ロッキード問題に関する調査特別委員会
○証人(島田豊君) これは……
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発言数 1,418件
初発言日: 1964-12-16 / 最新発言日: 1976-06-30 / 1 ページ目 / 全体 71ページ
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○証人(島田豊君) これは……
○証人(島田豊君) 認められなかったと思います。
○証人(島田豊君) そこで幹事会で結論を得ませんので、場所を後藤田副長官の部屋に移しまして関係省庁集まって、さらに引き続き協議をしたと、討議をしたということでございます。そしてホテルニュージャパンの方は夜であったというふうに記憶しております。
○証人(島田豊君) 逐一内容を記憶しておりませんけれども、国産を主張します防衛庁。それから大蔵省はこれに対しまして輸入論を唱える。それから海原事務局長の方は新しい支援戦闘機のFST2改についてまだ開発段階のものでありますので、これについて疑問を出すと、こういうふうないろいろな議論のやりとりが行われたように記憶しております。
○証人(島田豊君) ホテルニュージャパンにおいて技術的な検討をいたしましたが、結局、どうもこの問題については幹事会で結論を得ることがむずかしくないかと。したがいまして、数案をつくってこれを国防会議議員懇談会に上げたらどうかというふうな意見が出ておったように思います。
○証人(島田豊君) そのとおりでございます。
○証人(島田豊君) これにつきましては、幹事会においては余り議論をいたしておりません。結局、その七日の日の幹事会でこの問題については関係省庁でもう少し詰めたらどうかということで、結局関係省庁でいろいろ協議いたしたけれども、これについては合意を得ておらないということをそこで披露いたしまして、それでこの問題については国防会議の審議にこれを上げようと、こういうことを申し合わせしたのでございます。
○証人(島田豊君) これについてはそれ以前から、六日の日の議員懇談会から話が続いておるわけでございまして、この問題はやはり四次防の中でも非常に大きなプロジェクトでございますし、当然国防会議のマターである、こういうふうなわれわれ認識でございましたので、この問題は幹事会で結末がつけられない限り、これはやはり国防会議で審議していただくというようなこと、それが適当であるというふうに判断をいたしたわけでございます。
○証人(島田豊君) 承知しておりません。
○証人(島田豊君) 承知しておりませんでした。
○証人(島田豊君) 全然承知しておりません。
○証人(島田豊君) そのことは承知しておりませんでした。
○証人(島田豊君) そういう事実はないと思います。
○証人(島田豊君) そのとおりでございます。
○証人(島田豊君) まあ久保君の発言については、私もどういうふうな発言をしたかちょっとわかりませんので、それについてはちょっと差し控えます。
○証人(島田豊君) これは幹事会の後、この問題については幹事会で結論を得ませんので、官房副長官の部屋に場所を移しまして関係者でさらに議論をいたしました。それでもなかなか議論が尽きませんので、夜のホテルニュージャパンに場所を移したということでございまして……
○証人(島田豊君) その状況を見ておりましたけれども、私もその場所へ行ったり、あるいはほかの場所へ行ったりという状況ではなかったかと、いまから考えてみると思うわけでございまして、そこへ私はつき切りでおったという状況ではなかったわけでございます。
○証人(島田豊君) その際に筒井君に来てもらいまして、いろいろ海原氏の疑問に対してこれを解明する、こういう手続をとったわけでございます。
○証人(島田豊君) 当時のMDAOの所長がスタッダード大佐でございますれば、会ったことがございます。
○証人(島田豊君) 次官になってから来られたことがあると思います。