法務委員会
○森参考人 家庭崩壊と同姓か別姓かという御質問ですけれども、私は、すべての教育問題の原因の原因の原因は家庭にあると思うんです。 そういうことを考えますと、今同姓のときにいろいろな問題が起きている、事実であります。別姓になった場合にはどうなるか、問題がもっとひどくなるんじゃないかという危険性があるんじゃないか。そういうことも視野に入れて御議論なさったかどうかということを言っているわけであります。
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発言数 24件
初発言日: 1992-06-04 / 最新発言日: 2003-07-18 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
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○森参考人 家庭崩壊と同姓か別姓かという御質問ですけれども、私は、すべての教育問題の原因の原因の原因は家庭にあると思うんです。 そういうことを考えますと、今同姓のときにいろいろな問題が起きている、事実であります。別姓になった場合にはどうなるか、問題がもっとひどくなるんじゃないかという危険性があるんじゃないか。そういうことも視野に入れて御議論なさったかどうかということを言っているわけであります。
○森参考人 祖父の立場じゃないかとおっしゃいましたが、私は、孫の立場から混乱すると。四つも姓があるわけですから、おじいさん、おばあさん。まあ、それはどうでもいいんですが。 次に、きずなの問題ですが、私は、一体感というのは共通性があって成り立つ、共通性の一つに同姓ということがあるということを言っているんです。ですから、それがなくなるということは、そういう危険性が増すということを言っているんです。だから、なくなってもいいということは言っ
○森参考人 森でございます。 私の意見は、お手元の資料の産経の「正論」にあるとおりでございますので、これを若干補足するような形で申し上げたいと思います。 私は、この問題を考えましたのは、別に法律の専門家ではないんですが、別姓にすると子供の教育上どういうメリットがあるんだろうかという疑問から出発したわけであります。人間というのはメリットのないことをやらないわけでありますから、別姓にしても子供の教育上こんなメリットがあるんだという主
○森参考人 お答えします。 大方については承知しておりましたが、子供の姓については全部統一するというのは私も知りませんでした。 私が言いたいことは、同姓を原則として、例外的に別姓を認めると今おっしゃいましたが、子供の教育をどの程度別姓論で審議された上で決まったのかという質問を、質問しちゃいけないんですが、疑問から私の考えがスタートしているわけです。 ですから、子供の教育を考えても、別姓にした方が子供の教育にメリットがあるとお
○森参考人 同姓でないと一体感が生まれないと言っているんじゃなくて、一体感が薄れるんじゃないか、そういう懸念を言っているわけであります。
○森参考人 私には二つのことを聞かれているんじゃないかと思うんです。 一つは、同姓は、日本は国際的に例外的じゃないかということなんですが、私は、そういう意見を聞くたびに、何か、国際的に画一化して標準化するのがいいことだという前提があるんじゃないかと思うんです。それぞれの国の伝統とか文化があるわけでありますし、中国が別姓なのは、あれは女性を軽視した結果なんですね。男性と同一にできないから別姓にしたという歴史的経緯がありますし、韓国の場
○森参考人 私は日ごろ法律が専門ではございませんので、別姓論が出て六年もたったと今初めて聞いて、ああそんなにたったのかなと思ったのですが……(保坂(展)委員「いや、もっと前からです」と呼ぶ)もっと前からですか。 私の基本的な考えは、新しい、制度が変わるということはこれは大変なことなんです。制度が変わる、あらゆる制度にはメリットもあればデメリットもあります。だから、制度を変えるときには、メリットとデメリットを勘案した上で、現在の歴史的
○森参考人 私は、今の親は子供のことは余り考え過ぎていないと思うんです。親というのは人生最初の教師だという自覚がまずないですね。そういう意味で、もっと子供のことを考えるべきだと思うんですが、それがなされていないからいろいろな問題が起きる。 特に私は、育児と仕事の両立というのは幻想だと思うんです。あえて育児を先に持っていきました。仕事と育児と言いません。育児の方が、二十一世紀を担う社会の宝の子供の方が大事なんです。ところが、我々はどう
○森参考人 ただいま御紹介いただきました森でございます。 それでは、御報告させていただきます。 第一分科会は「人間性豊かな日本人を育成する」という部会でございますが、まず最初に、ここでは、人間性論よりも日本人を育成するという人間性教育論に重点を置くという共通認識のもとにスタートいたしました。 教育というものは、本来、未来に対する準備でありますから、人間として自立した大人になるためには家庭がその原点です。個人としての大人の準備
