「村田浩」の過去の国会発言

発言数 887件

初発言日: 1955-12-12  /  最新発言日: 1980-03-04  /  1 ページ目 / 全体 45ページ

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1980-03-04 衆議院

決算委員会

○村田参考人 核融合の研究でございますが、私どもはかねがねトカマク型と申しますもの、JT60がそれでございますが、長年これの研究開発をしてまいっておりますけれども、核融合の方式としては、大きく分けまして、トカマク型のような磁場で閉じ込める方式と慣性閉じ込めというのと二つございまして、磁場閉じ込めにも大まかに分けますと四つくらいの違った種類がございます。わが国の中におきましても、大学等で、あるいは理研、電子技術総合研究所等で国の予算をいた

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) 起工式の式典の済みました後、約一時間ばかり祝賀会を開きましたが、その際に、時間がちょうどお昼でもございましたので、簡単な弁当その他を提供しまして祝賀並びに懇親を行いました。そのときの費用は約二百二十万ぐらいであったと聞いております。

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) 方針といたしまして、所内からは、これは日常業務を研究開発について行っておりますし、核融合ばかりではなく原子炉の安全性試験研究から放射線関係の研究まで行っておりますので、研究者の代表として部長あるいは部長相当の方に出席してもらうようにいたしました。その関係は約六十四名、六十数名であったと思います。

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) もちろんただいま申し上げたのは祝賀会そのものの費用でございまして、祝賀あるいは式典を行います会場の設営等に一番費用がかかったわけでございます。御案内のとおり、今回の起工式は、このたび私の地元から入手いたしました向山工業団地、総面積百六十ヘクタールのうち約五十七ヘクタールを今回までに入手しておりますが、その中心部において会場を設置しましてそして行いました。御案内のとおり、あそこは木もございません原っぱでございまして、

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) そのような分類をちょっといたしておりませんので即答いたしかねますが、いわゆる会場自身の設営費は、この式典場及び祝賀会場合わせて約七百万ぐらいでございます。

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) 今回の起工式は、私ども原子力研究所としてかねて念願でありました核融合の研究を今後進めていきますために、東海研の外に新たに用地を取得して、ここでいよいよJT60などの施設をつくってまいろう、こういうことになりましたについて最初のくわ入れ式を行った次第でございますので、この起工式の御招待の中心は地元関係に置いたわけでございまして、したがって地元関係が約三百六十名、それからただいま御指摘の国会議員あるいはその他の方が中央

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) ここに正式のリストを持っておりませんが、私の昨日の記憶で申し上げることでお許しいただきたいのでありますが、国会議員の先生では地元選出の国会議員として塚原俊平先生が出ておられました。

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) 原研理事長の村田でございます。 ただいま御質問の、昨日私どもで挙行いたしました核融合研究施設起工式の招待者数の御質問でございますが、私どもが招待状を差し上げたのは約五百名でございます。実際に御出席された人は、現在最終的に集計しておるところでありますが、約三百名余りであったかと思います。

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) 所内の数字はちょっと手元に持っておりませんので後ほど調べて御報告いたしますが、所外からは約二十数名御招待し、実際に御出席なされたのは六名であったかと思います。

1979-12-07 参議院

科学技術振興対策特別委員会

○参考人(村田浩君) 先ほど私が申し上げました数字で若干正確を欠いておった点があるかと思いますが、五百名招待状を出して約三百名見えたというのは、もちろんこれは所外の人でありまして、先ほど御指摘のありました所内からの参加、これは実行委員関係を含めまして約百名が入っておりませんが、その祝賀会にはこれらの人全部が参加しておりますから、実際は約四百名の人が参加しているわけであります。この食事代を約二百万と申し上げましたのは、大ざっぱに分けますと

1973-05-31 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○村田参考人 放射線化学が今後どういうふうに発展してまいりますか、これはいろいろ見方はあろうかと思いますけれども、私どもとしましては、大阪研の持つ使命あるいはその役割り等からしまして、現在建設中の電子線加速器よりさらに何かまた新しいものを増設するという計画は持っておりません。

1973-05-31 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○村田参考人 ただいまの大洗の排水監視タンクからの漏洩でございますけれども、これは大洗にございます材料試験炉などで出てまいりました低レベルの廃液を廃棄物処理場で処理いたしまして、そしてその放射性の濃度を規制値以下に十分下げましてからそれを海洋に出しておるわけでございますが、その海洋に出します前に、海岸のところに地下にコンクリートのタンクを設けまして、そのタンクにもう一ぺん受け入れて、そこでさらに濃度の再チェックをいたし、それから放出する

1973-05-31 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○村田参考人 原子力平和利用の一環として放射線の利用というものが非常に大事なものであるということは、もう十分御承知のとおりでございますが、私ども原子力研究所といたしましても、放射線利用の重要な一環である放射線化学の勉強というものをぜひしっかり進めまして、放射線の利用からまいります成果というものが、国民の生活の充実向上というものへ直接具体的に役立つように、できるだけ効率的に研究を進めてまいらねばならないと思っているわけでございます。

1973-05-31 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○村田参考人 ただいま近江先生御質問ございました大阪研究所の研究施設の増設工事のことでございますが、その内容は、私ども高線量率加速器と呼んでおります電子線加速器の設置にかかわる工事でございます。 実は、この大阪研究所では、これまでに放射線源といたしまして、コバルト60の密封線源を二つと、それから小型のバンデグラーフ型の加速器を一つ、これだけ持ちまして過去約十五年ばかり勉強してまいっておるわけでございますが、研究自体の発展に伴いまして

1973-05-31 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○村田参考人 ただいま先生の御指摘のとおり、私どもも状況をその後現地から聞きまして、最近のような情勢で、かつまた周辺の住宅の状況と申しますものが、当研究所が十五年前に発足しましたころに比べると非常に変わっておるわけです。この長年の間、新しい施設をそこへ増設するというようなこともなかったためでございましょうが、その情勢の変化に対応して、周辺の方々に事前にもっとよく、内容その他目的なども十分御説明いただく努力は、やはりいま考えましていたすべ

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