「成田知巳」の過去の国会発言

発言数 1,139件

初発言日: 1947-07-29  /  最新発言日: 1977-02-03  /  1 ページ目 / 全体 57ページ

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1977-02-03 衆議院

本会議

○成田知巳君 私は、日本社会党を代表し、施政方針演説について質疑を行うに当たりまして、社会党は、政府・自民党の個々の政策に対し具体的対案を用意し、さらに進んで、政府の政策体系全体についても、これにかわる国民的革新的政策路線を提起しながら、国会での積極かつ徹底した審議を行う方針であることをまず明らかにし、以下、内外の重要政策につき質問いたすものであります。(拍手) 昨年の総選挙で歴史的敗北を喫した自民党・三木内閣は、国民の審判に服し責

1976-01-26 衆議院

本会議

○成田知巳君 私は、日本社会党を代表いたしまして、総理の施政方針演説に対し、変革の時代と言われている今日、日本の内外政策はどうあるべきかにつき、われわれの立場を明らかにしながら質問いたしたいと存じます。(拍手) 三木内閣誕生以来、われわれは一貫して早期解散を主張してまいりましたし、総理自身も何回か解散に踏み切ろうとなされたはずですが、自民党内派閥の思惑に縛られ、解散できず今日に至っております。果たして、三木総理の意志で、総理の手で解

1975-12-19 衆議院

本会議

○成田知巳君 私は、日本社会党、日本共産党・革新共同及び公明党を代表し、ただいま議題となりました三木内閣不信任決議案の趣旨説明をいたします。(拍手) まず、決議案文を朗読いたします。 本院は、三木内閣を信任せず。 右決議する。 〔拍手〕 私は、昭和四十八年九月、本議場で、田中内閣不信任案の提案理由説明の際、冒頭、「内閣誕生以来、今日まで一年有半を経過いたしましたが、各種の世論調査の示すように、田中内閣ほど国

1975-06-13 衆議院

本会議

○成田知巳君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員佐藤榮作君は、去る六月三日慈恵医大病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 ここに、私は、皆さんの御同意を得、議員一同を代表して、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手) 日ごろ頑健そのものであられた佐藤さんの思いがけない逝去の報に接しまして、保守政界の巨星ついに落つの感を深くしたのは、私一人ではなかったと思います。いまここに立って、かつ

1975-01-27 衆議院

本会議

○成田知巳君 私は、日本社会党を代表し、三木内閣の外交、内政の基本についてお尋ねいたしたいと存じます。 総理の率直な答弁をお願いしたいと存じます。 日本の最近の政治経済の激動は、六〇年代後半を境として、一つの時代が終わりを告げ新しい時代の幕あけが始まりつつあることを示していると思います。 戦後の長い間の保守支配を支えてきたものの一つは、日米安保体制であり、他の一つは、いわゆる高度経済成長路線でありまして、自由民主党の諸君の好

1974-01-23 衆議院

本会議

○成田知巳君 激しく動く内外の情勢、狂乱状態の物価高のもとで、国民の皆さん方は、再開国会の審議を、不安と期待の入りまじった複雑な気持ちで見守っておられると思います。 私は、日本社会党を代表し、政府の内外政策について具体的に問題の所在をただし、その対応策を明らかにしていきたいと存じますので、総理も、多弁と饒舌で問題の核心をそらされることなく、簡明率直に見解を明らかにされ、国民の期待にこたえていただきたいと存じます。(拍手) 質問に

1973-09-22 衆議院

本会議

○成田知巳君 私は、日本社会党、日本共産党・革新共同及び公明党を代表し、ただいま議題となりました田中内閣不信任決議案について、提案の趣旨を説明し、同僚各位の全面的御賛成をいただきたいと存じます。(拍手) まず、決議案文を朗読いたします。 本院は、田中内閣を信任せず。 右決議する。 〔拍手〕 田中内閣誕生以来、今日まで一年有半を経過いたしましたが、各種の世論調査の示すように、田中内閣ほど国民の支持が短期間のうち

1973-09-22 衆議院

本会議

○成田知巳君(続) このでっち上げともいうべき多数によって行なわれる強行採決が、はなはだしく民意に反した結果をもたらし、議会と国民との間の断絶、国民の政治不信を深め、議会制民主主義の崩壊を招来する危険を持っていることは、言うまでもないことであります。 田中内閣は、この虚構の多数さえ近い将来維持することが困難と見るや、施政方針演説にも触れなかった小選挙区制を突如として取り上げ、四〇%の得票で八〇%の議席を獲得せんとする暴挙さえ企てたの

1972-10-30 衆議院

本会議

○成田知巳君 一昨日の総理の所信表明演説は、田中内閣の国民に対する、いわば最初の公式の訴えでありました。それだけに、国民の中には期待を寄せた方も多かったと思いますが、結果は、残念ながら平板なことばの羅列に終始したのであります。(拍手) 国民が総理演説から感じ取ったものは、田中内閣の政治姿勢は佐藤政治の惰性の政治から一歩も出ていない、およそ自主独立の外交とか、庶民の政治とは無縁のものであったということだと思います。(拍手) 以下、

