「武樋寅三郎」の過去の国会発言

発言数 101件

初発言日: 1956-03-01  /  最新発言日: 1965-08-12  /  1 ページ目 / 全体 6ページ

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1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 私は、いま副総裁がおっしゃったとおりだと思いますが、何ぶんにも小林さんは、戦前のことはよく承知いたしておりませんけれども、戦後におきまして、公社になりましてからは、ずっと幹部として活躍されておられた方でございますし、案外人気もあった方でございますので、小林さんを当選させてやろうという零囲気はあったかと、私は察します。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 田原先生から、先般の決算委員会で、私に御質問がございました。どこへどういう用事で行かれたか、旅費額はどれくらいであったかという話でございました。いま副総裁からお答えがあったとおりでございますが、旅費額は百十四万五千円でございます。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 先般七十万円と申し上げまして、事実と違ったわけでございますけれども、大体飛行機の代金をうしろですぐ速算いたしましたものですから、ああいったことになったわけでございます。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 先ほど申し上げましたように、小林さんは非常に人気のあった方でございまして、いろいろのうわさは出ておったという意味の程度において、承知いたしております。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 私は企画部長をいたしておりますが、私のほうの企画課長が逮捕されましたことは事実でございます。ただ、これは、東京地方局の総務部長時代の容疑によりまして、逮捕されたわけであります。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 八月十一日現在で申し上げたいと思います。 逮捕を受けました数が全体で百六十三名でございます。そのうち起許になりましたのが二十一名でございます。釈放になりましたのが九十二名でございます。したがいまして、現在なお留置中の者が五十名でございます。ただこの数字は、この前の選挙対策特別委員会、私も拝聴いたしたわけでございますが、警察、検察みな数字が違うのでございます。先般お伺いいたしましたのは、たしか警察庁でございましたか、百三

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 これはいろいろの態様があるようでございまして、警察のほうからはがきが来て、来いというような場合もありますし、電話があって、来いというような場合もありますし、自宅にも来るというような場合がございまして、非常にその数字がつかみにくいのでございますけれども、大体推定いたしまして二百三、四十名ぐらいじゃないかというふうに考えおるのでございます。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 先ほどお答えいたしましたように、小林さんの人気が非常によくて、みんなが何とかして当選させてあげたいという雰囲気があったことは確かでございます。しかし、実際にこんなような形になるということは、予想はいたしておらなかった次第であります。

1965-08-12 衆議院

決算委員会

○武樋説明員 いま塩のほうは調べてもらっておりますが、たばこのほうは小売り人の数が十七万六千九百二十六、たばこ小売り人組合数が五百七十でございます。

1965-08-11 参議院

大蔵委員会

○説明員(武樋寅三郎君) 昨日阪田総裁と衆議院のほうに出席いたしたのは事実でございます。ただいまおっしゃった阪田総裁の答弁もまさにそのとおりでございますが、老練とかなんとか、私は実はどういうふうに解釈していいのかわからないわけでございます。私、専売に来ましてまだ二年ぐらいしかたっておりませんから、末端の人々にまで接しておりませんので、老練というのはどういう意味でおっしゃったのか、実は私はわからないわけでございます。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 私直接調べたわけではありませんからよくわかりませんが、出張関係の書類は、実は警視庁のほうに押収されておりましてわからないということでございます。しかし、倉庫から何かさがせば三十八年度くらいのものはあるいはわかるかもしれないというような話は聞いております。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 小林章氏が在任中にどういうふうに出張されたかということは、私はつまびらかに存じておりませんが、若干われわれよりもよけいではなかったかという感じだけでございます。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 小林章議員がこの際辞職したほうがいいんじゃないかというような話は全然聞いておりません。これはやはり先ほど申し上げましたように小林氏自身が判断されたものと思います。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 選挙に立候補されるといううわさ程度の話は出ておりましたが、具体的に話し合いをするということではなかったと思います。これはあくまでも立候補される御本人が考えるべき問題だと思います。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 私はたまたま小林章議員の後任としてまいったわけでございます。ただいまお話のありました選挙に出るか出ないかというような問題は、これは本人に判断していただくべき問題であります。だがしかし、私もいろいろの機会ちらほら本人がどうしようかというふうに迷っているようなふうていは耳にしたこともありますし、目にしたこともあるわけです。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 小林氏が立候補するかどうかの問題につきましては、先ほど申し上げましたとおりでございますが、われわれといたしましては、本人は何か迷っておったというような感じを持っておりますけれども、これはやはり政治的な問題でございますので、先輩あるいは関係者の方々と相談されてきめたものと私は存じております。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 小林議員がいま病院に入っておりまして、私は一回も行っておりません。したがいまして、具体的に小林議員と話をしたことはないのでございます。また、お尋ねの、辞職をわれわれのほうから勧告してもいいかどうかという問題につきましては、これまた御本人が政治家の立場におきまして判断されるべき問題ではないかと思うのでございます。

1965-08-10 衆議院

大蔵委員会

○武樋説明員 先ほども申し上げましたように、私は小林章議員の後任になって参ったわけでございますが、ただいまの御質問に対しましては、やはり御本人が自分の考え方のもとに立って判断すべき問題であろうと思います。

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