「玉村四一」の過去の国会発言

発言数 24件

初発言日: 1958-06-20  /  最新発言日: 1959-12-01  /  1 ページ目 / 全体 2ページ

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よく話すテーマ

1 参議院
1

年別発言数

1959
6
1958
18
1959-12-01 衆議院

法務委員会

○玉村説明員 警視庁として警告をいたしましたのは、無許可の集会、デモにならないように、しかしながらこの計画によれば七万何千という非常に大きな人数を計画的に集める行為でありますから、それが必然的に無許可のデモあるいは集会になる可能性があったので警告をしたわけであります。しかしながら、それを警告に従わないであえて行なうという、その考え方からすれば、今言われるように故意であったということは言えると思うのでございます。

1959-12-01 衆議院

法務委員会

○玉村説明員 図面によって簡単に申し上げます。当日この周辺に集まった人員は二万五千人ぐらいだということは、昨日総監から御報告申し上げた通りであります。その人々は、このチャペル・センターのここに大体一万一千三百人、それから農林省、この方面に大体六千七百くらい、それから特許庁のこの付近に六千二百くらいの人であったのであります。これに対しまして警察は五千七百五十五名の要員をもちまして警戒をいたしたことは、昨日総監から御答弁になった通りでありま

1959-12-01 衆議院

法務委員会

○玉村説明員 警告をいたしましたのは安保改定阻止国民会議事務局次長岩垂寿喜男氏、同書記竹内基浩氏を警視庁に呼びまして警告したのであります。その結果がどうであったかということでありますが、すでに計画をしておるものであるし、実行するという回答であったのであります。

1959-12-01 衆議院

法務委員会

○玉村説明員 はっきりわかっておるものだけを申し上げますが、淺沼稻次郎氏、赤松勇氏、亀田得治氏、野坂參三氏、山花秀雄氏、はっきりここでしるしのついているのはその通りですが、現場で、だれが演説されたかということについては記録はあります。

1959-12-01 衆議院

法務委員会

○玉村説明員 国会の横にあります地下鉄でありますが、これは実は国会警備の、われわれとしては、非常に盲点といいますか、苦心をする場所でありまして、これが先ほど申しましたような整理線、阻止線を作っておりましても、国会の横の地下鉄から群集がかけ上がってくるということになりますと、今申されたようなはさみ撃ちになるというような状況ができるのであります。事実当日も約三百人ばかりの者があそこから上がって参りまして、そうして特許庁方面から来る人との間に

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 六月十日の本州製紙の事件についての概要について簡単に御説明申し上げます。 六月十日に浦安町の漁民の人々が約七百名、町民大会を開きまして、国会、それから都庁、本州製紙の会社に対して陳情並びに決議文の手交というような集団的な行動があるということにつきましては、あらかじめ千葉県当局から情報を得ておったのであります。しかしながら、実のところを申し上げますと、私どもの考えといたしましては、その陳情団が町長さん、議長さん

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) それは小松川の警察からも報告がありますし、私の方の係の者からもときどき、そういう深刻な問題が起きているという報告を聞いております。

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 実は私ここで、比較をしておりませんので、同じものであるかどうかということははっきり申し上げかねるのでありますが、精神としては同じ精神で作られているものだと考えます。

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 抵抗の抑止をするために実力を行使するのだという今のお話でありますが、実力行使という言葉が、実は私いろいろこれは使われると思いますけれども、群衆に対して実力を行使するということにつきましては、部隊で実力行使をするということにつきましては、今おっしゃったこと、私はそれでいいと思うのであります。ただ、犯人を逮捕するというのも、これは実力行使でありますので、一つ一つ、実力行使という言葉が不正確な言葉でありますので、今おっ

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 警棒は武器に準ずるものであるということ、これは警棒は時によっては、使いようによっては武器であるという場合もあると思うのであります。たとえば職務執行法の七条の場合に該当する場合には、武器としても使用することがあるのではないかと思いますが、——他の規定の七条でありますかによって使われる場合には、これは武器として使われる場合もあると思います。しかしながら、常に必ずしも武器として使われるものではなくて、制止等のための用具

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) ただいまの報告の点でありますが、実は警棒を使用しましたのは、前線に配置されておりました八十八名の人間が警棒を使用しました。従って、即日、その八十八名の者が相手方に傷害を与えたかどうかということについて、八十八名全員に対しまして調査をしたのでありますが、傷害を与えたというものが報告にはなかったのであります。さらにその後も引き続き三回にわたって、新聞その他によると、警棒によってけがをしたという人があるということで出て

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 警察官の負傷は、総計一週間以上の負傷が三十七名でございます。その大部分が投石による負傷であります。一名は生命危篤という状況であったのでありますが、現在入院治療中でありまして、これは生命には影響がないという現在の状況になっておるのであります。負傷状況はそういうことであります。なお、報道新聞の方が三名、これも投石による負傷であります。それから工場の従業員が三名負傷しております。

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 工場の中には、 (「工場の外だ」と呼ぶ者あり)中の話でございますが、投石されたのは中であります。工場の中にはコンクリートを割った石が、こういうこれだけの大きさ、とれぐらいの大きさ、それで玉砂利といいますか、こんなくらいの砂利石が、道路を埋めるために作って置いたものか、あるいはその辺の工事をやったあとのかけらでありますか、そういうようにコンクリートのかけらも相当あるのであります。現場のその後の写真を見ておりましても

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 先ほど加瀬先生ですか、お話では、ぶんなぐったという言葉をお使いになったが、警察官が集団で相手の集団とぶつかって、わあっと押して行ったのでありますから、お互いにもみ合っておる状況で、従って、それがあちこちにそのときに当るということはあり得ると思われますが、ぶんなぐったという状況につきましては、私はずいぶん調べたのでありますけれども、そういう事態はなかったという報告であります。

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 実は私の方からも、都が勧告をする前に、都側としてはどういう態度をとられるかということを、係を派遣して伺いにやったこともあるのであります。それで、そういういきさつもありますので、先ほどお話がありましたように、口頭でとめるという勧告があったということも承知をしておりますし、それから十一日に文書でそういうものが出たということも承知をしております。小松川警察署といたしましては、工場長に対しましてそういう勧告もあったことで

1958-06-20 参議院

地方行政委員会

○参考人(玉村四一君) 先ほど申しましたように、工場内で平穏に問題が解決すればよいのでありますが、二十四日の小ぜり合いの問題、当日の国会周辺の状況等から、ああした事態が起きるのじゃないかということで、起きた際にそれを最小限度に制止をするつもりで、警察の判断によって部隊を出したのであります。

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