「田代一正」の過去の国会発言

発言数 532件

初発言日: 1959-12-11  /  最新発言日: 1993-04-01  /  1 ページ目 / 全体 27ページ

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1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) さあ、明確にいつごろであったということはなかなを言いにくいんでございます。しかし、ある早い時期にそういうことがわかったのではなかろうかと、これは推定でございますけど、されます。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) よくそういうことを聞かれるのでございますけど、目的を指示してどうのこうのということは普通はやらないんで、しっかりやれよと、後は着任した後で自分の考えを中心にいろいろと展開していくという過程をとるわけでございまして、あらかじめ何と何はどうしろとか何と何はこうしろということは普通の行政としてはない。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 当時、そういうことがあろうとは夢にも思わなかった、正直言って。双方は違うけど、私は私で一つの一家言を持っているし、皆さんは皆さんで一家言を持っているということで、そういうことになります。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) お答えいたします。 四十年と申しますと、おっしゃったように金融恐慌の年でございますが、そのときに私が真部氏と特別に、初めて関係ができたとかいうふうにおっしゃいますけど、そのときに関係が初めてできたというわけでもない。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 記憶がないということを私は申し上げたんです、どっちにしても。だから答えようがないということです。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) お答えいたします。 やっぱり当時のことでございますので、そういうことを勘案しながら物事を決めていったということでございますが、それ以上何か先生に申し上げることございますでしょうか。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) そういうよりも、やはりさっき主観価値ということで申し上げたんですけど、そういった物の考え方の方が当時としては通りやすい理屈じゃなかったかと私は思います。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 私、勉強不足か何か知りませんけど、ただいまのお話、やっぱり八十五というのは一体どこから出たのかということについてはかなり抵抗を感じますね。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 話せば非常に長くなるんですけど、預金保険機構をつくるについて、私は銀行局の審議官をしておるときに、ドラフトつくってもらった記憶がございます。そういう意味で、預金保険についてはそれだけの見識は持っているつもりでございます。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 佐藤さんに。 それは今申し上げているように、伊坂さんでございます。伊坂さんが佐藤さんと、これは相当時間かかったと思いますけど、よく話をしていたようです。 それで、まあたまに、たまには私ども重役連中が集まったりなんかするときにちらっと、その何か難しい、難しい仕事だということを言っておられたことを私は覚えているということでございます。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) それは実は明確な知識がないものですから、それ以上のことを何かもっともらしく申し上げるのはいかがかと思いまして私はそういう言い方をしているのでございます。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 今おっしゃいましたように、もう本当に厳しいという、金融機関の厳しさというのはこういうものかと初めて実感したわけですけど、本当に厳しいという状況でございました。それがだんだん後につなぐようないろんな機縁になるということもまた事実でございます。

1993-04-01 参議院

予算委員会

○証人(田代一正君) 私の所管外であったかどうか知りませんけども、私はその辺についての明確な知識はございません。

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