森山喜久雄 に関する国会発言

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1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 昭和二十六年から二十九年にかけまして、たしか八回ぐらいの回数で供託してあると思います。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 供託してございますのは、全部名前もわかっているわけでございます。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) この未払い給与でございますけれども、これは復員されるときに、外地から日本を経由してお帰りになったというような方は全部そこで精算したわけでございますけれども、南方なんかでは終戦後、台湾人だけ別に収容されまして、別途台湾の方にお帰りになったというような方がございまして、これは給与の精算ができていないわけでございます。  それで、私の方で、昭和二十六年ごろから二十九年ごろにかけまして、東京法務局に未払い給与を全部供

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 確実に確認できる方もございますし、資料が不足でちょっとどうかと思うのもございますけれども、大体は認定できるのではないかというふうに考えております。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) これは、実はその後、また台湾の方から交流協会を通じまして名簿が出てまいりまして、それを私の方の資料といろいろ照合したり、それから私の方で把握していない方でも、個人でいろんな資料をお持ちの方がございまして、そういう資料をまたそれに添付されて出してこられまして、そういうことで厚生省はこれは間違いないなと認定したわけでございまして、そういう関係で二名動いたということでございます。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 傷病者の数でございますが、これは残念なことでございますけれども、私の方に記録の保管がございませんので、つかんでおりません。  ただ、これはやはりつかむということになりますと、各個人の方からいろんな資料を出していただいて、それを私の方でいろんな資料と照合して調査するということになろうかと思います。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) ございます。それで、このうちの二万数千名は、これは日中国交回復前に台湾政府とすり合わせもしてございます。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) これはその後また調査をやっておりまして、その結果、亡くなられた方でございますが、軍人が二千百四十六、軍属が二万八千百六十ということで二名ふえたわけでございます。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) はい、ふえたんです。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) これは、私の方で名前も把握しております。

1984-05-10 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 厚生省で把握しております数を申し上げますと、陸海軍合わせてでございますが、軍人が八万四百三十三名、それから軍属が十二万六千七百五十名、合計二十万七千百八十三名でございます。このうち、亡くなられましたのが三万三百六名でございます。したがいまして、残りの復員された方が十七万六千八百七十七名ということになっております。

1984-05-08 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 湘桂作戦でございますが、これは昭和十九年の四月から二十年の二月にかけましてシナ派遣軍が一号作戦というのを行ったわけでございますが、これは当時、中国に進出しておりましたアメリカの空軍の基地をつぶす、そのことによって日本本土への空襲を防止する、それと東シナ海における海上交通を確保するというような目的のもとに行われたものでございます。  この一号作戦と申しますのは、北支から南支にわたります大陸縦貫作戦といいますか、

1984-05-08 森山喜久雄 内閣委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 満州国軍にいた日系軍官を身分変更して日本軍人にしてくれという御要望があるわけでございますけれども、厚生省は旧陸海軍の残務を今やっておるわけでございますが、これが実際に召集されたということはないわけでございまして、それを召集されたとみなすという規定も、旧陸軍の内規などを調べましたけれども、ございません。したがって、なかなか身分変更というのは困難な問題であろうと考えておるわけでございます。  ただ、先生おっしゃい

1983-03-24 森山喜久雄 法務委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 戦時死亡宣告と申しますのは、未帰還者に関する特別措置法というのが昭和三十四年にできまして、これに基づきまして、いわゆる民法三十条の失踪宣告の請求を利害関係人のほかに厚生大臣もできるというふうにしたわけでございます。こういう制度によりまして、中国残留孤児の方々の中にも、戦時死亡宣告をされている方が現にいらっしゃるわけでございます。それでその方が生きているということがわかれば、当然これは取り消しの請求をするわけでご

1983-03-24 森山喜久雄 法務委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 中国残留孤児の肉親捜しでございますが、これは昭和五十六年から中国の孤児の方々を日本にお招きしまして、こちらで直接面接して調査をやるという方法をとっておるわけでございます。第一回目は五十六年に実施したわけでございますが、この場合は二十七名の身元が判明いたしました。この二十七名の方につきましては、すべて戸籍が回復されております。それから第二回目が昨年の二月でございますが、この場合は四十五人の方が身元が判明いたしまし

1983-03-24 森山喜久雄 文教委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) この福祉の職場で働くことを希望される方につきましては、今後とも担当の社会局でございますとか、それから地方公共団体とも連携を密にいたしまして、また、関係の全国社会福祉協議会でございますとかそういう団体ともお話し合いをいたしまして、その協力を得ながらこういう方々の希望に沿えるように厚生省としても努力してまいりたいというふうに考えております。

1983-03-24 森山喜久雄 文教委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 福祉の職場での資格要件でございますが、これは資格要件のある者については、特に中国で経験されておられるからといってすぐそこに行けるというわけではございませんで、やはり資格試験を通らなければ、まあこれは職種の性格上からやむを得ないことでございますけれども、特別の緩和条件というのはないようでございます。したがいまして、まず日本語をマスターして、関係の学校とか養成所へ入りまして資格を取得するというような手段が必要でござ

1983-03-24 森山喜久雄 文教委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 帰国者の方々の就労の場の一つといたしまして社会福祉施設を活用するということは、私どもの方で各部道府県でございますとか社会福祉団体に協力をお願いをいたしまして、極力そういう御希望の方が希望がかなえられるような形で努力をしておるわけでございますが、まことに申しわけないのですが、全国的な統計がございませんので、いずれ早い時期にそういう調査をいたしましてまた先生の方に御報告に参りたいと思いますが、東京都の事例をちょっと

1983-03-24 森山喜久雄 文教委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 日本に永住帰国を希望される方でございますけれども、これは現在私の方で旅費の国庫負担ということをやっておりまして、事前にそういう申請が来るわけでございます。それで、わが方で旅費の国庫負担をいたしますと言って承認をして、まだ帰ってこない方がもうすでに二百世帯ばかりございます。それから、先ほど申し上げましたように、里帰りを一回やりまして、これももちろん政府で金を出したわけでございますが、その方が向こうへお戻りになって

1983-03-24 森山喜久雄 文教委員会 参議院

○説明員(森山喜久雄君) 先生のおっしゃいましたように、厚生省といたしましても初めてやるわけでございますので、帰国者の方々の御意見も十分に取り入れて、またその関係の団体もございますので、そういう団体の御意見も聞きながら、実情に沿って柔軟に対応してまいりたいというふうに考えております。