反対運動にこられましたときに私はお目にかかっております。

1956-12-05 衆議院

決算委員会

○岡部証人 死守会とは、ことしの春以来何とかして賛成の方向に持っていっていただきたいということを従来とも種々お願いをしておったのでありますが、ちょうど久しぶりで御母衣へ参りまして死守会の方に会わずに帰るわけにも参りませんので、一応新総裁更迭後のごあいさつをしたいということで面会を申し込んだわけでございます。

1956-12-05 衆議院

決算委員会

○岡部証人 田中先生のおっしゃいますような考え方もできると思いますが、当時総裁、副総裁と話をしましたときに、先生たちの御出張の御予定が非常に強行軍でございましたので、一日前にゆっくり行って現場でお目にかかってこいと指示されて、一日前に参ったわけであります。

1956-12-05 衆議院

決算委員会

○岡部証人 お答えいたします。ちょうど十月の三十日だったと思いますが、気分がすぐれませんので、医者の診断を受けました。そのときに第六肋骨にひびが入っておるということが発見されまして、同時に血圧をはかりましたところが百でございまして、従って医者から旅行その他一切やめた方がいいということを言われておったのでございます。

1956-12-05 衆議院

決算委員会

○岡部証人 それで当委員会が御出張になりますことがわかりましたので、さらに随行いたします者が必要でございますので、医者にもう一度見てもらいました。それがちょうど十一月五日だったと思います。医者はやはり健康状態から見て、旅行はやめた方がいいということを言うたのでございますが、総裁、副総裁にその話を申しましたところ、ほかに行く者がないからどうしても無理に行ってくれ、従って随行は御遠慮して現地でお迎えするようにすればいいということで、そういう

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