「川島正次郎」の過去の国会発言

発言数 2,079件

初発言日: 1954-04-20  /  最新発言日: 1969-12-02  /  1 ページ目 / 全体 104ページ

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1969-12-02 衆議院

本会議

○川島正次郎君 私は、自由民主党を代表して、昨日の佐藤総理の所信表明に関し、主として沖繩返還交渉の成果を中心に、若干の質問を試みたいと存ずるものであります。(拍手) 佐藤内閣は、組閣以来、アジアの平和とわが国の安全、独立並びに国民生活の安定向上を国策の基調として、外交面では日韓基本条約の締結、小笠原諸島の返還など、輝かしい成果をおさめ、内政面では日本を国民総生産量において世界第二位に向上せしむるなど、顕著な業績をあげたのであります。

1969-07-16 衆議院

本会議

○川島正次郎君 先例によりまして、私は、議員一同を代表して、ただいま御当選になりました議長及び副議長に対し祝辞を、また、前議長及び前副議長に対し謝辞を申し述べたいと存じます。 (拍手) ただいま、松田竹千代君が本院議長に、藤枝泉介君が本院副議長に当選いたされました。われわれ一同、ここに衷心より祝意を表する次第であります。(拍手) 両君は、ともに、議会政治に対し多年の経験と豊かにしてすぐれた識見を有せられ、本院を代表するこの重職

1965-12-24 衆議院

本会議

○川島正次郎君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員河上丈太郎君は、去る十二月三日、病のため、静岡県の療養先で逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼のことばを申し述べたいと存じます。(拍手) 河上君は、明治二十二年一月、東京都港区新橋の材木商を営む旧家にお生まれになりました。父君は敬虔なクリスチャンで、君もまたその感化を受けて早くからキリスト教を熱

1963-07-05 衆議院

オリンピック東京大会準備促進特別委員会

○川島国務大臣 佐藤さんと同じように考えておりまして、できるならば独立した競技場を持ちたいと思っております。ただ、来年の十月に迫ったオリンピックに間に合うか、間に合わぬかという問題があります。地所につきましても最後的にまだ確定をいたしておりませんし、規模、予算などについても検討しておるのであります。その点私は心配しております。政府としてはまだ最終的決定をしていない、気持ちとしては、つくりたいということは考えております。

1963-07-05 衆議院

オリンピック東京大会準備促進特別委員会

○川島国務大臣 敷地につきましては、従来三、四カ所の候補地を物色しておったのですが、いずれも故障がありまして、最後に代官町、あそこならばよかろうということにほぼなっておるのですが、まだこれも決定をいたしておりません。 それから財団法人日本武道館がやるのですが、武道館のいまの計画は、国の補助金と、それから自分でつくる寄付金と、両方でやることになっている。はたして寄付金ができるか、できないかといことの見当もついておりません。それに規模の

1963-07-05 衆議院

オリンピック東京大会準備促進特別委員会

○川島国務大臣 私は非常に熱心にこれを主張しておりますが、何しろ、もう一年くらい前にこれへ着手すればできるのですが、最近にこの問題が具体化しょうとしまして、時間的に非常におくれておることを心配しておるのであります。やはり各方面との折衝もあるものですから、どうなりますか、私はつくりますという断言はできないのですが、気持ちとしては、佐藤さんと同じような気持ちで働いております。

1963-07-05 衆議院

オリンピック東京大会準備促進特別委員会

○川島国務大臣 田中さんの御意見にも大賛成であります。そのとおりに私も考えております。実は水泳場を直して柔道場にするというのは一カ月か二カ月前に初めて聞いて、何とくだらぬことをするんだろうと私は思ったのです。そこで、かねて計画がある財団法人日本武道館の人々に私がハッパをかけて、早く地所を探さぬか、建設は受け合うからといって、田中君にも赤城君その他にも申し上げて、土地探しをやったのだが、なかなか土地がなくて、ようやく最近になって、大体代官

1963-07-05 衆議院

オリンピック東京大会準備促進特別委員会

○川島国務大臣 IOCの委員である東君から報告を受けたのでございますが、先月の四日、五日にローザンヌで開かれましたIOCの実行委員会に正式にこの問題を取り上げてもらいまして討議した結果、この問題は一切IOCの会長、副会長にまかせるということになったそうであります。そこで会長が、インドネシアとの話し合いをする仲介者としてソビエト代表の人に依頼したところが、快く引き受けられて、いまソビエト代表の人がインドネシアとIOCの間の折衝をしていると

