成田知巳 に関する国会発言
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○渡辺秀央君 おはようございます。御苦労さまでございます。 まず冒頭に、この法案について私どもは賛成の意を表して、質疑をさしていただきたいと思います。 しかし、こういう機会でもあるし、また、先ほど来の同僚議員の質疑にありましたように、発電所その他の大臣の御下命で総点検が行われたことでもありますし、来々、話のように、東洋町の問題等もこれあり、なかなかこの原子力発電をめぐる環境条件等々を考えてみますと、やっぱり一つの節目といいましょ
○山口俊一君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員日野市朗先生は、去る七月六日、御入院中の東京医科歯科大学病院において逝去されました。 私は、先生が体調を崩され、今年の三月頃から入退院を繰り返されているとお伺いいたし、心を痛めておりましたが、その後、国会で活動をされておられる先生のお姿に接し、安堵いたしておりました。 ところが、五月になってから御容態が急変され、奥様をはじめとする御家族の手厚い看護のかいもなく、つい
○柳沢伯夫君 ただいま議長から御報告がありましたとおり、本院議員前島秀行先生は、去る二月十日逝去されました。 今国会は、召集のあった直後から、公職選挙法改正案の審議をめぐって与野党の間は厳しい対決の様相となりましたが、前島先生は、この中で与野党調整の最前線に立って活躍しておられました。 そのさなかの二月三日夜十時ごろ、九段宿舎において突然気分の不快を訴えられ、東京女子医大病院に入院されました。そして、入院後幾ばくもなく、御家族の
○田久保参考人 これは私、防衛施設庁その他の関係省庁から詳しい数字はとっておりませんが、去年の四月一日現在の数字を私は持っているのですが、これに比べますとふえております。 これは人為的に、例えば返還の直後でございますが、一坪地主が三千人いたのがぐっと減ってきて、百人単位になったのですね。百五十人ぐらいでございますかね。ここで危機感を持ちました革新系の弁護士あるいは沖縄の知識人が、いろいろなことを考えまして、あの一定の反戦地主の何百坪
○池端委員 私の質問は広範多岐にわたっておりますので、端的に、しかも誠意を持ってお答えいただきたい、このことをまず最初に要望しておきます。 健康保険法が成立したのは大正十一年の四月でございます。一九二二年でございますので、ちょうどことしで七十年目を迎えたわけであります。まさに人間でいえば古希を迎えたのであります。この七十年の歳月というのは、健康保険法にとってはまさに波乱方丈の七十年でございました。特に戦後の健保法改正の歴史をひもとい
○野呂委員 私の方にあります資料でも、社会党の訪朝団、昭和三十五年の八月から本年の九月まで、これは団の数で数えてみますと百一あるのであります。これは三十年間に百一。これはいろいろ各種さまざまな社会党の団だと思うわけでありますけれども、そのうち、最近の十五年間だけで何と八十二回になるのです。しかも、後半になるほど頻度が多くなりまして、昭和五十九年以降の五年足らずで四十六回、もっと中を言いますと、五十九年で十三回、六十年が十回、六十一年が十
○福家俊一君 ただいま議長から御報告がありましたとおり、本院議員前川旦君は、去る五月十一日、五十六歳の若さで逝去されました。何たる悲運、まことに痛惜の念にたえません。 君の御尊父、故前川正一先生と私は、戦時中より衆議院議員として、ともに手を携えて、同郷のよしみで特別じっこんの間柄で活躍した仲でありますが、今や私が、この壇上において、正一先生の御子息であり、いまだ春秋に富む君に対し、議員一同を代表して追悼の辞を申し述べることは、人の世
○飛鳥田一雄君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、内閣総理大臣自由民主党総裁大平正芳君は、去る六月十二日、虎の門病院において逝去せられました。まことに痛惜の念にたえません。 ここに、私は、諸君の御同意をいただき、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し上げます。 思えば、大平さんとは、幾たびとなくこの壇上において論議を闘わせたものでありますが、最後に大平さんと相対しましたのは、去る五月十六日、日本社会党が提出いたしました
○大久保事務総長 まず最初に、議長から故成田知巳先生に対する弔詞贈呈の御報告がございまして、特別弔詞を議長が朗読いたします。次いで大平先生の追悼演説がございます。 次に、日程に入りまして、日程第一につきまして、森下社会労働委員長の御報告がございます。修正で、全会一致でございます。 次に、内閣委員会から厚生省設置法の一部を改正する法律案が上がってまいりましたならば、緊急上程をいたします。蔵内内閣委員長の御報告がございます。全会一致
