地方行政委員会
○東参考人 国民体育大会は昭和二十一年から毎年行われまして、去年第十回を終りまして、本年第十一回を兵庫県でいたすということになっております。最初は関西で行いましたが、その後石川県になりまして、この間国家の方から大体四十万円の補助金をいただきまして、それを主催者としての体育協会が、地方の国体の運営並びに中央におけるその準備、運営の費用に充てて参ったのでありますが、ちょうど石川県で第二回をやりましたときに、そのあと各県で国体開催の要望が非常
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発言数 8件
初発言日: 1956-02-20 / 最新発言日: 1956-02-20 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○東参考人 国民体育大会は昭和二十一年から毎年行われまして、去年第十回を終りまして、本年第十一回を兵庫県でいたすということになっております。最初は関西で行いましたが、その後石川県になりまして、この間国家の方から大体四十万円の補助金をいただきまして、それを主催者としての体育協会が、地方の国体の運営並びに中央におけるその準備、運営の費用に充てて参ったのでありますが、ちょうど石川県で第二回をやりましたときに、そのあと各県で国体開催の要望が非常
○東参考人 今地方持ち回りの意義についてお尋ねがございましたが、これは数字でどうこうというふうにはっきりしたことは申し上げられない性質のものだろうと存じますが、私たちが考えておりますのは、地方でこれを行うということは、一つはそうでなくても現在のところ学校施設にしろ地方の体育というものに関する施設は非常に貧弱である、そのためにスポーツあるいは体育運動を行いたいという人々が、十分な施設がないために行えない、そういうふうな現状にかんがみまして
○東参考人 今の国が困っておる、人民が貧乏しておる、それにこういうことをやるのはどうかということでございましたが、私たちの考えといたしましては、決してぜいたくなことを望んでおるのじゃない。国民はすべてやはり学問もしなくちゃならぬ、食事もしなくちゃならぬ、住うことも住わなくちゃならぬ、働くことも働かなくちゃならぬ。しかし根底に横たわっておるところの国民の健康というものを考えますときに、たとい幾ら貧乏しておっても、その耐えられる範囲において
○東参考人 ただいまの御質問にお答えしますが、私たちはこの今の情勢から考えまして、地方を持ち回る場合に最少限度の規格でやっていきたいという気持を持っております。その最小限度というものを、それではどこから出すか、どの標準で出すか——実は一昨年国体委員会で国民体育大会基準要綱を作りまして、その際に最小限度の施設というものを、各競技団体とも相談して出しております。その構想は大体参加人員一万人ないし一万二千人ということで考えております。それを最
○東参考人 国民体育大会は第一回を近畿でやりましたが、これは京都と大阪と兵庫に分散していたしました。これは第一回で、全然こちらの方としても組織ができておりませんで、やれるところでやっていただいたわけであります。たまたま第二回は石川県が自分の県一つでやるというお申し出がありまして、石川県でやりまして、それから結局やりたいというのが、県単位でみな候補者が出ましたから、県単位でやって参りました。たまたま東北地方でやりました場合に、宮城県と福島
○東参考人 体協でありますが、国体に関しましては、四十六都道府県の代表者と競技団体の代表者の国体委員会がすべて事をきめるのでありまして、先般その総会におきまして、国民体育大会の地方持ち回りをできるだけこの際円満な形で政府の方との話し合いも十分つけて、実行してもらいたい、そのために常任員はせっかく奮励努力せよというふうなことを申し渡されたわけでございまして、私どもといたしましては、そういうふうな事態になった場合に、政府の方の考えを無視して
○東参考人 三十二年度の静岡はぜひやりたいという気持をもっております。それから富山以降につきましては、あらためて出されました計画予算というものを文部省と十分打ち合せまして——先ほど自治庁の方でも熊本の金額は聞いておらぬと申されましたが、これは十月の申し合せを再検討するということで、熊本、富山から出してもらいまして、それを文部省と一緒になって削れるものは削る、縮小するものは縮小して最低限度を出したものであります。これを文部省が自治庁と十分
○東参考人 ただいまの川崎さんの御意見まことにごもっともなことと思います。私たち国民体育大会をやっておりますといっても、私たちも無理にやらされてやっておるのでありまして、本職は別にあるのでございますから、ない方が便利であります。国民体育大会をやって、今日までいろいろな形になって参ったにつきましては十分反省もし、どういうふうにすればほんとうの国民体育大会であるかということを考えております。ただいま申されました東京都でやる、あるいは二年おき