「村田三郎」の過去の国会発言

発言数 4件

初発言日: 1957-10-30  /  最新発言日: 1957-11-05  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1957-11-05 衆議院

運輸委員会

○村田参考人 私新潟市長の村田でございます。地盤沈下に対しましてはただいま北村知事さんから詳細にお述べになりましたので、私からはきわめて簡単に申し上げたいと存じます。新潟は御承知のように過去二十数年来海岸決壊によりまして、新潟市が海水浸入のきわめて危いところに参りましたが、一昨年大火の年から大幅に予算をいただきまして、小康を得ておるわけでございます。昨年の高潮以来、地盤沈下の原因による海水浸入に悩まされまして、ただいま北村知事さんの申さ

1957-11-05 衆議院

運輸委員会

○村田参考人 原因の探求は、先ほど来申されたように非常にむずかしいことでございますが、病人にたとえますと、新潟の心臓のとまらない程度の注射をやっていただかなければならないと思います。ただ一つ申し上げ得ることは、今下っております西突堤の例をとりましても、一メートル三十から一メートル八十になる、一メートル八十というところは灯台がある場所でございまして、海岸に突き出ている。それから臨港の地区、これは先ほど来の尼崎、大阪の例のごとく、大火があり

1957-10-30 参議院

建設委員会

○参考人(村田三郎君) 新潟市長の村田でございます。貴重な時間を拝借いたしまして、まことに恐縮でございます。ただいま北村知事さんからお話になりましたので、私からきわめて簡単にお願い申し上げたいと存じます。 地盤沈下の一番被害を受けておりますのは新潟市でございます。その港を生命といたしております新潟市の港地区は最もひどい沈下になりまして、港の施設、並びにそれにつながる会社、住民が、すでに海水が飛び込んでおるのでございます。臨港会社にお

1957-10-30 参議院

建設委員会

○参考人(村田三郎君) 私、四十年近く船を持って新潟港に商売をいたした経験もございますので、今の一番下っております、一・八〇メーター下っております西突堤は、半世紀前の工事でございまして、鉄矢板は使っていないはずでございます。ざく石の上にケーソンを積んで、その当時の新潟の港口は七尺、八尺、大河津が分水が完成いたしましても十二尺程度のものでございましたのが、現在は三十尺、十メーターの港口を維持しておりますために、私は今新潟港は四分の一程度の

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