「滝井義高」の過去の国会発言

発言数 13,749件

初発言日: 1954-04-20  /  最新発言日: 1994-11-07  /  1 ページ目 / 全体 688ページ

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1994-11-07 衆議院

税制改革に関する特別委員会

○滝井義高君 第一点の、地方自治体における直接税と間接税ですが、ちょっと資料を持ってきてないのですが、多分間接税、一一%か一二%ぐらいじゃなかったかと思うのです。 それで、我々地方自治体が自主財源を確保するとすれば、やはり国と同じように、直接税と間接税をする必要があるわけですが、たばこ消費税というのは、その町で余計にたばこをのんだら消費税が余計に来るわけですね。最前平野さんも言われておりましたけれども、やはり税制というのは、地域の住

1994-11-07 衆議院

税制改革に関する特別委員会

○滝井義高君 ただいま御紹介いただきました田川市長の滝井義高でございます。 税制改革特別委員会の諸先生方におかれましては、遠路わざわざ福岡までおいでいただきまして、税制改正に関する我々の意見を聞いていただく機会を設けていただきましたことを心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。 今回の税制改革というのは、二十一世紀の高齢化社会の到来を控えまして、所得と消費と資産等の間のバランスのとれた税体系を構築するということ、同

1994-11-07 衆議院

税制改革に関する特別委員会

○滝井義高君 住民税、所得税の刻みの簡素化ですが、個人住民税は御存じのように、道府県民税は二%、四%、二つ刻みですね。市町村民税は三%、八%、一一%、三つ刻みです。国税の方は一〇%、二〇%、三〇%、四〇%、五〇%、五つ刻みになっております。県税、それから市町村民税、国税とみんな違うわけです。 これは、ちょっと私専門家でないのでここらの刻みをどういうように、県、市町村、国と刻みを改めていいかというのはわかりませんけれども、当面こういう

1994-11-07 衆議院

税制改革に関する特別委員会

○滝井義高君 まず、消費税法案の修正ですが、私ずっと税制法案が出るまでの経過を見ると、相当与党の中で積み重ねた討議が行われて今度出ております。今までみたいにトップダウン方式じゃなくてボトムアップ的な状態が出ておりますので、これは一応今回の税制法案というのは原案のとおりにできるだけ早く通していただいて、地方分権確立への大きな波をこれでつくっていただいたら幸せだと思います。 それから、行革の道筋を示すことはもうこれは当然でございます。私

1994-11-07 衆議院

税制改革に関する特別委員会

○滝井義高君 自治体は御存じのように、高齢者保健福祉十カ年戦略というのを出しております。ところが、これは保健と福祉だけであって、医療はだめなんです。保健、医療、福祉で私が十カ年戦略をつくって出しましたら、だめだと。どうしてかというと、医療というのは厚生省のマニュアルに入っておらぬ、保健と福祉だけだ、書きかえてこい、こうなったわけです。 それで、まず我々地方自治体は、最前申しましたように人材が必要なんですね。福祉をやると何が必要かとい

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 まず第一点の、信なくば立たず、いわゆる政治家の資質の問題の関係があるわけですが、先生方もおわかりのように、やはり代議士が一人前に取り扱われるためには、最低三回ぐらい当選しないと役人との太刀打ちはなかなかできかねるのですね。自民党の方で、五回当選をすると大臣の資格ができる。これはやはり相当政策に通じていると思うのです。 国会を見ていると、大事なところの答弁は全部役人がするのですね。あの大事なところに議員が出て答弁をして、

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 いわゆる社公案についてでございますが、選挙制度を両極に分けますと、自民党提案の単純小選挙区制、片一方には完全比例代表制、こうなるわけです。そうしますと、単純小選挙区制というのはいわゆる民意を確実に集約することができる、したがって安定政権ができる、しかし多くの死に票ができて困る。片一方は、非常に多党化して、そして民意を確実に反映はできるけれども、政権としては小選挙区に比べて弱い政権になる。しかし、日本の現状の民主主義という点

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 ただいま御紹介いただきました田川市長の滝井義高でございます。本日、衆議院の政治改革調査特別委員会の地方公聴会の公述人として御選定いただきましたことを心からお礼を申し上げたいと思います。 委員各位も御存じのように、日本の汚職構造というのは、一九四八年の昭和電工事件、それから、我々に関係のある炭鉱国管事件に始まりました。そして一九五四年、昭和二十九年には造船疑獄が起こりました。一九七六年にはロッキード事件が起こり、さらに最

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 まず第一点でございますが、最前五点出しましたが、特に私は、この委員会の運営その他を新聞で見ましても、与野党がそれぞれ政府に頼らずに意見の交換をやり、いわゆる質疑をし答弁をする、こういう形をとっておられる。こういう形を百時間もとった前例というのは恐らくないと思います。したがって、選挙制度に対する勉強はこの委員会が一番勉強している。そしてしかも、全国四カ所、あるいは中央でも公聴会がある、こういうことである程度民意をお聞きになっ