1971-12-24 衆議院

本会議

○成田知巳君(続) 会期延長を多数の力で押し切られたのであります。言うこととなすことの不一致、これよりはなはだしいものはございません。目的のためには手段を選ばぬ陰湿なマキャベリストとしての総理の政治姿勢を、国民とともに、きびしく指弾するものであります。(拍手) さらに、総理は、自衛隊の沖繩への大量派遣を米国に約束して、日米共同作戦体制を強化するとともに、ニクソン・ドクトリンに基づき、アメリカの極東戦略を肩がわりし、日本自身のアジア進

1971-12-24 衆議院

本会議

○成田知巳君(続) これが裁判ならば、政府に黒の判決が下ることは…… 〔発言する者あり〕

1971-12-24 衆議院

本会議

○成田知巳君 私は、日本社会党、公明党並びに民社党を代表し、ただいま議題となりました佐藤内閣不信任決議案について、提案の趣旨を説明し、同僚各位の全面的な御賛同を得たいと存じます。(拍手) まず、決議文を朗読いたします。 佐藤内閣不信任決議案 本院は、佐藤内閣を信任せず。 右決議する。 〔拍手〕 佐藤総理は、本臨時国会での所信表明演説の中で、国際秩序は戦後体制のワクの中では処理しきれなくなったと告白さ

1971-12-24 衆議院

本会議

○成田知巳君(続) 間違いないといわなければなりません。 総理、あなたが国民に公約し続けてきた、核はつくらず、持たず、持ち込まないといういわゆる非核三原則は、すでに破られていると国民が考えても、それは当然ではないでしょうか。 また、共同声明第四項には、「韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要であり、台湾における平和と安全の維持も日本の安全にとって重要な要素である」とうたっております。これを受けて、総理は、ワシントンでの演説で、万

1970-02-17 衆議院

本会議

○成田知巳君 一九七〇年代の幕明けの国会に臨むにあたりまして、今後の日本の政治、経済、外交はどうあるべきかについて、党の考え方を国民に訴え、国民の批判を求めることは、われわれ政党に課せられた責務だと考えるものであります。(拍手) いま日本国民は、七〇年代の日本が進むべき道として、憲法秩序を守る道か、それとも、これとは原理的に相いれない安保体制強化の道を選ぶかの選択の前に立たされておるのであります。 私は、憲法を守り、平和と民主主

1969-12-02 衆議院

本会議

○成田知巳君 この第六十二臨時国会は、おそらく後世の歴史家から、日本の運命の大きな曲がりかどであったと評価される国会になると思いますが、私は日本社会党を代表し、日米共同声明を中心に、内外政治のあり方について、総理にお尋ねしたいと存じます。(拍手) 今国会が解散国会であることは、すでに既定の事実となっております。だとすれば、当面の重大案件を処理した上で解散するのが、政府と国会の、国民に対する共通の義務だと思います。(拍手) 案件の

1969-01-30 衆議院

本会議

○成田知巳君(続) 強大な軍事力も、国民の祖国愛に基づくレジスタンスの前にいかに無力であったかを示す世界の歴史を見ればおのずから明らかであり、われわれはこの歴史の教訓に学ばなければなりません。(拍手) 以上の立場から総理にお尋ねしたいのは、日中友好、国交回復の問題でございます。 佐藤内閣は、中国の核脅威と文化大革命による混乱を気違いのように宣伝してきましたが、総理もすでに認められておるように、文化大革命は収束の段階に入っています

1969-01-30 衆議院

本会議

○成田知巳君 施政方針演説に対する私たちの代表質問が、われわれの反対にもかかわらず、深夜国会で行なわれるというこの異常な事態こそ、一九七〇年を前にしての政界の今後の動向、特に、私たちと政府・自民党とのきびしい対立を浮き彫りにしたものであり、私たちは、ますます安保廃棄の不退転の決意を強めた次第であります。(拍手) 一九七〇年を明年に控え、以下、私はすべての国民が重大な関心を寄せています内外政治の基本について、日本社会党を代表し質問をい

1967-12-11 衆議院

予算委員会

○成田委員 条約局長、少し的はずれの答弁をしていらっしゃるのですがね。私は地域の三つの条項というのは知っておりますが、そうじゃなしに、信託統治制度の目的というのは、民度の低い、自治能力のない住民、これを対象にしているのが信託統治の目的じゃないか、目的を言っているのですよ。地域を言っているわけじゃないのですよ。 それから、サンフランシスコ条約の第三条の問題ですが、アメリカは権利の放棄をしてない、義務を規定したものじゃないと、こう言われ

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