「松村謙三」の過去の国会発言

発言数 1,019件

初発言日: 1954-06-15  /  最新発言日: 1959-12-16  /  1 ページ目 / 全体 51ページ

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1959-12-16 衆議院

本会議

○松村謙三君 先般、本会議におかれまして、私が勤続二十五年のために決議をもって御表彰を賜わりました。まことに感激にたえません。(拍手)ちょうど当時外遊中でございまして、ごあいさつを申す機会がおくれまして、ただいま、はなはだおくればせでございますけれども、深甚なる感謝のごあいさつを申し述べさしていただきたいと思うのでございます。(拍手) 私がこの二十五年の月日を今日までどうかこうかやって参りましたのは、ひとえに先輩、同僚、各位の御厚誼

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 それが、絶対に大学を許さないという言葉は極端でありますから、これはどういうものかと思いますが、私は現在のところでは政府といたしまして大学を増設することはとめたいと考えておるわけであります。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 今のお話を承わりましたが、大体そういう方針で折衝をいたしたいと思います。大蔵大臣へもその趣旨をお話し申したいと考えております。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 原則と申しましたのは、お話の通りやむを得ぬ場合か起らぬとも限りませんから、原則と申したのでございます。なぜそういう言葉を使うかと申しますと、大学設置審議会などにおいて、これから許す場合においては、できるだけ設置の標準を高めましてこれをきめたい、こういうふうに考えておるわけでございます。従いましてそういう意味において、原則という言葉を用いたわけであります。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣(松村謙三君) お話の通りでございまして、原則としてはこの大学を増設する、間口を広げますより、内容の充実に努力すべきものだと考えておるのでございます。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 今の学科の増設等も認めないかというお問いでありますが、これに対してもやはり同様、原則的には許さないつもりでおりますけれども、これには時によると、必要やむを得ぬものが出てきます。たとえば航空学科のごとき、あるいは原子力の学科のごとき、こういうものは現在世界の進運から申しましても、どうしても設けねばならない、こういうものは設ける考えでございます。そういうふうに御了承を願います。 それからもう一つは、短期大学の問題で

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 航空学科とか、原子力というような今日の時代にぜひ必要なものは許す、それからずっとどこにもありがちの学科のようなのは、この際内容の充実に全力を尽したい、こういうふうに考えております。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 いろいろの御説は十分承わっておきますが、実際の問題としてこの上大学などを広げて、それで結果がどうなるかということを考えますと、責任者といたしましてそう簡単に措置することは事実できないのでございます。富山の短期大学なんかの話も言ってきましたから、それは絶対に今できることじゃないといってよく話をいたして帰しましたが、実際今日大学の実情を見、全国にある大学の数を見ますと、これはよほど文教の上において考慮を要し、その充実を

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 お話はよく考慮いたしますが、現在の実情といたしましては、先刻来申したように、まず充実を先にし、新設をあとへ回したい、こういうふうに考えております。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 お答えをいたします。かつても申し上げたことがあると思いますのは、政府といたしましては指導はいたさぬのでございます。これを具体的に指導いたしますならば、かつての翼賛体制の上意下達と同じことになる危険がありますので、私どもは国民の盛り上る運動を期待いたして、先般総理大臣が初めて各階層の方々をお招きして申しましたときも、その趣旨を明らかにいたしたわけであります。そこでこれらの人たちはいろいろの議論がありました。お話し通り

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 この充実の点につきましては、いろいろの施設を要することはもちろんでございます。今度の予算においてもぜひ一つ具現いたしたいと思いますことは、講座の費用のごとき、御承知の通りほんとうに窮屈なものでございまして、あれではほんとうにやっていけないことは当然でございますから、こういうものは一つ何とかして多くの増額をいたして、学者の研究には差しつかえのないところまで予算を上げたいものだ、こういうような点について今度は努力をいた

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 お話はよく承わっておきますが、大学の制度全体の面から見まして、この上拡大の余地があるのか、それから大学の数がこれだけのものを必要とするのかというような根本の問題も私はあると考えるのでございます。それらの点につきましても、ほんとうにどうしていく方がよいかということは、非常に困難な問題だと思います。私ども今直ちにこれをどうするというわけではございませんけれども、少くともこの程度で一応とめまして、そうして先刻仰せらるるよ

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 なかなか大蔵省の折衝は困難とは存じますけれども、御趣旨のように十分努力をいたしたいと思います。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 この町村合併に伴う校舎の統合につきましては、このさきの議会でも竹尾さんからもお話を承わりましたし、また当然のことと心得まして、今度予算をとりますのに、お話のような趣旨でとろうとして今折衝中でございます。ぜひそういう御趣旨に沿いたいと思います。これを法制化するかどうかということにつきましては、今折衝中であり、また考慮中でございまして、まず予算の獲得を先にいたしたいものと思うて現在努力をいたしておる、こういうわけであり

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 ただいまお尋ねに対して局長からお答えを申し上げました。私もできるだけその実現に努力いたしたいと思います。

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 これはまだ確かには申しかねますけれども、ぜひことしからあの小学年の生徒へ贈る教科書の無料配付の制度を復活いたしたいと思うておりますが、それを以前のような形にいたしますよりも、ほんとうに困っている人たちに分けますと、ほとんど全学年の困窮者へ分けることが、同じ予算でできるように考えますので、そういう形であの無料配付の制度を復活いたしたいと考えまして、今大蔵省へ交渉中でございます。なかなか困難な折衝でございますけれども、

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 大学に対する考え方は、先刻竹尾さんにお答えを申した通りでございますが、大阪の実例につきましては、ああいう都市で商社などに勤めている人が、ことに語学などを修得する要望の多いことは私も認めております。従いましてこういうことに対する要望に報いることは、これは考えなくちゃならぬとは思っておりますが、それが直ちに夜間の短期大学ということにはことしはまだ参りかねると考えております。それは先刻申したように短期大学制度を今諮問いた

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 ちょっと御意見でなくて、それは大体あなたの今お話になっているような方向で進んでいるわけでありまして、私の代弁をあなたにやっていただくようなことなんです。それはあの総会へお越しになってごらん下さったならばよくおわかり下さることと思いますが、あなたと同じような考え方の、青年協議会の代表者とかその他公民館の側からなんかもいろいろその通りの話がありました。公民館の代表者のごときは少し過ぎたことも言っておりましたよ。たとえば

1955-10-14 衆議院

文教委員協議会

○文部大臣松村謙三君 御意見は御意見として承わっておきますが、ただ私は、日本の国民に対してはそういうあきらめを持ちかわるのでございまして、政治の理想から申しますならば、占領行政が終った後に国民生活を変える、締め直すという運動は当然起ってくるべきことであり、それは民衆の間から起るべきものであり、日本国民の才能は必ずそういうことを自分の手でやり得る、それに呼びかけをするだけは政府の義務であろうと、こういうふうに考えまして、この理想は政治の上

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