○細田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 なお、成田君に対する弔詞につきましては、お手元に配付いたしてあります特別弔詞を、理事各位の御了承を得まして、告別式当日、議長から贈呈していただきましたので、御了承願います。 ————————————— 元日本社会党中央執行委員長衆議院議員成田知巳君は多年憲政のために尽力し特に院議をもつてその功労を表彰されました 君は終始政党政治の推進に力をいたし平和の
○細田委員長 これより会議を開きます。 まず、議員成田知巳君逝去の件についてでありますが、去る三月九日、香川県第一区選出議員成田知巳君が逝去されました。 ここに謹んで哀悼の意を表します。 成田君に対する追悼演説は、本日の本会議において行うこととし、演説者は、自由民主党の大平正芳君にお願いいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大平正芳君 ただいま議長から御報告がありましたように、本院議員成田知巳君は、去る三月九日未明、国立東京第二病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。 ここに私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手) 成田君、君は、しばしば、この壇上で、日本社会党を代表して、雄渾な論陣を張られました。君の無造作な髪型と濃紺の背広が特に印象的でした。その論旨は、整然たるものがあり
○議長(灘尾弘吉君) 御報告いたすことがあります。 議員成田知巳君は、去る三月九日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。 同君に対する弔詞は、議長において去る三月十八日贈呈いたしました。これを朗読いたします。 〔総員起立〕 元日本社会党中央執行委員長衆議院議員成田知巳君は多年憲政のために尽力し特に院議をもつてその功労を表彰されました 君は終始政党政治の推進に力をいたし平和の確立と民主政治の発展に貢献
○委員長(木村睦男君) 故衆議院議員成田知巳君に対する弔詞贈呈の件につきましては、ただいま事務総長報告のとおり決定することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○事務総長(植木正張君) 本院議員三善信二君には、去る七日午後三時十六分、悪性リンパ腫により、東京慈恵会医科大学付属病院にて逝去せられました。謹んで御報告申し上げます。 つきましては、お手元の資料のとおりの弔詞を、去る十三日にとり行われました葬儀におきまして贈呈いたしました次第でございます。 また、去る四日逝去されました前衆議院議長保利茂君に対し、六日の理事会の御決定により、去る九日の葬儀におきまして、お手元の資料のとおりの弔詞
○議長(安井謙君) 御異議ないと認めます。 議長において起草いたしました弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院は多年わが国民主政治発展のため力を尽くされました衆議院議員成田知巳君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます ————————————— 弔詞の贈呈方は、議長において取り計らいます。 —————・—————
○議長(安井謙君) 衆議院議員成田知巳君は、去る九日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 つきましては、この際、同君に対し、院議をもって弔詞を贈呈することとし、その弔詞は議長に一任せられたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大久保事務総長 本日の本会議でございますが、冒頭に永年在職議員の表彰の件を行います。まず議長が永年在職議員の表彰の件について議院に諮り、決定いたします。引き続きまして議長が表彰文を順次朗読いたします。朗読が終わりましたところで被表彰議員が登壇されます。登壇が終わりましたところで議長が代表者の発言を許可します。六名の方を代表されまして本名武先生が謝辞をお述べになります。 その後、引き続いて国務大臣の演説に対する質疑に入ります。順序は
○金丸委員長 各党の御意見は以上のとおりでありますが、委員長といたしましては、質疑の順序のあり方につきましては、今後さらに各党において検討を願うこととし、このたびは、ただいまの各党の御意見と従来の慣行を十分踏まえました上で、第一日目は日本社会党、自由民主党、日本社会党の順序で行い、第二日目は公明党・国民会議、民社党、日本共産党・革新共同、新自由クラブの順序で行うことといたしたいと存じますので、何とぞ御了承を願いたいと存じます。 した
○成田知巳君 私は、日本社会党を代表し、施政方針演説について質疑を行うに当たりまして、社会党は、政府・自民党の個々の政策に対し具体的対案を用意し、さらに進んで、政府の政策体系全体についても、これにかわる国民的革新的政策路線を提起しながら、国会での積極かつ徹底した審議を行う方針であることをまず明らかにし、以下、内外の重要政策につき質問いたすものであります。(拍手) 昨年の総選挙で歴史的敗北を喫した自民党・三木内閣は、国民の審判に服し責