外務委員会
○東郷参考人 持ち込みはイントロダクションという言葉が使われていたと記憶しております。それから、寄港、これは私の今の記憶ではポートエントリーであったのではないかと思います。それ以外に、通過、トランジットという言葉が使われておりました。
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発言数 402件
初発言日: 1986-03-06 / 最新発言日: 2010-03-19 / 1 ページ目 / 全体 21ページ
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○東郷参考人 持ち込みはイントロダクションという言葉が使われていたと記憶しております。それから、寄港、これは私の今の記憶ではポートエントリーであったのではないかと思います。それ以外に、通過、トランジットという言葉が使われておりました。
○東郷参考人 私は、発表された文書を全部は読んでおりません。しかし、私が読んだものの中で申し上げれば、五十八点のリスト全部は今回発表されていないというふうに思います。 私が読んだものの中に非常に貴重なものがあったということを申しましたが、発表されていなかったものもあったと思います。
○東郷参考人 私が数えましたところでは、二重丸をつけた文書のうち、八点、今回発表されました。残り八点については、私は見ておりません。
○東郷参考人 最終的に外務省の中でどのように行われたかということに関しましては、ぜひ、委員長より、あるいはこの委員会で外務省に御照会を願いたいと思います。 私の個人的な感触を申し上げれば、私が残した文書の全部は残っていない、ここまではそのように思いますが、その後、本当にどうなったのかということは、率直に申し上げてわかりませんので、ぜひこれから委員長及び委員会において御調査いただけたらと存じます。
○東郷参考人 そういう報道があったことは承知しております。
○東郷参考人 東郷和彦でございます。 私は、一九九八年七月から九九年八月まで外務省条約局長として勤務いたしました。本日は、まず、六〇年安保条約改定時の核持ち込みに関するいわゆる密約問題に関連して、条約局長在任中及びその後いかなるかかわりを持ったかを御報告し、次に、今回発表されました調査報告について意見を申し述べたいと存じます。 まず、条約局長在任時、日本の安全保障に関する最大の問題は、日米ガイドラインに関する周辺事態法の国会審議
○東郷参考人 引き継ぎを受けましたのは前任の竹内条約局長で、引き継ぎを行いましたのは後任の谷内条約局長でありました。 ただ、今申し上げましたように、作成しましたリストに関しましては、藤崎北米局長にも送付いたしました。
○東郷参考人 局長としての引き継ぎを一回行いまして、その際に、この文書の話をしたというふうに記憶しております。
○東郷参考人 私の記憶では、外務省の文書管理規程というのがございまして、文書の廃棄の権限は局長にあったように記憶しております。
○東郷参考人 条約局のいわゆる責任範囲下にある文書に関しては、条約局長だと思います。 条約局長がその廃棄をどういうふうにするかということに関しては、それぞれの局長の判断で行われると思いますので、ちょっとよくわかりません。
○東郷参考人 外務省としてはという御質問でしたが、私が今申し上げているのは、条約局長として一年間勤務をしていた間の私の認識でございまして、私は、九一年以前、NCND政策のもとにすれば、それは持ち込みはあり得る話だというふうには思っておりました。
○東郷参考人 当時、外務省の内情をよく知っていると思われる人から、情報公開法の施行の前に、本件に関連する文書も破棄されたという話を聞いたことがありました。
○東郷参考人 繰り返しになって恐縮でございますが、外務省の中に本当に今どの文書が残っているかということに関しては、私は承知する立場にありません。 ただ、今まで出てきている資料で見る限り、私が残した五十八点の文書の中の重要なものは幾つか出てまいりましたが、出てきていないものは明らかにある、私はそう認識しております。
○東郷参考人 この点については、私、推測で物を申し上げることは差し控えた方がいいと思います。
○東郷参考人 委員長のお考えに私は今、特に異なった感触はありませんが、ただ、これは、元外務省に勤務した者として、あの文書がどうなったかということは本当に大事な問題でございまして、文書がどうなったかについての最終的な判断は、今外務省で勤務している人たちにしかできません。したがって、私は、今外務省で勤務している人たちがこの問題を正確に調べ、きちんとした発表をしていただきたいというふうにお願いするものであります。
○東郷参考人 私、この御質問に対しては、元外務省に在職した者として、できればお答えを差し控えさせていただきたいと思います。これは非常に重要な問題であり、まさに今の外務省において判断していただきたいというふうに思っておりますので、ぜひ御理解を賜りたいと思います。
○東郷参考人 ただいまの斉藤参考人の意見と基本的には同じでございますが、やはり戦後の日本の安全保障というものがどういう形でできてきたのかということを考えますと、必要最小限の自衛力というものを持ち、それ以外の部分に関しては日米同盟というものを基礎にして日本の戦後の安全保障をつくってまいりました。特に、冷戦のもとで、アメリカの世界政策と、それから必要最小限の自衛力しか持たないというこの日本の政策との間に、いろいろな面で緊張関係が生じたんだと
○東郷参考人 私は、密約であるというふうに考えております。
○東郷参考人 先ほど西山参考人からもお話がありましたが、佐藤・ニクソン共同声明第八項、これは、事前協議においてアメリカから核持ち込みの要請があった場合に対する日本側の反応はイエスもありノーもあり得る、こういう形で第八項ができているというふうに私はずっと解釈しておりました。 他方、佐藤・ニクソン合意議事録の方は、再持ち込みの要請があれば必ず核を認めるというふうになっておりましたので、佐藤・ニクソン共同声明の内容を一歩超えて、日本の総理
○東郷参考人 外務官僚のみで本件を判断したことはないというふうに私も認識しております。これは、時の総理大臣、外務大臣、そういう政治の最高指導部との間で外務省の人たちが対処してまいった問題であると思っております。 傲慢と考えるかという御質問がありましたが、私は傲慢という言葉では認識しておりません。