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 ばらばらにならぬ方法はどうだということですが、自民党さんの方をごらんいただきましても、五派閥あるわけですね。そして物の考え方は、例えば三木さんたちの考え方と三塚さんたちの考え方はうんと違います。これは、もう違っておっても派閥連合政権をつくらないと損だと思うからです。みずからが政権を握るということは非常にいいことで、その政権を一遍握ってみたら社会党もすぐばらばらにならぬのですが、握ったことないからばらばらになるのですよ。我々

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 まず政治家の倫理観でございますが、これは、私は昔と今とは変わっていないと思うのです。ただ変わっておるのは、代議士に出るためには地盤、かばん、看板が強固でなきゃいかぬから、二世、三世の議員というのが議会の四割を占め始めた、それから国会に出るのに役人出身が非常に多くなってきた、こういう形になってしまって、国民が、自分が代議士にでも出たいと思っても、なかなか出にくくなったという問題があるわけです。 昭和三十一年の鳩山内閣のと

1993-05-25 衆議院

政治改革に関する調査特別委員会

○滝井義高君 それは、最前お話を申し上げましたように、単純小選挙区制では世論の集約というのは非常にできて、強い政権ができます。そういう意味では難局を乗り切ることにはいいかもしれぬけれども、民主主義という観点からいくと、価値観の多様化した今のような国家体制の中でそういう形ができると、不満足の住民がいっぱいできてくるのです。だから、価値観が多様化をしておるけれども、今のままで小選挙区をやれば当面自民党政権は続くであろう。一党支配を切るために

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) ただいま御紹介いただきました田川市長の滝井義高でございます。 本日、参議院の予算委員会におきまして、平成四年度の一般会計予算並びに特別会計あるいは政府関連の予算の審議に当たって公述人としての栄を得させていただきましたことを心からお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。 方丈記に、古都既に荒れ果てたり、新都いまだ成らず、生きとし生ける人の心は浮雲の思いをいたせりというのがあるんですが、今

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) 私、今から五十年ぐらい前にアンドレ・モーロアというフランスの人が書いた「フランス敗れたり」という本を読んだことがあるんです、青年のときに。当時パリは、フランスの政界というのはダラジエ、レイノーというような人が支配をしておった。ところが、それは非常に堕落をしておったわけです。その堕落しておるフランスのパリに第一次大戦でドイツ軍が攻め入ってきまして、一挙にフランスのバリは落城してしまいました。その後、その占拠したドイ

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) 御存じのように、道路を一つっくるのにもストップウォッチでやるわけですね。道路の交通量の多いところから予算がついてくるわけです。それから、道路をつくろうとすれば都市計画をきちっとやっておかなきゃならない。田舎に行きましたら、私の方に十カ市町村あるけれども、三つしか都市計画はやってないんです。道路をつくろうとすれば用途地区の指定をやるから都市計画をきちっとやらなきゃならない。田舎はそんなものがないから予算がつかないわ

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) 細川前知事の考え方と我々の考え方とは一致しておるんですが、これは形は変わっても、土光臨調でもそういう形が出ておったんですけれども、現実の問題として非常に役所の力が強いわけですから、あるいは悪い言葉ですけれども族議員という方もいらっしゃるし、したがって、巻き返されてしまって、実際にそれが現実の問題になる可能性は非常に薄いという形だと思います。 そういういい提案が薄いということになると、どこからやるかということで

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) 私は、産炭地でございますから、炭鉱がつぶれましたら、悪い言葉ですけれども日本一失業の多い町になりました。日本一生活保護の多い町になりました。日本一お年寄りの多い町になりました。日本一非行の多い町になりました。日本一赤ちゃんが生まれない町になりました。日本一青年がふるさとを捨てて流出する町になったわけです。そして、同時にそれは人の問題である。物の側面をごらんいただきますと、町の真ん中に炭鉱のボタ山が残ったわけです。

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) 東京があんまり強大で、超横綱で、我々は十両ぐらいでなかなか太刀打ちができない。四国は四国、中国は中国、九州は九州だけでは太刀打ちができない。そこで、やはり四国と中国と九州が一体になって、それにアジアの諸国を加えていくと一つの大きな力になるであろう。これは私がそう言うばかりでなくて、大分県の平松知事も同じ意見です。やっぱりそう言ったんです。大分とやっぱり意をつなぐ必要があろうと。そうすると、四国と中国と我々とは共通

1992-03-26 参議院

予算委員会公聴会

○公述人(滝井義高君) まず、いただいた一億円に市の一億円を加えまして二億円にいたしました。そして、その中の二千万円でとりあえず、市が美術館をつくりましたから、美術館のモニュメントをつくりました。このモニュメントは独特のもので、高い塔を建てまして、大理石を薄くして中から明かりをともすとぼんぼりみたいに見えるようなものをつくりました。いわゆる文化エリア、美術館、図書館のところにそれをつくりました。 残りの一億八千万円を基金にしまして、

1991-11-26 衆議院

国際平和協力等に関する特別委員会

○滝井義高君 林委員長先生以下特別委員会の諸先生方が、一地方自治体の市長に二法案に対する意見を述べる機会を与えていただきましたことに大変感銘をいたし、心からお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。 私は、今五人の公述人の方が述べられましたように、この二法案というのは、これからの日本が二十一世紀に進むターニングポイントに立っておると思います。自衛隊の歴史的な経過をごらんいただきましても、吉田内閣総理大臣は、自衛の軍

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