村田三郎 に関する国会発言
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○高橋(千)委員 そこで、大臣にも御見解をいただきたいと思うんですが、資料の最後に二〇一八年九月二十五日付の東京新聞をつけておきました。今私が話したようなことを記事にされています。 認定基準なく目安だけなんだ、因果関係、立証に高い壁ということで、阪南中央病院副院長の村田三郎先生の言葉を紹介しているんですね。赤線を引いたところを読みます。 目安を下回る被曝でも放射線の影響は否定できないと語ると。それなのに、労災の申請を退けられると
○中山(泰)委員 きょうはあえてお配りはしていませんけれども、私の手元に、「帰国事業二十年」という、これは新潟県で、一九五九年から七九年までの二十年間、新潟県在日朝鮮人帰国協力会会長村田三郎さんという方たちが、当時、万景峰号で帰国事業というのを行っていました。当時は、黄色いリボンを胸につけて、「帰国協力会はこの帰国事業を新潟市民をはじめ多くの人びとにアピールするため黄色いリボン(写真)をつくり幹部が卒先して胸につけて活動しました。」と。
○稲葉誠一君 派遣委員を代表して調査の結果を報告いたします。 去る九月八日から十一日までの四日間、和泉委員長、後藤委員、柳岡委員と私の四名が新潟県における検察審査会、人権擁護及び出入国管理に関する状況、並びに裁判所、法務省関係庁舎の営繕状態について調査してまいりました。 まず、九月八日、新潟地方裁判所において調査事項に関する各当局の説明を聞き、翌九日、佐渡に渡り、右裁判所の相川支部において同様の調査を行ない、十日には、再び新潟市
○淵上委員長 次にお諮りいたします。新潟地区の地盤沈下問題に関し、参考人として新潟県知事北村一男君及び新潟市長村田三郎君より現地の実情と御意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○参考人(村田三郎君) 私、四十年近く船を持って新潟港に商売をいたした経験もございますので、今の一番下っております、一・八〇メーター下っております西突堤は、半世紀前の工事でございまして、鉄矢板は使っていないはずでございます。ざく石の上にケーソンを積んで、その当時の新潟の港口は七尺、八尺、大河津が分水が完成いたしましても十二尺程度のものでございましたのが、現在は三十尺、十メーターの港口を維持しておりますために、私は今新潟港は四分の一程度の
○参考人(村田三郎君) 新潟市長の村田でございます。貴重な時間を拝借いたしまして、まことに恐縮でございます。ただいま北村知事さんからお話になりましたので、私からきわめて簡単にお願い申し上げたいと存じます。 地盤沈下の一番被害を受けておりますのは新潟市でございます。その港を生命といたしております新潟市の港地区は最もひどい沈下になりまして、港の施設、並びにそれにつながる会社、住民が、すでに海水が飛び込んでおるのでございます。臨港会社にお
○理事(岩沢忠恭君) 次に新潟市長村田三郎君、お願いします。
○理事(岩沢忠恭君) この際お諮りいたします。 地盤沈下に関する件について、新潟県知事北村一男君及び新潟市長村田三郎君を参考人として意見を聴取してはどうかと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○伊能芳雄君 先般第十六回全国都市問題会議が新潟市において開催されるに当りまして、院議を以ちまして、地方自治に関する本委員会の審議の参考に資するために、内村委員長と私の二人がこれに出席いたしましたので、その概要をここに御報告申上げたいと存じます。 都市問題会議は、全国市長会と東京市政調査会との共催にかかるものでありまして、毎年度適切な議題を取上げて報告並びに討議を行い、市政の発展に寄与している極めて有意義なものであります。従つて本委