文部科学委員会
○杉原参考人 杉原でございます。 今の池本参考人の活発な意見にかなり共鳴するところがございます。教育問題が日に日に深刻化している今日、この教育改革三法案に対して努力されている方々のその努力に対しては、非常に多とするというか、評価はいたします。しかしながら、今回の改正で改革が本当に十分に進むのかという観点から見たときに、やはり不十分な観点というふうな見方もできるのではないかと思います。 時間がありませんので、論点を絞って述べたいと
日本の国会議事録 全文検索
発言数 28件
初発言日: 1984-07-19 / 最新発言日: 2001-06-12 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
発言データをコピーしてAIに貼り付けると思想・価値観・主義主張などの分析ができます
※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。
○杉原参考人 杉原でございます。 今の池本参考人の活発な意見にかなり共鳴するところがございます。教育問題が日に日に深刻化している今日、この教育改革三法案に対して努力されている方々のその努力に対しては、非常に多とするというか、評価はいたします。しかしながら、今回の改正で改革が本当に十分に進むのかという観点から見たときに、やはり不十分な観点というふうな見方もできるのではないかと思います。 時間がありませんので、論点を絞って述べたいと
○杉原参考人 実は、私も広島の出身でございまして、広島の教育については常々関心は持っておりますが、広島の教育は日本全国の教育の十年先を常に行っているという、とにかく学校が荒れるのも広島の場合は大抵十年早いのですね。とにかく十年先の荒廃。今度は、公立高校を一生懸命しようという動きが、本気で動くんであれば、またそれももしかすると十年先で、いい方向の十年。ですけれども、戦後全体を見たときには、常に悪い方向で十年先を行っていたように私は思ってお
○杉原参考人 先ほど私の説明の中では、審議会の議論が上滑りであるというふうなことを多少述べましたけれども、その一つの典型的例は、平成十年の六月三十日に、幼児期からの心の教育について、正確な題はちょっと、違っているかもしれませんけれども、そのような答申が出ましたけれども、幼児期の心の教育を訴えながら、宗教のことを一言も言っていないんですね。 この宗教というのは、我々、普通の常識人から見たときには、普通の人から見たときに、これは非常にい
○参考人(杉原誠四郎君) 私は、その点につきましては、子供の教育、義務教育というものにおいては道徳教育というのは不可欠、不可避であると思っております。
○参考人(杉原誠四郎君) 武蔵野女子大学の杉原と申します。 私は、教育学を専攻しておりまして、教育学の立場から話したいと思います。 教育は今日、大変混乱、崩壊状態にありますが、それを支える教育学もしっかりしていないがゆえに、そういう意味で教育学に対してじくじたる思いがあります。その立場から見た範囲内で憲法とか日の丸とか国歌について述べたいと思います。 まず、教育の立場から四点あるんですけれども、まず一点、憲法の制定手続をどう
○参考人(杉原誠四郎君) 先ほども申しましたけれども、これが制定されましたら、文部省にだけその尊重を訴えるのではなくて、やはり社会全体でそういう指導をしていただきたい。 先ほど言ったように、団地の中でそういうものを立てようにも立てられないというのは、昭和三十年代のころの、あれは建設省が関係するんですか、あのときから祝日法というのはあったわけですから、それを無視してかけなくても全然差し支えないような、かけようにもかけられないような施設
○参考人(杉原誠四郎君) それは改正憲法論です。 占領憲法論というのは、究極に突き詰めると、日本国民の自由意思の表明する機会を与えられない状況でつくられたものであるから、それ自体が無効であるという、論理的に言うとそうなっていくんですね。それは確かに一理ある……
○参考人(杉原誠四郎君) そうですか、済みません。 ですから、学校ではそういうことは教えられません。学校では現行憲法は有効であるという前提で教えなければいけません。したがって、私の立場は改正憲法論です。
○参考人(杉原誠四郎君) その点については、私、宮沢さんのことを一度調べたことがありますけれども、宮沢さんは例の松本委員会の筆頭委員なんですね。もともと憲法は改正する必要はないというふうな、極端に言えばですよ、そういう論者であったわけです。 そして、この憲法が改正された直後に「あたらしい憲法のはなし」という子供向けの本を書いております。そこの中では、象徴天皇制を非常に肯定しており、戦前も事実上は日本の場合は象徴天皇制であったので、そ