1963-07-05 衆議院

オリンピック東京大会準備促進特別委員会

○川島国務大臣 建築制限の問題につきましては、松澤政務次官を中心にして先般来検討をいたしております法律も、せっかく改正成立することになっておりますから、何とかこれを時期を早めて施行するようにしたい、こう考えて、なお関係当局とよく連絡をとって御希望に応ずるように努力したいと思います。

1963-07-04 衆議院

本会議

○国務大臣(川島正次郎君) 臨時行政調査会の下部機構でありまする専門委員会におきましては、教育行政につきましていろいろの角度からただいま検討しておりますが、まだ結論は出ておりませんし、行政調査会にも答申をいたしておりませんし、政府も全然内容を知っておりません。したがいまして、今日はこれに対して政府の意見を申し上げる段階ではございません。 また、拒否権につきましては総理大臣のとおりでございます。(拍手) 〔国務大臣志賀健次郎君登

1963-06-28 衆議院

本会議

○国務大臣(川島正次郎君) 北海道開発局の施行します公共事業につきましては、なるべく炭鉱離職者を使うように指導いたしております。(拍手) 〔国務大臣小沢久太郎君登壇〕

1963-06-28 衆議院

本会議

○国務大臣(川島正次郎君) 地方の行政監察局は、国家の行政機関を監査する仕事でありまして、したがいまして、地方公共団体に移譲する仕事は何も持っておりません。 また、北海道開発局は、北海道知事とお互いに緊接な連絡をとりまして、北海道発展のためにただいま非常に尽力いたしまして、したがいまして、今日におきましては、その仕事を北海道庁に移譲する考えは持っておりません。(拍手) 〔国務大臣大橋武夫君登壇〕

1963-06-11 参議院

内閣委員会

○国務大臣(川島正次郎君) ただいまの附帯決議の趣意は、適当の機会に閣議等で私から申しまして、これを実行できるように、ひとつ努力いたしたいと思います。

1963-06-11 参議院

内閣委員会

○国務大臣(川島正次郎君) 公社公団のあり方、運営の方法並びに最近に公社、公団、事業団がふえるその事情等につきましても、鶴園さんの御意見私ども全く同様に考えるのです。それでこそ今度こういう法案を出したわけでありまして、従来は行政管理庁に関係なしに、審査なしにこれができておったのですが、今後は行政管理庁に統一しまして十分内容を審査して、絶対必要というものだけを許す、こういうことなんでありまして、言うなれば今までのやり方が少しルーズであった

1963-06-11 参議院

内閣委員会

○国務大臣(川島正次郎君) ただいまの御意見まことにごもっともでして、実は私、そこまで気づかずにおったのであります。実態を調査いたしまして、弊害がありますれば、これを禁止する立法措置をとるようにいたしたいと、かように考えます。

1963-06-11 参議院

内閣委員会

○国務大臣(川島正次郎君) 過去のことは私はあまり知りませんが、少なくとも私が行政管理庁長官になりまして以来、官庁の機構の拡大、定員の増などにつきましては、この関係役所は行政管理庁と大蔵省でありますが、行政管理庁で認めたものに大蔵省が予算をつける一次的に行政管理庁でまず審査をいたしまして、行政管理庁で認めれば大蔵省は無条件に予算をつける、行政管理庁が認めなければ予算はつけない、こういう方針で三十七年度予算も三十八年度予算も編成をいたして

1963-06-11 参議院

内閣委員会

○国務大臣(川島正次郎君) 公団、公社、公庫等の審査、人員はただいま申し上げたとおり、局内で連絡調整する一人の管理官がおりますが、あとは各省別のそれぞれ管理官を置きまして、そのもとで審査しまして、それを連絡調整するために一人の管理官を置くというのが今申し上げた内容でございまして、これでやりまして大体いいんじゃないか。従来の官庁機構と同じようなやり方でやっていいんじゃないかと思いますが、なおそれで不十分でありますれば、適当に考えます。

1963-06-10 参議院

予算委員会

○国務大臣(川島正次郎君) 根本秘書官が、選挙に関係があって疑惑があると新聞にも出ましたので、非常に迷惑をかけて申しわけないからひとつやめたい、こういう申し出が七日の日にありましたので、即日免官にしたのであります。これは官房長官と相談しました。

1963-06-10 参議院

予算委員会

○国務大臣(川島正次郎君) 先般、読売新聞に根本に関する記事が出ましたし、また衆議院でも予算委員会で質問がありました。御迷惑をかけているからやめたい、こういうことであります。

1963-06-10 参議院

予算委員会

○国務大臣(川島正次郎君) 私はこの問題につきまして、新聞記者会見で意見を言ったことはございません。ただ、私の郷里では、千葉県の選挙に関しましては、幾人かの秘書がおりまして、それに全部まかせてある。私としては、千葉県選挙には全然関係いたしておりません。

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