「平井磨磋夫」の過去の国会発言

発言数 63件

初発言日: 1978-06-06  /  最新発言日: 1987-03-24  /  1 ページ目 / 全体 4ページ

発言データをコピーしてAIに貼り付けると思想・価値観・主義主張などの分析ができます
※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。

📊 統計データを集計中です。しばらくしてからページを再読み込みすると表示されます。
1987-03-24 衆議院

大蔵委員会

○平井参考人 先生御指摘のとおりただいま第二のターミナルビルにつきまして計画を練っておるところでございまして、間もなくこれを設計に移し、実施に移したいというふうに考えております。

1987-03-24 衆議院

大蔵委員会

○平井参考人 第二ターミナルの建設に当たりましては、やはり二十一世紀に向けましての日本の表玄関として十分な評価の得られるような立派なものにいたしたいというふうに考えております。現在の旅客ターミナルビルでございますが、確かに御指摘のようないろいろな問題点が出てまいっております。計画が非常に効果を発揮している面もございますけれども、やはり問題点、隆路といったものもいろいろと出てまいっております。私どもの九年間のこのビルの運営の経験から、こう

1985-05-30 衆議院

内閣委員会

○平井説明員 MU2機に対します管制指示の件でございますが、先ほど防衛庁からの御答弁にもありましたとおり、滑走路の十八番への地上滑走の許可を求めてまいりまして、管制塔からこれを許可し、誘導路のEの八というところにおきまして、滑走路の手前で待機するように指示をいたしました。その後MU2型機から、特別有視界飛行方式による飛行の許可を求めてまいりました。管制塔がこれに対して特別有視界飛行に係る許可を与えたわけでございますが、まだ離陸をしてよい

1985-04-12 衆議院

運輸委員会

○平井説明員 横田の上限の削減につきましては、過去にもいろいろ削減を求めまして、無限であったものを四万一千まで減らし、さらに五十八年には二万三千まで減らしたということで、徐々に削減をしてきておるわけでございます。確かに西向きに飛んでいく飛行機のためにもう少し低ければということはございますので、いろいろ話し合いはしておるわけでございますが、それを一万というふうにするのか、八千というふうにするのか、あるいはもう少し上に抑えるのか、その辺につ

1985-04-12 衆議院

運輸委員会

○平井説明員 確かにピーク時には相当なロードがかかるわけでございます。そのことをも踏まえて今後いろいろ考えていかなければならないと思っております。労働組合あたりからもいろいろと御要望は承っておる次第でございます。

1985-02-15 衆議院

予算委員会

○平井説明員 お答え申し上げます。 民間航空機が洋上飛行いたしておりますときには、一三〇〇のコードの符牒を出して飛んでおるはずでございます。(大出委員「別表2は」と呼ぶ)ちょっと御質問が聞き取りにくかったものでございますから、失礼いたしました。

1984-07-31 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) ロメオ20の開設の時期でございますが、これは、昭和五十七年の三月十八日九時一分、これは日本時間でございます、このときに開設をいたしております。この事故の後、五十八年の九月三日〇〇四四分、一度クローズいたしましておりますが、現在では、五十八年の十月三日の午前四時零分からまた再開いたしておるということでございます。この大韓航空の事故以前あるいは再開後、全く事故というものは起こっておらないわけでございます。頻度につき

1984-05-17 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 年間の離着陸回数十六万回でございますが、今回の計画は若干滑走路等が短くなったということはございますけれども、滑走路一本の能力といたしまして十六万回をこなすということにつきましては、伊丹の大阪国際空港が存続した場合でも十分安全に運航ができる、このような計画にいたしておるわけでございます。

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) これは羽田から取り寄せました当日のデータでございますから、もとの記録はあると思っております。

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) お答え申し上げます。 年間離着陸回数十六万回と申しますのは、滑走路一本の場合につきまして、ピークの時間、一番込んでおる時間でございますが、そのときに一時間当たりの処理能力というものがございますが、それをもとにいたしまして一日で処理できる回数を出します、それをもとにしまして年間の運航回数にするという計算をやって出したものでございます。 二十六万回と申しますのは、飛行場全体が完成いたしまして滑走路が三本でき

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 十六万回、二十六万回という運航が新空港で行われるわけでございますが、この場合、大阪国際空港が存続する場合としない場合、こういうことの両方が考えられるわけでございますが、私どもといたしましては、そのどちらになってもいいように、つまり大阪国際空港が存続した場合というものも考慮に入れまして、また八尾空港というのが大阪空港の進入経路の直下近くにございますが、その辺の存在も考慮に入れまして、全体の飛行経路を検討いたしてま

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 西の方の路線でございますが、大阪からはまず四国方面で高松、これはYS11で一日十往復やっております。それから徳島がYS11で十往復。高知がボーイングの767で一往復とYS11で二十往復の合計二十一往復。松山でございますが、767と727合計六往復。福岡がボーイング747、ジャンボでございますが、これとDC10、ロッキードの一〇一一、ボーイング767の合計で八往復でございます。それから熊本がロッキードの一〇一一と

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 空域の容量といたしましては十分あるというふうに考えております。例えばニューヨークのような空域でございますと、三つの大きな空港がございますが、それ以外に十数カ所の小型機空港もございます。そういうものを抱えまして年間百万回ぐらいをこなしておるということでございます。サンフランシスコ地域でもやはり六十万回ぐらいをこなしておるということでございまして、将来私どもも、運航回数が相当ふえてまいりますれば、広域管制と申します

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) ただいま先生御指摘になりました併用の場合でございますが、私冒頭にお答え申し上げましたように、併用の場合も検討しているわけでございます。併用の場合でも十分安全間隔はとれるようにということで計画をいたしております。で、先ほど御指摘になりましたように、淡路島の南の端の方で北からの進入の場合に出発機と交差するということが確かにございますけれども、ここのところでも高度差がかなりとられておるわけでございまして、伊丹から離陸

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 本年の一月十九日に大雪が降りまして、成田及び羽田の両空港とも飛行機の発着に非常に障害を受けたわけでございます。 羽田につきましては、実は雪以外に視程が非常に悪くなりまして、午前九時五十八分から午後の四時五十四分、夕方の五時近くまで、視程がいわゆる限界の距離よりも短くなったということでございまして、完全に…

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) まず九時五十八分に視程が、滑走路視距離と申しますが、RVRと呼んでおりますが、これが五百五十メーター。着陸不可能ということになりまして、以来ずっと視程が悪うございまして十時二十七分現在で四百メートル。このときが一番悪いわけでございますが、それから十六時四十六分に五百メートルという状況でございます。RVRで六百メートルというのが限界になっておりますので、飛行機が一機も離着陸できなかったという状況でございます。九時

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 御質問の管制の間隔の詳しいデータまで本日持ち合わせておりませんので、後でよく調べてみたいと思います。

1984-05-15 参議院

運輸委員会

○説明員(平井磨磋夫君) 「新東京国際空港除雪作業実施要領」というのがございますが、これには、除雪の開始につきましては、「滑走路、誘導路及びエプロンの積雪が五cm以上になったとき、或いは五cm以上積ると予想された時、」云々というふうに表現されております。

← トップへ戻る