○参考人(杉原誠四郎君) 先ほども言いましたように、これからの世界というのは、協調し合って世界連邦とか世界国家とか、そういう方向に何世紀かの後には行くと思います。 そういう形の中で、今の国歌というのは、非常にそれぞれが個性を持って世界の中に位置づく、そういう意味では、アイデンティティーを形成するために日本の古いことから出てきたそういうシンボルです。そして、それは憲法的にも象徴天皇制というのは明確に位置づいているわけですから、法的にも
○参考人(杉原誠四郎君) 私も大学の授業ではそういう場面はありませんので、直接にはありません。 教育に関係した授業をしておりますから、先ほど申しましたように、教育というものには強制という要素があるんだという、それで成り立つところがあるんだということは言っております。それはちょっと関係ない話ですけれども、そういうことです。
○参考人(杉原誠四郎君) 私の方からは、学校で指導する場合は、今にわかにここでどういう方法がいいということは言えませんが、一つだけ言えるのは、やはり他の国で他の国々の国旗とか国歌がどういうふうに扱われているかということを認知させる教育はその周辺において必要だと思います。 それからもう一点は、この法案が成立した段階で、これはもともと教育のところの問題から事実上提起されたような問題ですけれども、教育だけにおいてこの問題を強く指導するとい
○参考人(杉原誠四郎君) 先ほど憲法が制定されたときに廃止の手続をとらなかったものは有効であると言いましたが、そのときに言えることは、慣習法として成立していたことも慣習としてやっぱり持続したと考えるべきであろうと思います。事実、そういうふうに国旗はその占領期に、上げてよいとか上げて悪いとかというふうな言い方をされましたけれども、そのときの国歌とか国旗というものは、当然今言われているものを指していたわけですね。 それが最初の方の質問の
○参考人(杉原誠四郎君) しかしながら、この国歌とか国旗とかというものは、世界の国に国歌がなくて、世界の国に国旗がなくて、そういう状況で日本だけが国歌をつくり、国旗をつくるとか、そういうものが日本だけにあったからするというのであれば、そういう今の御議論は非常に重要だと思いますけれども、既に例外なくすべての国が国歌と国旗を持っている状況で、明治以来慣行として存在したものをここで、先ほど言った憲法的にも象徴という意味においては合憲であります
○参考人(杉原誠四郎君) 今のテーマをもう少し教育論で一般的に申しますけれども、今、教育で個性を尊重するということがありますが、個性を尊重するというときに、弱い者を見たらいじめたくなるという子供がいたとしたとき、それも個性です。それを認めることはできません。そういうことから考えたときに、教育というものは、大人の教育の場合は少し違うんですけれども、子供の教育というものは、広い意味では強制をするという範囲内で、そして子供はできるだけそれが強
○参考人(杉原誠四郎君) 教育の考え方の基本は先ほどの石田先生とそれほど変わっていないとは思うんですが、大人の教育と子供の教育はかなり性格が違う。子供の教育というのは、やはり子供たちを健全な大人にするという課題を背負っておるんです。その中には、子供たちは日本人として生まれてくることを知らないで、千九百何年に生まれたということも知らないで全く無知な状態で生まれてくるわけです。それをその時代の社会に合わせて育成していくわけですから、成人が好
○参考人(杉原誠四郎君) ですけれども、現実に混乱しているんじゃないんですか。
○参考人(杉原誠四郎君) いや、なくなるとは言えません。なくなるとは言えませんけれども、今までの混乱が、法的根拠のないものを指導するのはどうしてですかということが混乱の一つの論理になったわけですから、それは、慣習的に存在したものを、では明確に位置づけましょうということをしたにすぎないんです。 この問題は、先ほど言いましたように、学校だけに指導を強制するというような考え方じゃなくて、やっぱり社会全体がそういう認識をしていかないといけな
○参考人(杉原誠四郎君) 城西大学の杉原と申します。 教育行政学を専攻しておりまして、特に教育基本法の研究を手がけておりますが、教育経済学ないし教育財政学も教育基本法の観点から避けられない問題ですので、関心は持っております。たまたま属しております大学の学部が経済学部でありますので、経済学など同僚に教えていただきながら、多少原理的なことは勉強いたしました。しかしながら、お隣の尾形先生ほどの専門家ではございませんので、その点は御容赦いた
○参考人(杉原誠四郎君) それでは私の範囲内でお答えいたします。 まず、奨学金を受けている本人がどのように評価しているか、その受けていることの評価ですが、私はそういう現場を知っているわけでありませんので、それに対しては十分お答えできませんが、多少、高等学校と大学は状況が違うんではないかという、そういうことがあります。高等学校につきましては、この参考人として来るために衆議院の方の文教委員会の議事録も読まさしていただいたんですが、その中