内閣委員会
○森山説明員 先生おっしゃいました中国に残される養父母の扶養費でございますけれども、これは昨年の三月の口上書で、日本側が孤児に援助をするということが決まっておるわけでございます。それで、その額を一体どういうふうにするかということで、実は二月に向こうと協議をしたわけでございますけれども、我が方が考えていた額と若干の差がありまして、この問題については、とにかく残された養父母が安定した生活を続けられるということを眼目に両国政府で考えていこうと
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発言数 120件
初発言日: 1979-05-24 / 最新発言日: 1985-03-28 / 1 ページ目 / 全体 6ページ
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○森山説明員 先生おっしゃいました中国に残される養父母の扶養費でございますけれども、これは昨年の三月の口上書で、日本側が孤児に援助をするということが決まっておるわけでございます。それで、その額を一体どういうふうにするかということで、実は二月に向こうと協議をしたわけでございますけれども、我が方が考えていた額と若干の差がありまして、この問題については、とにかく残された養父母が安定した生活を続けられるということを眼目に両国政府で考えていこうと
○森山説明員 中国残留孤児の数でございますけれども、実は厚生省の方に孤児の方から、自分の肉親を捜してほしいという依頼が参りまして、これは現在までに千六百十五参っているわけでございます。これを調査の結果、八百二十四判明したわけでございます。したがいまして、現在調査中が七百九十一、この七百九十一のうちには、訪日調査と申しまして、日本に孤児の方をお呼びして直接調査をやるというのがございまして、この調査の結果、まだ未判明のままお帰りになったとい
○森山説明員 残留孤児の方々が家族の方をお連れになって日本へ帰ってくるわけでございますが、厚生省といたしましては、昨年の二月に中国帰国孤児定着促進センターというのを所沢に建てまして、これは財団法人の援護基金の方に委託をしておるわけでございますが、ここで四カ月間日本語教育なり生活習慣の指導というのをやって、それからそれぞれの定着地にお帰りいただくという施策を昨年の二月から始めたわけでございます。
○森山説明員 四カ月といいますのは、これをつくるときに、ほかにそういう日本語教育をやっているところはないかということで、インドシナ難民のセンターがございまして、あそこの方にも伺ったところでございますけれども、大体三カ月日本語教育をやると大体日常会話ができるというようなお話でございまして、一応四カ月というふうに私の方で決めたわけでございます。 ただ、センターの日本語研修と申しますのは、文化庁の国語研究所を中心とする専門家の方々にカリキ
○森山説明員 先生から今お話がありました張学政さんという方ですが、この方は養父母さんでございますから、御本人が日本に来たい、孤児もぜひ呼びたいという話になれば、また援護基金の方に話をいたしまして、実現するように努力したいと思います。
○森山説明員 中国残留孤児の親捜しは厚生省も一生懸命やっておるわけでございます。この結果、身元が判明しないで中国にお帰りになった、しかしながら日本に永住をしたいという御希望のある方があるわけでございまして、こういう身元未判明の孤児の方の日本永住という問題につきましては、実は昨年の三月に日中間で合意をしておりまして、こういう人でも本当に日本に永住を希望するならば日本政府はこれを受け入れるという合意書を交換しているわけでございます。これは口
○森山説明員 厚生省は援護という立場で仕事をしておるものでございますから、援護の立場でいけば、戸籍がなくても全く同様の援護をするということになっております。
○森山説明員 中国残留孤児の訪日肉親調査というのを過去六回実施したわけでございますが、これで身元が判明したという方について見ますと、戸籍がそのまま残っておるという人ももちろんあるわけでございますけれども、既に死亡除籍をされているケース、それから戦時死亡宣告によりまして除籍をされているケース、それから失踪宣告によりまして除籍されているケース、それからまだ入籍されていないという人もあるわけでございます。こういう死亡除籍ないしは戦時死亡宣告、
○森山説明員 先生がただいま最初の方におっしゃいました死没者の数でございますが、私どもで沖縄戦に参加いたしました兵力と申しますか軍人軍属の数を把握をしておりまして、これは総数十四万一千五百でございます。それから亡くなった人の数は約九万ですが、八万九千四百という数字が出ております。 これは、私ども厚生省で保管しております沖縄戦に参加した部隊の二十年当初の名簿などがございまして、そういった資料をもとにいたしまして推計した数でございまして
○説明員(森山喜久雄君) はい、ふえたんです。
○説明員(森山喜久雄君) これは、私の方で名前も把握しております。
○説明員(森山喜久雄君) これはその後また調査をやっておりまして、その結果、亡くなられた方でございますが、軍人が二千百四十六、軍属が二万八千百六十ということで二名ふえたわけでございます。
○説明員(森山喜久雄君) ございます。それで、このうちの二万数千名は、これは日中国交回復前に台湾政府とすり合わせもしてございます。
○説明員(森山喜久雄君) 傷病者の数でございますが、これは残念なことでございますけれども、私の方に記録の保管がございませんので、つかんでおりません。 ただ、これはやはりつかむということになりますと、各個人の方からいろんな資料を出していただいて、それを私の方でいろんな資料と照合して調査するということになろうかと思います。
○説明員(森山喜久雄君) これは、実はその後、また台湾の方から交流協会を通じまして名簿が出てまいりまして、それを私の方の資料といろいろ照合したり、それから私の方で把握していない方でも、個人でいろんな資料をお持ちの方がございまして、そういう資料をまたそれに添付されて出してこられまして、そういうことで厚生省はこれは間違いないなと認定したわけでございまして、そういう関係で二名動いたということでございます。
○説明員(森山喜久雄君) 確実に確認できる方もございますし、資料が不足でちょっとどうかと思うのもございますけれども、大体は認定できるのではないかというふうに考えております。
○説明員(森山喜久雄君) 厚生省で把握しております数を申し上げますと、陸海軍合わせてでございますが、軍人が八万四百三十三名、それから軍属が十二万六千七百五十名、合計二十万七千百八十三名でございます。このうち、亡くなられましたのが三万三百六名でございます。したがいまして、残りの復員された方が十七万六千八百七十七名ということになっております。
○説明員(森山喜久雄君) この未払い給与でございますけれども、これは復員されるときに、外地から日本を経由してお帰りになったというような方は全部そこで精算したわけでございますけれども、南方なんかでは終戦後、台湾人だけ別に収容されまして、別途台湾の方にお帰りになったというような方がございまして、これは給与の精算ができていないわけでございます。 それで、私の方で、昭和二十六年ごろから二十九年ごろにかけまして、東京法務局に未払い給与を全部供
○説明員(森山喜久雄君) 供託してございますのは、全部名前もわかっているわけでございます。
○説明員(森山喜久雄君) 昭和二十六年から二十九年にかけまして、たしか八回ぐらいの回数で供託してあると思います。