○森参考人 お答えします。 私は、教育は人間を対象としていますから、教育改革というのは人間改革だと思うのです。人間改革の究極の姿は自己改革だと思います。そういう前提で教育基本法の方へ目を移しますと、教育基本法がすばらしいというのは、そこに掲げている理念がすばらしいということであります。普遍的で、どこの国でも通用するとおっしゃいましたが、確かにそうなんです。私は、その理念を実現するには、理論が必要だと思うのです。理論を実践に移すには、
○森参考人 教師の質を向上するために、現在既に社会体験の研修というのが行われていますが、それを海外にも拡大してという、まことに私はいい御提案だと思うのです。 といいますのは、子供たちは今直接体験が不足しています。これは文明のせいですが、便利になったために間接経験ばかり多いのです。そういう中で、子供の問題を話すと、必ず大人も教師もとくるのですが、教師にもそういうことが必要だと思います。 それと、自分の経験からさえ学べない人が他人の
○森参考人 二つのことをお答えしたいと思うのです。 一つは、基本法の理念はすばらしいとおっしゃった点でございますが、私もそう思います。すばらしいのですが、前に述べたことを繰り返しますが、理念を実現するには理論が必要で、理論を実践に移すには具体的な方策が必要だ。この理念、理論、方策ということを考えると、五十三年間、理論と方策において欠けるものがあったのだというお考えだと私は思うのです。 私は、五十三年間も理論、方策に影響を与えなか
○森参考人 お答えいたします。 まず、高校生が奉仕活動の義務化ということをおっしゃいましたが、我々は議論を二つに分けてしているのです。一つは学校教育における奉仕活動と、十八歳における奉仕活動の義務化の検討ということです。学校教育については義務化という言葉を使っておりません。 それから、二番目の御質問ですが、ボランティアと奉仕活動、奉仕体験学習、どう違うかということですが、これは、人間の発達段階と教育ということを考えないと御理解い
○森参考人 私は曽野委員ではないので、曽野委員の弁解はできません。 ただ、曽野委員が委員会の発言でこじきとか、何かそういうことをおっしゃったということは、上坂さんとの論争のことは何もおっしゃいませんし、それは新聞、マスコミレベルのことでありまして、国民会議の議論ではないと思いますので、私は何とも言えません。 それと、誤解がないように言っておきますが、その「日本人へ」というのは、第一分科会の討議を曽野委員の文章のスタイルでおまとめ
○森参考人 簡単にお答えします。 奨学金については、私も国際会議に出たことがあるのですが、日本でスカラーシップといいますと、日本の育英会はこれは給付ではなくて貸与だから違うのではないかと随分言われるのです。ですから、日本の奨学金と外国の奨学金は簡単に比較できないので、そういう意味では、日本も給付のような奨学金制度の確立がまず急務だと思います。それが一点。 それからもう一つは、そういう奨学金を十八歳を過ぎたらということなんですが、
○森参考人 体力につきましては直接議論はありませんでしたが、先ほども申しましたが、私の意見発表のときに、日本人は体位は向上したけれども体力は低下していると、知、徳、体のアンバランスという関連の中で私は報告いたしました。 それと、知、徳、体の体(たい)が三者の中で相対的におくれているということは事実でありますので、最終報告には、今原案作成中で、皆さん議論しているところですからこれからどうなるかわかりませんが、私は、体(たい)についても
○森参考人 確かに今御説明あったように、どこででも生きていける力ということなのですが、そういう生きていく力というのは、動物も生きる力があるので、私は、人間として生きていける力、人間として生きる力だと思うのです。そういう意味では、私は、生きる力というのは、絶えず前進する力、進歩する力、そういうものを養うことが必要ではないかと。 木村先生おっしゃったように、確かに中央教育審議会では生きる力を総論的に定義しております。知、徳、体だと思うの
○参考人(森隆夫君) 森でございます。 ただいま幸田先生から学校週五日制につきまして御意見がございました。私はその意見にほぼ賛成でございますが、別の観点から私の考えを述べさせていただきたい、こう思います。時間の都合上、六つの点に整理いたしましたので、その順序で述べさせていただきます。 まず第一点でありますが、学校週五日制は教育界を活性化したということであります。 ただいま幸田先生もおっしゃいましたように、日本の教育百二十年の
○参考人(森隆夫君) ただいまの学校五日制を思い切ってやったらいいんじゃないかということでございますが、私は、この点につきましては、子供の学校五日制と大人の週休二日制を同じレベルで考えてはいけないと思います。大人の論理と子供の論理は違うわけです。大人の生活のリズムの変化と子供の学習のリズムの変化とは違うと思うんです。大人の労働のリズムは五日働き二日休む、これはいいのかもしれません。私は専門家でないからわかりません。しかし、子供の学習のリ
○参考人(森隆夫君) 学校五日制に伴う新しい学力観の御質問でございますが、新しいというところにちょっと抵抗をお感じになったようでございますが、何が新しいかというのは、これはどのくらいのスパンで見るかだと思うんです。おっしゃるとおり、学力には私はそんなに変わらないと思います。 しかし、ただ我々が文明生活をした時点で学力が変形していくといいますか、いびつになっているという意味で、それで私は新しいと申し上げたわけでありますが、そういう意味